【番外編】森の中の霊祭 その3
『ルナン、一緒にあれ食べようよ〜』
一匹の子リスが肩に登って言った。
子リスの言う「あれ」って、もしかしなくてもあれのことなのかな。
私は核心部の中央に生えている柳のような木に目をとめる。
細長い枝がしなやかに垂れる形は、私が知っている柳の木そのものであったけれど、どういうわけか黄金に輝きを放っていた。
木の幹はもちろんのこと、その木全体から不思議な魔力の力を感じる。
『あれね、とってもおいしいの。蜂蜜に似てるけど、ちょっとちがうよ。食べたら元気になるよ』
「あれ、食べられるんだ……」
しなだれる枝葉には、奇妙な実がくっついていた。
黄金の木に実る、艷めくオレンジ色の謎の物体。
それを実といっていいのか分からない。
けれど集まった動物たちは、思い思いにその実を食べていた。
えーと……もぎって食べるの?
見た目はなんだか、前世に売っていたお菓子のグミを林檎ぐらいのサイズにしたような感じだけど。
正直見た目は、丸くて大きなグミにしか見えない。
それもオレンジ色に光っているものだから、奇妙な眼差しを向けてしまう。
「あれはこの三日間という短期間にだけ実るという、森の木々からの贈り物だ」
黄金の木へと近づいた私に師匠が教えてくれた。
森に霊が降りると、森に生きる木々たちがたちまち元気になる。
長い年月を過ごす木々は、歴代の森の主を覚えており、霊となった森の主が霊祭に帰ってくるのは木々にとっても喜ばしいことだった。
木々が元気になると、地中に生える長い根っこが魔力を放出し、それが大樹の元に流れ込んでくる。
大樹の根に魔力が集まると、核心部にある黄金の木が急成長し実をつけるのだという。
「森の連中はこれが大好物なんだ。ルナンも分けてもらうといい。その死にそうな顔も見違えるようになるぞ」
そして、師匠は「両手を前に出せ」と言ってくる。
訳が分からないまま言われた通りにしてみると、黄金の木の枝がみしみしと音を立て伸び始めた。
「わざわざ、運んでくれてるの?」
「ああ、そうじゃ。親切な木だろう?」
伸びた枝が私の元へとやって来る。
枝の先端には、しっかりと実が付いていた。
私はそれを丁寧に取って、手のひらに乗せる。
「……カボチャ?」
何となく既視感があると思っていたら、そうだカボチャだ!
村でもオレンジ色のカボチャを用意し、中身をくり抜いて蝋燭を立てている。
まるで前世にあったカボチャのランタンにそっくりだと思っていたけれど、大樹の核心部にも似たようなものがあるなんて。
見た目はオレンジ色に輝くカボチャのようだが、もっとぷよぷよとしていて透明で、感触はグミに近い。ベタついたりはしていないけど。
カボチャに極限まで似せたグミ……?
って、この世界にグミは存在してないよね。
「昔は大樹の核心部ではなく、地上の目につく場所にも生えておった木なのだがな。年々、実を求めて多くの人間が押し寄せ、あわよくば自分のものにしようと斧で切ってしまう輩が後を絶たなかったそうだ。故に現在ではこうして大樹の中にだけ実るようになった」
元々は地上にあった名残りから、人々の間では似たような色合いの野菜を持ち寄り、中をくり抜き蝋燭を灯して霊祭期間中に供えるのだという。
地球ではカボチャのランタンにも意味はあったけど、この世界にもしっかり意味があったんだ。
村では霊の光を模したものとして用意されていたけれど、本来の意味は黄金の木になるこの実からきている。
それを知って思わず「なるほど!」と感激してしまう。
『ルナン、食べてみるといいよ。この実は、すぐに疲れた体を癒してくれるから』
後ろから主さんもやって来て、私に実を食べることを勧めてくる。
今の私って、そんなに疲れた顔をしてるのかな。
なんだか他の動物たちからも心配そうな目を向けられているし。
私が実を食べるところを確認するまで、こっちを見ているつもりのようだ。
「それじゃあ……いただきます」
動物たちから期待の眼差しを向けられ、空中には見守るように霊が漂っている。
逃げるつもりは全くなかったけれども。観念した私はカボチャのような、グミのような、不思議な食感の実をちぎって口に放り込んだ。
「ん……!?」
その反応を見た動物たちは、満足そうに笑っていた。
*꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙
そろそろリリアンの霊舞も終わって、三日目の霊祭も終盤に差し掛かる頃だろう。
来た時より格段に体が軽くなっている私は、薄暗い森の道を軽快に歩いていた。
「あの実、本当に凄いね! こんなに体が楽になるとは思ってなかったよ」
実を食べたおかげで、私の体力は完全に回復していた。
三日間に渡る霊祭の雑用による疲れもどこかに吹っ飛んでいる。
「良かったな。あれを食べると瀕死の状態ですら、たちまち健康体になるという話だ。この先数年は健康体でいれるじゃろう」
「え、瀕死が治るって……」
それって凄い効果なんじゃ? そんな貴重なものを私は食べたなんて、唖然としてしまう。
「はは、何を考えておるんだルナン。言っておくが、森の動物たちからしてみればアレはただの贈り物で、ご褒美だ。秘薬と呼ばれた時代もあったが、もう遠い昔のこと。恐縮する必要などないぞ」
師匠に考えを先回りされ、私はそういうことにしておこうと思った。
「あれ、こんなところに霊がいる……」
村の家屋が遠目に確認できる距離まで戻ったとき、私の前に一つの霊の光が現れた。
それはふわふわと私の周りを漂い、ゆっくりとおでこに触れる。
光を通して肌に温かな感触が伝わってきた。
「あれ、師匠。私って、大樹の中に入ったから、霊の光が見えるようになったんだっけ?」
「そうじゃが……その効果はじきに消えるだろう。核心部にいたからこそ、霊の光は目に映っておったのだ。もし地上で見たいのなら相当の修行がいるからな」
「あ、見えるようになる修行はあるんだね」
ということは、この霊の光も時間が経つにつれて見えなくなってしまうんだろう。
核心部には多くの霊の光があったけど、こうして普段暮らしている村の近くで見れるのも変な感じだなぁ。
「この霊は、誰なのかな」
「……。さぁな。村でぽっくり逝った老人の霊かもしれんぞ」
「またそんな言い方して」
いまだに私のそばを離れない霊をぼうっと見つめる。
動物たちのように、霊が誰なのかまで判別できないのは少し残念。
「……あ、もう消えちゃうのかな?」
「消える、というよりは……ルナンが見えなくなっていると言った方が正しいじゃろう。霊が霊界に戻るのは明け方だろうからな」
「ああ、そっか。そうだね」
それからほどなくして、霊の光は見えなくなった。
言い難い名残惜しさに包まれながら、私は村の出入口へと急ぐ。
帰ったらすぐに霊舞の後片付けが待っているだろうから。
「それよりルナン。あの実の味はどうじゃった?」
「うん、あれはね――」
この世のものとは思えない、衝撃的な味だった。
もちろん、良い意味で。
そして次の年から私は大樹の核心部に招かれるようになった。
一年に一度、三日間だけ訪れる霊との交流。
その帰り道には、いつも霊の光が一つだけ私の周りを漂っていた。
私が見えなくなる、その瞬間まで。
あの霊の正体に気づくのは、もっとずっと先のこと。
これにて番外編終了です。
お付き合い頂きありがとうございました。




