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83. 客引き



 ククルと呼ばれた赤い鳥は、バタバタと周囲を飛び回り、最終的に彼の右腕に乗ることで落ち着いた。

 くちばしを上手く使って翼の毛づくろいをしながら、可愛らしい悪態をついている。


『まったくさーこっちの身にもなれよ。女の子にちょっかい出して痛い目見てるのはだれ? バカなの?』

「ちょ、待て待て待て。この子はオレのお客さんで、スパイスを買ってくれた女神なの!」


 女神って……大声で力説しているけれど大丈夫なのかな。

 彼の声に釣られて、通りを歩いている人や露天を開いている人が何事かとこちらを注目しはじめている。


「あの……」


 鳥との会話が成立しているということは、この人は亜獣人?

 見た目は普通の人間のように思えるけど、体は相変わらず亜麻色のローブで隠れているので断定はできない。


「あ、ごめんごめん! ちょ〜と邪魔が入っちゃってさぁ〜」

『誰が邪魔だって』

「しーっ、しーっ!」


 すかさず入った反論を、彼は焦った様子で諌めていた。


「……店主?」


 一人と一匹のやり取りを傍から見ていれば、背後から声をかけられる。

 振り返ると、ローブ姿のコクランさんとキーさんが立っていた。


「どーも、お嬢さん」

「偶然ですね、コクランさん、キーさん」


 けれど、一緒に出かけていったグランとコンの姿がなかった。


『あ、ルナンの匂いがする』

『ほんとだ〜ここだよルナン〜』


 二人の肩には紐で垂れ下がった麻袋があった。カリカリと爪で袋を引っ掻く音と、小さく「キュンキュン」「キャンキャン」という鳴き声が聞こえてきて、堪らず口端がにやける。

 街中なのでグランとコンはその中に入っているんだろう。

 

「……店主はわかりやすいな」


 コクランさんが可笑しそうに言った。もう私の反応には慣れたような素振りだ。

 たしかコクランさんとキーさんは、冒険者ギルドで依頼を受けていたはず。かなり早いけど終わったのかな。


「お二人とも、依頼の帰りですか?」

「ああ。つい先ほどギルドを出たばかりだ」

「そうなんですね、無事にお帰りになれたようでよかったです」

「うん」


 怪我もなさそうなので安心していると、目の前のコクランさんは顔を綻ばせた。少しだけ白い歯がちらりと見える。

 隣に立つキーさんは、その様子を横から見てニコニコと笑っていた。


「……そういえばキーさん、今日は長いローブを着ているんですね」

「まあ、着ないとコクランがうるさいからね」

「当たり前だ。でないと目立って仕方がないだろう」


 コクランさんは呆れたようにため息をつく。

 この間、街を途中まで一緒に歩いたときも耳と尻尾は隠していたが、ペンションでは常にオープンな彼が人目を忍んでいる姿は不思議な感じがする。不思議って言うのも変だけど。

 

「ところで、お嬢さんはさっきからここで何してんの? 揉めた声が聞こえてきたから来てみれば、きみがいるから驚いた」


 黄色い瞳を細めて、キーさんが尋ねる。

 

「なにか問題があったのか?」

「いえ、そういうわけではないんですが」


 ちらりと、後ろにいた露天商に目を向ける。

 鳥と言い合いをしていた彼は、ぽかんと口を開けてコクランさんとキーさんを凝視めていた。


「こちらで香味料を買っていたんです。そろそろ別の場所を見ようと思っていたところでして……あの、ありがとうございました」


 何となくこの場を離れるきっかけを失っていたが、彼らのおかげで自然に離れられることができそうだ。

 ぼうっとしている露天商に声をかけると、代わりに赤い鳥が「ピピッ」と鳴く。


『おい、ゼナイド。その子呼んでるよ』


 コクランさんとキーさんに釘付けになっていた彼は、肩に乗る鳥に頬をつつかれて我に返った。


「いやいや、こちらこそありがとうおねーさん! いやぁ〜ほんとに助かった。これで宿代の確保もできたし、アンタは救いの女神だ!」


 そして、またもや片手を握られた。

 人懐っこい笑顔が太陽のように眩しく、そのキラキラとした風貌のせいか気圧されてしまう。


「お願いですから女神はやめてください……こちらこそいい買い物ができたのでお互い様です。それじゃあ、私はこれで」


 いそいそと手を引っ込めて踵を返せば、コクランさんとキーさんが何か言いたげに私を見ていた。

 会話の途中だったから待っていてくれたようだけど、その微妙な表情はなんだろう。


「店主と、彼は……親しい間柄なのか?」


 どこか気まずそうに、コクランさんが言った。


「え? 彼って、あの人のことですよね?」


 露天を離れながら後ろを確認すると、未だに赤い鳥を肩に乗せた青年が大きく手を振っていた。

 欲しいものを買っただけなのに、あんなにありがたがられると居た堪れない気分になる。


「ついさっき知り合ったばかりです。商品を買っただけなので親しくはないですね。名前も知らない方ですし。ただ私以外に買い手がつかなかったようで、それで大袈裟に感謝の握手を」


