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84. 無自覚とお土産



 屋台のなかは、多くの夏飾りが並べられている。

 体に身につけるものから、建物や屋外用に飾るものと種類も豊富だった。


「あなたはこっちよね」


 夏飾りが置かれた台の前まで案内される。見るからに女の子用でデザインが可愛い。

 端から順番に眺めていれば、ある夏飾りに目が留まった。

 太陽と、その隣に女の人の横顔が彫られた印象的なペンダントである。


「ああ、それはね……太陽と魔女を模した飾りよ」

「太陽と……魔女を、ですか?」


 近くにいた売り子の女性が教えてくれる。瞬間的に私の口元が引き攣ってしまった。なぜに魔女がモチーフなのだろう。


「夏飾りって、太陽だけのものが多いですよね?」

「普通はそうね。だけど王都では、その時々で流行りになっているものが飾りの一部として細工されていることが多いわ。今は絶滅したと思われていた魔女の生き残りがそうね。話題にあがらない日はないんだから」

「そんなに凄いんですか?」

「ええ、そりゃもう。だって、魔女よ? 一体どんな姿をしているのか、もうみんな気になってるわよ」

「そ、そうなんデスカー……」


 若干、棒読みになってしまった。


 たしかにこの街でも号外で『リリアン(魔女の生き残り)』の記事が出回っていたけど。

 まさか夏飾りにまで反映されるとは。冒険者街も噂の熱気は凄いけど、王都も負けていないと感じた。


 つまりあれだよね。定番な季節の商品に、話題の芸能人とか創作キャラを添えて売り込むという商法。

 世界は違うけれど、世間が注目している話題と品を絡ませるやり方は、似たり寄ったりなんだな。


 私は、そそそ……と、太陽と魔女のペンダントから視線を外す。魔女を模した飾りは、とりあえず遠慮しておくことにした。


 カノくんとシュカちゃんに渡すのならば、どんなものがいいだろう。

 仕事中、邪魔にならないように、エプロンや服に取り付けられるタイプの飾りがいいと思うけど。


 色々と吟味した結果、カノくんとシュカちゃんには、それぞれブローチ型の夏飾りを買うことにした。師匠にも首から下げられる物を用意したが、果たして付けてくれるだろうか。


 購入を決めた夏飾りは三つ。支払いのため声をかけようとすれば、つい先ほどまで立っていた売り子の女性の姿が消えていた。

 あれっ? と思っていれば、布類を扱う商品台のほうから弾んだ声が聞こえてきた。


「お兄さん、これとか似合いそう! せっかくの顔なんだから、試しに着飾ってみましょうよ」

「か、顔? いや、すまないが俺は遠慮す――」

「そうねぇ、瞳は綺麗な青水色(キトンブルー)で、髪は真っ黒だから……これとか似合いそうじゃない?」

「それいいわね! 夏飾りも合わせたらとっても素敵よ」


 コクランさんが、女の人に囲まれている。

 しかもかなり積極性が強いようで、戸惑いの表情を浮かべていた。

 接客している女性たちは、おそらくコクランさんより少し歳上なのだろう。

 見事なまでに「おねえさん方に可愛がられる図」が完成されていた。

 だけど、あれは……少し困っているような。

 

