【番外編】森の中の霊祭 その2
「……いたた……あれ、痛くない?」
柔らかなクッションのようなものの上に、私は落ちたらしい。
「この、キノコのおかげ?」
体を受け止めてくれたのは、赤色に白の丸い模様が浮かび上がる巨大なキノコだった。
小さいサイズの毒キノコなら森の中でも見かけるけれど、こんなに大きなものは初めて見る。
「安心せい。これは毒もなければ食用でもない。ただ生えているだけのキノコだ」
ぽよん、とキノコの上にうまい具合に乗っていた師匠。
身軽な足どりで地面に着地すると、私のほうを一瞥して降りるように言ってくる。
ズルズルと滑り落ちるように巨大キノコから降りて、目の前に視線を向けたとき、私は言葉を失った。
「ここって──」
大樹の根が至るところに張り巡らされた空間には、森の動物たちが大勢集まっていた。
普段、決して共存することがない動物同士もこの場では関係なく並んでいる。
動物たちの周辺、そして空間の至るところに浮かんでいるのは、大小さまざまな半透明の光の塊。
どこか妖精の光に似ているけれど、全くの別物であるそれは……霊の光だった。
「見えるか、ルナン。あの飛んでいる光が霊界からやって来た霊たちの輝きだ。今年は数が多いのう」
「どうして、私にも見えるの? 今までは見えなかったのに……」
「大樹の膜を潜った影響で、見えるようになったんじゃろ」
あの黒い穴は膜が張られていて、この大樹の中に繋がっていた。
それが体に触れ、大樹の魔力を少量取り込んだため、私にも霊の光が見えるようになったのだという。
「ここは大樹の中にある、核心部というやつだ」
大樹が持つ魔力によって生み出された核心部の空間は、この霊祭の間だけ入ることができる。
そしてここが、動物と霊の交流場所になっていた。
『いらっしゃい、ルナン』
大樹の核心部という、神秘的な場所に呆気にとられてれば、目の前に立派な角を生やす雄鹿がやって来た。
「こんばんは、主さん」
『ふふ、こんばんは。大樹の核心部に来た感想はどうかな?』
「なんだか、不思議な場所ですね。頭が、ふわふわしています」
『そうか。命あるものと、霊が時を共に過ごしている空間だから、意識がぼんやりとするんだろうね』
そんな主さんの周りにも、霊がふよふよと寄ってきている。
『この光たちは、今まで土に還っていった森の主の霊なんだ。彼らも毎年、わたしや森の子らに会うため霊界から降りてきてくれる』
主さんも嬉しそうに目元をほころばせていた。
他の動物たちも、それぞれ霊と交流している。
傍から見ると半透明の光の塊だけれど、彼らには霊が誰であるのか見分けがついているようだった。
「……凄いですね。こうして、霊と会うことができるなんて」
私の前世、地球でも、霊祭に似た日はあった。
ハロウィンとか、死者の日とか、そんな呼ばれ方をするところもあったっけ。
ただ、その目に霊を映すことができる人なんて、地球では少なかっただろう。
もちろん私も見れなかった。そもそも霊感とかなかったしね……。
『国によって、さまざまな意味合いを持つ霊祭だけれど、この森では、死した生き物たちへの救済という意味合いがあるんだよ』
主さんは優しい声音で、寂しそうにつぶやいた。
「救済……?」
『そう。主となり大樹から寿命を与えられたわたしは、長い時を生きることになるけれど、本来動物の一生とは儚い。そんな短い時の中でも、動物たちはこの森で子孫を残していく』
「……」
『ここにいる霊は、みんな本当に森が大好きだったんだ。そして、そんな大好きな森に生きる子孫や仲間の姿を見るために霊界から降りてくる』
森で生き、大地へと還った動物たち。
年に一度だけ愛しい故郷に帰り、そして子孫や仲間の元へ訪れる。
この森にとっての霊祭は、まさに死した霊のためにあるお祭りだった。
『ルナンー』
のっそりとこちらに向かって四足歩行で歩いてくるのは、茶色の毛を生やす大きなクマだった。
『みてみて、ぼくのお母さん』
クマの頭には、淡く輝く半透明の光がある。
この間、森の中で話したあのクマだ。
お母さんの霊に会えたようで嬉しそうに鼻をひくひくと動かしていた。
『ボクの兄弟もいるんだ!』
『ルナンにも紹介したい!』
『こっちにも来て〜!』
わらわらと動物たちが、霊の光を引き連れて私の周りに集まってくる。
『行っておいで。みんな、ルナンに自分たちの大切な仲間を会わせたいみたいだ』
少しだけ、胸が苦しくなった。
私の村には、主さんたちが住む森と、村周辺を囲む山々がある。
食料確保には、村人は山で狩りをするか、または定期的にやって来る行商人から買い占めていた。
主さんがいると知っている森を、村の人々は安易に立ち入ったりはしない。
もし、立ち入ることがあるとすれば、それは村以外からやって来た旅人や冒険者だ。
発見されづらい村とはいえ、大昔のように魔女の結界がないこの場所は、たまに人が流れ込んでくる。
旅路の食料を得るために、森で狩りを始める者は一定数いた。
仲間を人間に殺されてしまった動物も、この中にはたくさんいる。
『こっちにきて、ルナン! ボクのお父さん、すっごく穴を掘るのが上手だったんだよ』
人間であり、魔女である。
そんな私に仲間を紹介してくれる無邪気な動物たち。
複雑な気持ちはあるけど、私はその輪に入っていく。
こんなときは、動物の声が聞こえることに怖さを感じてしまう。
だからこそ師匠からは、動物たちへの敬意を忘れてはいけないと口酸っぱく言われていた。
「はじめまして。魔女の、ルナンといいます」
私の周囲を漂う霊に、手を差し出す。
手のひらのうえに乗った霊は、ぽぽぽっと光の強弱で反応を示した。
『それ、ぼくのお母さん』
あのクマさんがはしゃいだ様子で教えてくれた。
うん、私には霊の光にしか見えないけれど。それぞれ動物たちは、どれが自分の仲間の霊なのかを認識できるみたい。
霊の光に触るという経験も、この時が生まれて初めてだった。
思ったよりも霊の光は温かく澄み渡っていて、触れていると優しさに包まれているような心地がした。
ありがとうございました。
次で番外編は終わりです。
以前、ルナンは動物の声がわかるのに、食料を狩ったり、動物の肉とか捌けるの?
という質問をいただきました。
まず第一に、ルナンは狩りをしません。
死んだあとの動物を、血抜きしたり皮を剥いだりすることも苦手です。
村にいる間は処理済みの材料を調理することが多かったです。
拠点をレリーレイクに移してペンションを開いてからは、街で生肉を購入しているため色々と楽になったそうな。
本当は本編で取り入れようと思った話ですが、今回ちょっとそれ関連の霊祭を書くことになったので、後書きに補足を載せさせていただきました!
ふーん、そうなんだ程度に聞き流していただければ幸いです。
……この先本編でも軽く触れる程度に書くと思いますのでm(_ _)m




