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85. スパイスカレー 調理


 お土産として買ったブローチ型の夏飾りは、カノくんもシュカちゃんも、それは喜んでくれていた。

 シュカちゃんはぴょんぴょん跳ねながら、それこそうさぎの如く感激していて。

 カノくんは控えめだったけれど、耳を立てて照れくさそうにしていた。

 二人ともすぐに付けてくれていたので、本当に気に入ってくれたのだろう。

 思わず買ってしまったけれど、押し付けにならなくてよかった。

 ちなみに師匠は「まぁ、よかろう」と言いながら、飾りを首に付けさせてくれた。うん、さらに見た目の看板猫みが強まった気がする。


 そして、夕食の下準備を終えた頃。

 私は厨房で仁王立ちを決め込み、ふっと気合いを入れていた。

 調理台には、昼間に買ったばかりのスパイスが置かれている。

 これらを使い、私には作りたい料理があった。


「ルナン、旗つけたけど……って、なにしてるの」


 コクランさんから貰った三角旗を外に取り付けてくれていたカノくんが厨房にやって来る。

 色とりどりのスパイスを見下ろしている私を見て、不思議そうに聞いてきた。


「カノくん、お疲れさま。これからちょっと作りたいものがあって、材料を並べてたところ」

「ふーん、なに作るの? わ、これってルナンが昼間に買ってきたばっかりのやつじゃん。なんか匂いが強烈な……スパイスだっけ?」

「うん、夏にもぴったりなスパイスカレー! カノくん知ってる?」

「なにそれ、わかんない」


 どうやらカノくんは、カレーを知らないらしい。

 スパイスという言葉も聞いたことがないと言っていた。

 スパイスが流通しているアブマダという国自体は知っているそうなので、単に食文化の違いなんだろう。それか似たような食べ物があっても、名前が違うかどうかだ。

 

「気に入ってくれるかは分からないけど、せっかく仕入れたから作りたくて。完成したらカノくんにも食べてみて欲しいな」

「なら、オレも横で見てていい? どうやって作るのか気になる。手伝えることがあるならやるから」

「わ、助かる。ありがとう。ところで、シュカちゃんは?」

「裏庭でシーツを取り込んでる。そろそろこっちに来るんじゃない?」


 カノくんの言葉通り、そのあとすぐにシュカちゃんは厨房にやって来た。

 昼間に伸びていた前髪を切ってもらったからか、さっぱりとしている。


「かれー? う〜ん? シュカもわからないかなぁ」

「そっかぁ」


 シュカちゃんもカレーには心当たりがなかったが、どちらも「カレー」に興味があるようなので、試しにと一緒に作ることになった。


「えーと、まずは……」


 二人に材料を切ってもらっている間、私は必要なスパイスを使う分量だけ取り出し、小皿へ移す作業を繰り返した。

 大体のスパイスは、種子、実、根、茎をそのままの形状で乾燥させた「ホール」と、それらをすり潰して粉状にした「パウダー」に分けられている。


「この香りは、コリアンダーで、こっちがターメリック……これは……チリでいいのかな?」


 生まれ変わって嗅覚は別物だと思うけど、前世の記憶が影響しているのか、香りが懐かしく感じた。

 どうせならスパイスを売ってくれた露天商(ゼナイド)さんに、品名も聞いておくんだったな。


「まあ、わかりやすければいっか。こっちがクローブ、グリーンカルダモン……形は一緒だけど黒いから……これがブラックカルダモンか。うん、今日はこれにしよう」

「うわぁ……よく嗅ぎ分けられるよね、ルナン。亜獣人みたいに特別鼻が利くわけじゃないのに」


 野菜を切っていたカノくんは感心したように言った。


「まあ、憶えてる範囲で言ってるだけだけどね。名前が曖昧なスパイスも結構あるし……」


 とはいえ、それぞれ特徴がある匂いなので、嗅ぎ分けられさえすればあまり問題ない。

 香りも色味も辛味も、スパイスの数だけ無限大に広がっている。その時々で味付けを変えて工夫していく工程も、スパイスカレーの醍醐味だ。


「ルナンさん、切り終わったよ!」

「ありがとう、シュカちゃん。それじゃあ、さっそく作ってみよう!」


 材料を取りやすいように近くに並べて、いざ調理開始。


 まずは鍋に多めの油をひく。煙が出るまで熱したらホールスパイス(クローブ、グリーンカルダモン、ブラックカルダモン)を加えて、色が少し変わるまで油と馴染ませる。

 これはスパイスの香りを引き出して、その香りを油に移すための作業だ。

 ホールスパイスは、炒めるというより、揚げるイメージ。すると……じゅわじゅわと、揚げるような音とともに豊かな香りが漂い始めた。

 

