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79. ひだまりの中庭



 キーさんとの微妙なわだかまりのようなものがなくなって、早くも数日が経った。

 といっても何かが凄まじく激変した、というわけではない。

 今まで通り顔を合わせれば挨拶をして、居合わせた際の世間話を挟む程度だ。


 それはキーさんに限らず、コクランさんやポンタさんも同じである。

 要は、やっと「普通」になったということなのだけれど。

 私にしてみれば、その普通が何よりもありがたかった。



「――あ。ルナン、後ろの髪また伸びてる」

「え、本当?」


 昼間の清掃をいつもより早く終える。後片づけを済ませてロビーへ戻ると、ふとカノくんが教えてくれた。

 受付カウンターの中に掛けられた鏡を確認すると、確かに後ろ髪がちょろちょろと不自然に伸びている箇所があった。


「もう効き目は切れたと思ってたのに、効果抜群……」


 バードックスの住処で、髪を急激に伸ばす魔術薬を飲んでからかなり経つ。

 しかしこうして身体に浸透したまま少し残ってしまっているのか、部分的に毛先が伸びるときがあった。


 どうやら服用量を間違えたらしい。あのときは慌てていて、早く目に見える効果が欲しかったから全部飲み干したけれど。

 本来の飲み方は、様子を見ながら少しずつ量を調節するのが正しい服用方法だった。


「最近はめっきり伸びてなかったし、もう大丈夫だと思ってたんだけどなぁ」


 それこそはじめの頃は、二日おきに髪が長くなって大変だった。

 そんなとき、いつも頼りにしていたのは――


「仕事も一段落したし、今から切っちゃう?」

「うん。お願いしようかな」


 そう、カノくんだった。



 娼婦館で下働きをしていた頃、カノくんはたまに娼婦の髪を結う手伝いをしていたそうだ。

 手先が器用なカノくんの仕事っぷりに、娼婦の皆さんはカノくんのことを評価していたという。


 見た目が可愛らしいカノくんのことを、娼婦の人たちは癒される部分もあって可愛がっていたんじゃないかなと思う。

 それに加えカノくんって本当に働き者だし。


「ルナン、この辺りにしよ。陽の光が気持ちいい」

「うん。そうだね」


 私たちは中庭へと移動して、日当たりの良い場所に椅子を置いた。


「毛先も揃えておく?」

「うーん、おまかせで……」

「はい、おまかせね」


 くすっとカノくんは笑った。何回聞いても、私がいつもおまかせとしか言わないからだろう。

 だってぶっちゃけ……カノくんに任せていたほうが間違いないんだよね。そのへんは娼婦の方々の髪に触れてきたからなのか、手つきが素人と違う気がする。


「シュカも、ここ切りたいなあ」


 横で私の散髪の様子を眺めていたシュカちゃんは、自分の前髪を指に絡めていじりはじめた。


「前髪だけ伸びるのが早いよね、シュカは。ルナンが終わったら、軽く整えてあげる」

「うん!」


 シュカちゃんは嬉しそうに笑うと、くるりと身体の向きを変える。

 後ろから見えた丸い綿毛のような尻尾が、ふりふりと揺れていた。お兄ちゃんに髪を切ってもらえることがよっぽど嬉しいんだろうなぁ。


 兄妹の会話にほっこりしていると、カノくんがお兄さんらしく小川に歩いていくシュカちゃんに声をかけた。


「シュカ、足下に気をつけてね」

「はーい」


 トペくんと一緒にキラキラの石を眺めていたときのことを思い出すのか、シュカちゃんはよく小川の底を見ている。

 単に気に入っているという理由もあるみたいだけど。

 

「そういえば、よかったね。キーさん、もうルナンのこと警戒してないみたい」

「あー……ははは、そうだね。本当によかった」


 カノくんたちも、キーさんの雰囲気の変化にはすぐに気づいた。

 会話のひとつとして話題にあげたカノくんだったが、詳しく聞いてきたりはしない。

 感想として「よかった」と伝えると、そこでキーさんの話は終わった。


 思えばコクランさんも、ポンタさんもそう。

 亜獣人同士は、互いの裏にある事情や背景をしつこく詮索するということが少ない気がする。

 仲を深めればまた違うけれど、相手の内情に関しては引き際は早い。

 全員がそうとは一概に言えないけれど、そういうのも、生い立ちなどが関係するのかな。


「あ、そうだ。昨日お使いで街に行ったとき、ちょっと聞いたんだよね。今日から大市場祭(バザール)の飾り付けとか、準備が始まるって」

「そうなんだ! でも、実はまだ想像がついてないんだよね」

「きっとびっくりするよ。春は花を表した飾りが多いけど、夏は太陽の飾りが中心になるんだ。もう、飾りだけで暑くなってくるよ……」


 暑気が苦手なカノくんは、背後で分かりやすくため息をついた。

 太陽をモチーフにした夏飾りで溢れるレリーレイク。今日から準備が始まるのなら、私も街に出たときに見物できそうだな。

 

 他愛ない話をしながらも、カノくんの髪を切る手は正確に動いていた。娼館のおねえさんたちを相手にしていたから、これぐらいはお手の物らしい。


「シュカー、さっきからじっとしてるけど、なにか見つけたの?」

「うん! いもむし!」

「そっか。そっとしてあげてね」

「はーい」

「あはは、仲良し……」


 そのうち、意識がぼうっとしてくる。

 髪を切る軽快な音って、どうして眠気を誘うんだろう。うつらうつらとしてきた。


 ひだまりの中に座っていることもあり、余計に心地良さが生まれるのかもしれない。

 そんなことを考えていたからだろうか。私はいつの間にか、目を閉じてしまっていた。



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