 ……あ、名前は一応知ってるかも。たしかククルって鳥が彼を『ゼナイド』と呼んでいたっけ。

 ほとんど盗み聞きだったからコクランさんたちには言えないけど。


「……握手」


 コクランさんは考えた素振りを見せる。何か気になっているみたいだけど、それ以上は尋ねてくることもなくいつもの調子で黙り込んでしまった。


「あの人が、どうかしましたか?」

「いや、特に何もない……うん、何もないんだ」


 と言いつつ、コクランさんはぼんやりと思い悩んだように地面と睨めっこをしている。


「はは。あんなに距離感が狭い人にコクランは出会ったことがないから、珍しいんだよ。それにしても彼、亜人だね。種族は鳥かな」


 コクランさんを横目に軽く笑いながら、すでに見えなくなった露天のほうを振り返ったキーさんが確信したように言ってのけた。

 私もあの距離感には驚かされたから、とても分かる。


「やっぱり亜人の方だったんですね。鳥と会話が成立していたようなので、もしかしたらと思っていたんですが」

「まあ、鳥類の亜人は耳も人間と変わらないし見た目じゃ分かりにくいだろうねぇ。だけど、きっとあのローブを脱いだら翼があると思うよ」

「翼ですか。それは……空を飛べるんですか?」

「だいたいは飛べたはずだよ」


 そしてキーさんは「でもお嬢さんには翼はいらないよね」と目を細める。

 浮遊術のことを言っているのだろうか。私は飛ぶとき箒だもんね。

 でも箒とはまた違って、翼で空を飛行するって聞くと好奇心がくすぐられるのは私だけ?


 ……まあ、そうなるとククルという赤い鳥は彼の契約獣なのだろう。

 森の主さんみたいに毛がふわふわしていて可愛かったなぁ。

 それにあのきっぱりとした言い方も、グランやコンとはまた違ったタイプで愛嬌があった。


 印象強く残った露天を思い返しながら、そのまま流れに任せてしばらく道を進んでいく。

 左右にはコクランさんとキーさんが並んで歩いていた。


「お二人とも、一緒に歩いて来てしまっていますけど大丈夫ですか? どこか寄るところがあったりは?」

「いや、特にこれといってない」

「そもそも帰る途中だったからね」


 コクランさんはようやく地面から顔を上げて、キーさんは飄々と笑って首を振る。

 つまりは、二人ともこのままペンションに戻るんだろう。

 

「あの〜……もし時間があるなら、見ていきませんかぁ?」


 立ち止まった隙に声をかけられる。

 声の方に視線を向けると、可愛らしく着飾った女性がこちらの様子を伺っていた。


「きゃあっ、やっぱりかっこいい!」


 同じように目を向けたコクランさんとキーさんの顔を見て、女性は高い声をあげる。

 その人の後ろには屋台があり、夏飾りと思わしき装飾品がずらりと並んでいた。

 屋台の中にも数人の女性たちがいるようで、コクランさんとキーさんを目にすればこそこそと耳打ちをしていた。


「あたしたち王都から来たんですけどぉ。今流行りの夏飾りを仕入れていて、お兄さんたちかっこいいから絶対に似合うと思うんです!」

「よかったら試してみませんっ?」


 ……あ、そういうことか。

 二人ともタイプは違くても目を惹きやすい容姿をしているから声をかけられたんだ。

 屋台のお姉さんたちは誰も彼も垢抜けているというか、言うなれば都会から来た人の雰囲気がある。

 王都から来たって言っていたから、あながち間違っていなさそう。


「……夏飾りか、どれも凝っているね」

「でしょう? 王都でも人気なんですよっ」

「……コクラン、少し寄っていこうか。夏飾り、気になってなかった?」

「あ、ああ、それはそうだが……」


 キーさんに指摘されたコクランさんは、驚きつつもしどろもどろしている。


「ふふ、どうぞ近くで見てくださいっ」

「はいはい、わかったわかった」


 よく見る愛想笑いを浮かべたキーさんの腕を、女性のひとりがグイグイと引っ張る。それをどこか扱い慣れた様子でキーさんは対応していた。


「お連れの方もこっちよっ」

「……っ」


 同じようにコクランさんにも一人の女性が近づいていた。

 戸惑っているコクランさんを大丈夫かなと見つめていれば、彼の腕を引く女性と目が合う。


「さあ、あなたもどうぞ! 女の子用もたくさん置いてあるからっ」

「ありがとうございます」


 屋台や露天で客商売をする女性は、こぞって明るく自分のペースに持ち込む独特な話術がある気がする。

 一概には言えないけれど、今もどこか断れない雰囲気があって、あっという間に相手の陣地に入り込んでしまった。


 ……二人とも、大丈夫かな。

 少しばかり心配になりながらも、私は先ほど購入した品を抱え直して天幕に入った。

 


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