「次は、玉ねぎを入れて」


 鍋に切ってもらったみじん切りの玉ねぎを投入。

 香ばしく色づくまで、焦がさないように混ぜ続ける。強火で一気に素早くが理想だけど、加減が掴めないので今日は少し弱火にして炒めた。

 玉ねぎの頃合いを見て、にんにく、赤夏の玉(トマト)、しょうがを順番に入れる。

 

「手を止めないで、ずっと掻き回す感じかな」

「わぁ、ルナンさん手を動かすの早い」

「焦げたら台無しになっちゃうから、もう必死だよ」


 シュカちゃんの忙しない目の動きに、思わず笑みがこぼれた。

 その横で、カノくんはぶつぶつと小声で復唱している。


「ずっと掻き回す……っと」


 作り方をメモしているらしい。こういうところ、本当に勉強熱心で尊敬してしまう。

 私は文字を書き記すカノくんの手の動きが止まったところで、次の工程に移った。


「ここで、さっき分けておいたパウダー……粉のスパイスと、塩を順に入れてさらに炒めます」


 二人が真剣に見学をしているので、私も口調を変えてみる。


 選んだ三種類のパウダースパイスで、このスパイスカレー全体の味を決めていく。

 辛さや独特な爽やかさ、カレーらしさが引き出せるような配合を心がけてみたけれど、どうだろう。


「これぐらい炒めて、粘りが出てきたらもう大丈夫だよ。次はお肉だけど……今日の夕食に出すテラテラ鳥の余りを全部入れるね。あんまり量もないから」


 テラテラ鳥。気温が一定以上に高くなると現れる夏の野鳥。この時期はよく市場などで売り買いされている。


「テラテラ鳥を入れたら、一旦ここで弱火にして、スパイスと馴染ませます」


 再び口調を変えて炒め続ける。

 肉の表面から、じんわりと肉汁が滲み出してきたら、強火へと切り替える合図だ。

 少し色が変わるまで、スパイスと絡めていく。

 ずっと混ぜていると腕が疲れてくるけれど、根気よく動かし続けた。

 

「暑い……」


 熱気やら何やらで、厨房の気温がぐんとあがる。

 カノくんとシュカちゃんも暑そうにしていた。室内が涼しければ、料理中も快適に過ごせるのに。


「……あれ? 涼しく……できるんじゃ?」

「なにが?」


 芋を投入し大きく混ぜ合わせ、水を加えて沸騰を待っているところで、私ははたと気がついた。


 温度調節の魔女術なら、コクランさんの部屋を適温にするときにやっていた。

 苦手な術で範囲はかなり狭くなるけれど、温度を上げられるなら、下げることもできるはず。


 どうして今まで気づかなかったんだろう。

 そうだ。故郷の村では一度も試したことがなかったんだ。冬はものすごく寒いけど、夏はそれほど暑くなかったから。

 森に入ればさらに涼しくて過ごしやすかったし。


「カノくん、シュカちゃん。ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかな」


 二人から距離をとった私は、指の腹をくっつけて目をつむる。

 大切なのは、魔力のコントロール、そして想像すること。

 ふっと、体の内側にたまった魔力に力を込めた。


「……あれ、なんか」

「つめたくなった!」


 集中していれば、カノくんとシュカちゃんからそんな声が届いた。

 構えを解いた私は、目を開けて空中をパタパタと扇いでみる。


「できた……けど、弱かったかな」


 空気が涼しくなったと思いきや、時間は数分と短い。効果はあっという間に切れてしまった。


「けっこう難しいなぁ……またあとでやってみよう」

「でもでも、すごいねルナンさん! 少しだけど、シュカ涼しかったよっ」

「うん、魔女ってそんなこともできるんだ。でも部屋を涼しくするために魔女術って……なんか、使いどころがズレてる気もするけど」


 呆れ笑いを浮かべたカノくんだったが、この中で一番、暑さに参っているのはカノくんである。

 少しでも過ごしやすいようにできたらいいんだけれど、なかなか難しい。


 そんなことを試している間に、鍋が沸騰を始める。

 水分が少し飛んだのを確認したあと、スプーンで掬って味を確かめた。


「……!」


 横から二人に「どう?」という顔を向けられるも、とりあえず小刻みにうなずく。

 最後の仕上げに、味に深みを出すための砂糖と、合いそうな山菜を刻んで振りかけたら――スパイスカレーの完成だ。


 



ありがとうございました。

この他にもこだわった作り方はたくさんありますが、作中ではこの方法でスパイスカレーを作らせてもらいました。

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