 それに気づいたのか、近くで接客を受けているキーさんが、静かに様子を窺っていた。

 コクランさんがきっぱりと断れる性格ならいいのだが、これまでの言動を振り返ってみて分かるように、押し切られてしまいそうだ。

 この手の屋台の女性は、いつの間にか主導権を握ってしまうから。強い、強すぎる。


「それよりあなた、どうしてずっと頭を隠しているの?」

「――っ!」


 ふと、女性の一人が疑問に思ったのか、背伸びをしてコクランさんのフードに触れようとしていた。

 コクランさんの顔色が、さっと青ざめていく。売り子の女性たちの立ち位置が絶妙で、自分の腕で振り切れないんだ。


 私は、コクランさんとキーさんが亜人だと知っているから、それがどれだけまずい事態なのかよく分かる。

 けれど逆に、王都から来た人にしてみれば、亜獣人は北街区にいるものだと考えていて、コクランさんが亜人であるとは夢にも思わいないのだろう。

 コクランさんやキーさんのように、ローブで全身を覆うスタイルは、冒険者ならば珍しくもなんともない。


 女性に言い寄られて気分を良くする冒険者もいて、現に華やかなこの店の売り子たちはそれに近い接客をしている。

 それの善し悪しを決めるのは、人それぞれである。

 しかし、ここでフードを取られてしまっては――そう思った私は、思わずコクランさんに駆け寄っていた。


「あの! この飾りを買いたいので、包んでもらってもいいですか?」


 すると、場の視線が一気にこちらに集中する。

 私はその隙を狙って、指先を動かした。


 周りに気づかれないように、魔女術で半分ほど後ろに下がっていたコクランさんのフードを、元の位置へと戻す。

 基本の構えをしていなかったけれど、なんとかコントロールができてよかった。

 ギリギリ見えそうになっていたコクランさんの獣耳も、晒されることなく隠れている。


「やだ、久しぶりのかっこいいお客さんだったから、夢中になっていたわ。ごめんなさいね、すぐに包むから」

「ありがとうございます。あ、そうだ。コクランさん、少し荷物を持っていて欲しいんですが、いいですか? お金を払い終わったら受け取りますので、屋台の外で待っていて貰えると嬉しいです」


 私は売り子の女性に夏飾りを手渡しながら、もう片方の手で荷物を差し出した。

 ぽかんとした様子のコクランさんだったが、すぐに意図を察してくれたのか、頷いて荷物を取ってくれる。


「ああ、わかった」


 少しほっとしたような顔のコクランさんは、私の荷物をしっかりと持って屋台から出て行った。


「もしかして、あなたの恋人だったの? ごめんなさい、気分を悪くさせちゃったかしら……?」


 コクランさんの周りにいた女性たちが、私の元へやって来る。

 勘違いを生んだらコクランさん申し訳ないので、すぐに否定に入った。


「いいえ、違いますよ。よく顔を合わせている方ではあるんですけど……お綺麗な方に囲まれて、少し戸惑っているようだったので間に入ってしまいました。邪魔してしまって、すみません」

