81. 夏飾り
※香料→香味料に修正致しました。
カノくんが言っていたとおり、冒険者街は夏の大市場祭に向けての準備が着々と進んでいた。
「……おー」
いつものように西門をくぐると、すでに景色が一変していることに驚く。
太陽をモチーフにした夏飾りが街の至るところに取り付けられている。
建物と建物の間に垂れ下がっている連続三角旗には、同じく太陽の絵とリュアーシ王国王家のエンブレムが縫われていた。
まだ準備段階なのに、街の人の活気は太陽の熱をも上回るほどのパワーを感じる。熱気が凄まじい。
見ている私までワクワクと胸が弾んだ。
しばらくは流れに任せて西街区の大通りを歩くことにした。
普段よりも人の出入りが多いのは、他国からやって来たと思われる人々も混じっているからだろう。
見慣れない民族衣装を着込んだ人、大市場祭のために大量に品物を仕入れてきた商人、鎧を纏った冒険者。
冒険者街はいつも以上に浮き足立って賑わっている。
「おや、ルナン! もしかして見物しに来たのかい?」
夏飾りに目を奪われていれば、屋台にいる中年女性から声をかけられた。
この人は、いつも卵を安く売ってくれる屋台の女将さんだ。
私が初めてレリーレイクにやって来たとき、道を尋ねた際に色々と良くしてもらって、街のことも教えてくれた。
露天商スタイルで通ると気づいてもらえないけど、フードを取った状態の本来の私で歩いているときならばいつも話しかけてくれる気前のいい人だった。
「あ、こんにちは! ……そうなんです。私は大市場祭自体が初めてなので、どんな感じなのか気になって」
「あはは、そうかいそうかい。初めて見るんじゃ驚くだろうねぇ。大市場祭は他の国でもやってるけど、レリーレイクには負けるよ。それぐらい規模が大きいのさ」
女将さんは得意げに笑っている。
現住民としては、大々的な貿易がレリーレイクで行われることに誇りを感じているんだろう。
「西門から歩いて来たんですけど、本当に豪華な飾り付けですよね。もう人の数も多いみたいですし」
「ああ、よそからやって来る商人や冒険者が宿をとるのに必死なんだろうねぇ。大市場祭が始まる数日前にはどこも泊まれないから、今のうちから泊まるんだろうよ」
「東街区の宿も大忙しですね」
「大忙しですねって……あんたのところはどうなんだい?」
私が森の中でペンションを開いていることは、女将さんも知っていた。
そして、亜獣人宿泊可能という方針でやっていることも。
それを心配されることもあるけれど、長年住んでいるから街については詳しくて、何かと頼りになる人だ。
……ちょっとお喋りなところがあるのは否めないけどね。
「うーん……私のところは、そもそも見つけにくい場所にありますから。今のところ部屋がすべて埋まったりはしていないですけど。また貼り紙でもしようかなって考えています」
「へえ、そうかい。大変だろうけど頑張んな。こんな若くて可愛い娘が宿屋を開くなんて、最初聞いたときは耳を疑ったもんだけど……しっかりやれてるみたいであたしゃ安心したよ」
まるで子どもに向ける眼差しに、照れくさくなってしまう。
「ありがとうございます。これからも、頼りにさせていただけると嬉しいです」
「もちろんだとも。また卵もたくさん用意しとくからね! ああ、それと……あんたのところは森が近いんだから気をつけな。この間だってバードックスの吼え声が森から聞こえてきて、街のみんなが大騒ぎだったんだ」
「そ……そういえば、そんなこともありましたね」
父バードックスの咆哮は、街の人たちを震え上がらせた。
一時は各ギルドから偵察隊を出す話までされていたようだが、それからしばらくして森が静かになったので、厳重注意の上で様子見となったらしい。
もし偵察隊が森に向かう事態になっていたら、どこかで鉢合わせをしていたかもしれない。
……本当に事なきを得てよかった。
「本当に、何があるからわからないんだから、十分に気をつけな」
「はい、そうします」
「うんうん、それがいいさ。よかったらこれもあげるよ」
女将さんの手には、太陽の夏飾りがあった。
街に飾られたものとは違って、可愛いアクセサリーの形をしている。
「これは……」
「大市場祭はその季節の象徴を模したものを身につけるって決まりなのさ。これはあたしからの贈り物。いつも色々と買ってもらってるからねぇ」
「わあ、こんなに可愛いのに、貰っていいんですか?」
「構わないよ。持っていっておくれ」
「嬉しいです。大切にします」
女将さんには「大袈裟だねぇ」と笑われてしまったけれど、私はすぐに貰った夏飾りをローブに取り付けた。
しゃらん、と垂れる飾りが動きに合わせて左右に揺れる。色が金色っぽいから、ローブともよく似合ってる。
「カノくんとシュカちゃんにも、夏飾りを渡そうかな」
良いものを頂いてしまったと、私は来て早々に喜びに浸ったのだった。
*꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙
当初の目的であった香味料を探すため、それらが売られている通りまでやって来た。
大市場祭に向けて、ここも場所取り争奪戦が激しいらしい。
いつもは多少の空いたスペースがあるのに、現時点ではかなり埋まってしまっている。
香味料は特定のお店で買っているわけじゃなく、その時々によって違っていた。
露天を一つ一つ見て回るのも、密かな楽しみだったりする。
「すみません、ちょっと見てもいいですか?」
「いらっしゃい! うちのはどれも新鮮だぜ。満足するまで見てってくれ」
「ありがとうございます」
商売の邪魔にならないかを確認してから、並べられた香味料をじっくりと見る。
何か目新しいものがあったらいいんだけど、香味料となると、どのお店もやっぱり同じ感じのものになるよね。
でも、たしかにこの露天の香料植物は新鮮で状態も良さそう。今日はここで足りなくなった分を買い足そうかな。
本来ならば毎回決まったお店で買った方が香味料の味に差が出ないんだけど、いつも同じ品質で売る露天は少ない。
気に入った香味料が見つかっても、次に来た時には全く別物になっている、なんてことのほうが多いのだ。
だからこそ、せめて新鮮なものを売ってもらって、あとはその日の食材の状態で塩梅を決めている。
「えっと、ここにあるもの、全部二袋ずつください」
「へい、まいど!」
品物を受け取って、持ってきていた麻袋に入れた。
次はどこを見て回ろう。
そうだ、せっかくだし東街区の宿屋の様子も見ておきたいな。
あとは港の方に行って、なにか新鮮な魚介が売りに出されていたらそれを――
「おね〜さ〜ん」
「ん?」
ふと、声が聞こえて足を止める。
私を呼んでいたのかが分からなくて、周りに目を配らせていれば、また男の人の声がした。
「そうそう、そこにいる! おねーさん! 可愛い夏飾りをしたおねーさん! うわあああ、こっち! そうそう、気づいてええ!」
「えっ……」
声が聞こえたのは、通りの隅っこにある小さな露天から。
「あっ、気づいてくれたっぽい? ねーえーおねーさん! ちょっとウチの商品見てかな〜い??」
そして露天の店主だと思われる人物は、亜麻色のローブで、布を頭と顔にぐるぐる巻きにしている、かなり風変わりな格好をした人だった。
露天は屋根のないお店。
露店は屋根のあるまあまあしっかりとしたお店。
と、区別していましたが、分かりずらいので、これからは露天と、屋台でいこうと思います(_ _)