「邪魔だなんて! お兄さんが押しに弱そうで、つい強引になりすぎちゃったの。本当にごめんなさいね」


 ああー……やっぱりですか。押しに弱いと思われていたみたいですよ、コクランさん。


「とてもいい物が買えました。ありがとうございます」


 包んでもらった夏飾りを受け取りながら、愛想笑いを浮かべる。

 あまり下手なことは言えないので、早くお店を出よう。


 そういえば、いつの間にかキーさんの姿も消えている。コクランさんが屋台を出たときに、一緒に外に出たのだろうか。


「あ、お嬢さん。ここだよ」


 屋台から少し離れた場所に、コクランさんとキーさんの姿が見えた。やはりキーさんも、ちゃっかりお店を出ていたらしい。


「店主、先ほどはありがとう。……魔術で俺の耳を隠してくれただろ?」

「気づいていたんですね。すみません、勝手に動いてしまって。その荷物も、ありがとうございました。いきなり持てだなんて唐突すぎましたよね」


 口実とはいえ、ペンションのお客様に荷物を持たせてしまった。

 急いでコクランさんから荷物を受け取る。


「いや、本当に助かった。その……あまり大勢に囲まれるのは慣れないからか、対処に遅れてしまったんだ」

「いやぁ、びっくりしたよ。コクランのフードが外れそうになって、ぼくも急いで手を伸ばしはしたけど……助けに入るの、お嬢さんのほうがひと足早かったね」


 キーさんにまで感謝されてしまった。

 だけど、そっか。私が焦って間に入らなくても、キーさんが被せ直そうとしていたんだ。

 余計なことをしてしまったかと心配になったが、結果として事なきを得たので、二人とも安心したようだった。


「お店の方が、少し強引だったと謝っていましたよ」

「……なぜあのように好意的に近づいてくるのか、俺にはよくわからない」

「えっ、わからない?」


 コクランさんはひどく悩ましげにしている。思わずこぼれた本音を耳にした私は、まじまじと彼の顔を見つめてしまった。

 正直なところ……顔立ちの良いコクランさんだったから、お店の人たちも浮き足立って過度な接客をしたんだろう。

 一見、寡黙そうで近寄りがたい印象はあるかもしれないけれど。屋台のおねえさん方は、反応を見て楽しそうにしていた節もある。

 もしかしてコクランさんは、自分の容姿に疎いのだろうか。


「コクラン、そう深く考え込まなくても。単にきみの顔が彼女たちにとって好みだったから、あんなふうに構われたんだと思うけどね」


 逆に自覚していそうなキーさんは、コクランさんの発言を聞いてくすくすと笑っている。

 私と目が合うと、ねぇ、と同意を求めてきた。


「そうですね……」

「……!」


 心なしか、頭を覆っているコクランさんのフードがふわりとあがった。中に隠れている耳が動いたようだ。


「たしかにコクランさんは、格好良いお顔立ちをしていると思います。お店の方々も嬉しそうでしたし」


 この場合は、同じペンションのお客様であるキーさんに同調し、さりげなく意見と事実を述べるのがちょうどいい塩梅である。


「……っ、自分の顔については、あまり意識したことがなかった。店主がそう言うなら、おそらくそうなんだろう。少しはわかった。これからは気をつける」


 いや、私がそう言うならというか……ついさっき囲まれていた状況を考えればもう、そのままの意味なんだけど。

 天然なのかは分からないけれど、自分の容姿について無自覚だったり、たまにコクランさんは不思議なことを口にする人だ。



 港まで行く予定だったが、思いのほか時間が経っている。

 今日のところは、この辺りで引き返すことにした。

 帰る場所が同じということで、コクランさんとキーさんも一緒にペンションまで向かう。


 ふと、道の途中で中年夫婦が開いている夏飾りの屋台が目に入った。


「あ、コクランさん。あそこにも夏飾りが売っていますよ」


 元はと言えば、夏飾りが気になっていたのはコクランさんである。

 最初の屋台ではゆっくりと選ぶことができていなかったが、あそこなら大丈夫ではないかと提案してみた。

 すると、コクランさんは嬉しそうに表情を和らげて、少し見てくると言って屋台へと向かった。


「じゃあ、ぼくも覗いてこようかな」


 コクランさんが心配なのか、キーさんも付き添うように向かっていった。

 しばらくして二人は戻ってきたが、コクランさんの手には、購入したと思われる品物のほかになぜか連続三角旗があった。

 それは街の至るところに垂れ下がっている、太陽の絵とリュアーシ王国王家のエンブレムが縫われた、あの連続三角旗である。


「え、それも買ったんですか?」

「いや、紐の部分が少し切れているからと、無償で貰ったんだ」


 紐の部分が切れているとはいえ、使用感もなく真新しい。あきらかに新品のものだ。


「なんかコクラン、あの夫婦にも気に入られていたよ。礼儀正しいとか、すれていないとか、褒めちぎっていてね。よかったねえ、コクラン」


 やっぱりキーさんは、楽しそうだ。


「……」


 だけどコクランさんは嬉しくなさそう。というより、いきなりこんなものまで貰って気が引けている感じだった。


「店主、いらないか?」


 使い道がないと言って、コクランさんは私にそれを譲ってきた。

 なんだかよく貰ってばっかりな気がするが、持っていても余らせるだけだからと、最終的にはいただくことになった。


 ……偶然とはいえ、ペンションのお客様と並んでお店を見て回る。

 それがなんだが、トペくんやユウハさんと一緒に屋台の物を食べた記憶と重なった気がして、妙に懐かしさを感じた。

 

 

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