78. 緩和
「お嬢さんは、魔術使い、だよね?」
私の身を乗り出す勢いに、キーさんは意外そうな顔をして既視感ありありの質問をしてきた。
「はい、魔術使いですが……」
反応を窺うように見つめられ、しどろもどろで同じように言う。
「……うん、だよね。そういうこと」
涼しげな含み笑いを向けられ、さらに混乱した。
それが伝わったのか、キーさんはうーんと考えながらさらに補足をする。
「……昔、ぼくを助けてくれた人がいてね。その人と似ている魔力をお嬢さんから感じたんだ。妖精に好かれる魔力……だったのかな。その人も同じように夏の妖精にはよく可愛いイタズラをされたと言っていた」
そして、と耳を傾ける私にキーさんは続けた。
「妖精に好かれる人は害を持たない。だからお嬢さんは、ぼくが疑っているような人間とは違う。……という結論をしたわけ」
それは確かに師匠も言っていたけれど。突っ込みどころ満載過ぎてどこから突っ込めばいいのやら。
キーさんの警戒が無くなったのはわかったし、今までの態度や、その変化の原因に幻覚が関係していたことも知れた。
そこが知れたと思ったら、次は新たに別の問題が出てきてしまったのだ。
「私と似た魔力の人というのは……?」
「……さあ」
やんわりと首をひねるキーさんに、心の中で「ええっ」という声が漏れる。
私と似た魔力の人ってどういうことだろう。
月の魔力を使っている私と似た魔力なんて、それはもう魔女――黒魔女ということになるのに。
それとも本当にたまたま質が似ている人にキーさんが出会ったということなのだろうか。
「かなり昔のことだから。ぼくも詳しくはわからないんだ。ごめんね」
分からないという人に説明を求めても仕方がない。
けれどキーさんは、分からないというわりにそれほど気にした様子もなかった。
私だけが悶々としている状況だ。
「では、私の魔力のおかげで幻覚が消えたというのは……?」
「それこそぼくには説明のしようがないかなぁ」
「ですがさっき言っていましたよね。"やっぱり、それだったんだ"とかなんとか」
「ああ、それは……それ以外に幻覚が消えるきっかけが思いつかなかったから。そう言っただけだよ」
「そう……なんですか」
取って付けた理由で押し切られた感が否めない。
なんだか納得がいかないけれど、道理にはかなっているのでそうだと言われれば不満もこぼせなかった。
「むしろこっちが聞きたいくらいなんだけど、その時なにか特別な術とかは使わなかったの?」
「いえ、そんなことはないと……」
私の魔力を体に流し、体の状態を把握しただけの力。
上達すれば病や怪我を吸い出せるとは聞いているけれど、まだそこまで巧みには操れないし。そもそもそれって幻覚に効くものだったっけ。
書物や師匠の口からもそういった情報はなかったのに。
知らず知らずのうちにそんな能力が?
ダメだ。もう一度書物を読み漁るか師匠に確認してみないことには、可能性すべては無きにしも非ずとしか言えない。
キーさんも幻覚が消えたことについて知りたがっているようだけれど、私からはなんとも……。
「お嬢さん、どうかした?」
「いえ……私も幻覚が消えたことについては、よくわからないです」
幻覚を視せる魔女術ならあるけど。
「ふーん、そっか」
まるでその返答を待っていたかのように、キーさんはあっさりと言った。
***
「……二人とも、そこで一体何をしているんだ?」
二階に繋がる階段から、そんな声が聞こえてくる。
降りてきたのはコクランさんだった。
彼は私とキーさんを交互に見ると、分かりやすく困惑顔を浮かべた。
そういえば、私もキーさんも、ラウンジの床に膝を突いたまま話し込んでいたんだ。
コクランさんは目をぱちぱちとさせ、言葉には出さないが「なぜそこに……?」という疑問を空気で醸し出している。
「コクラン、おはよ。ちょっとお嬢さんの時間を借りて今まで話してたんだ」
そう言いながら立ち上がったキーさんは、私にも目をやり立つように促していた。
その調子は、すっかり元に戻っている。
「はは。二人で座って話し込む絵面とか、コクランから見たら絶対に変だっただろうねぇ」
「いや……体調はもういいのか?」
「ああ、うん。すっかり良くなったよ。コクランにも心配かけちゃったね。わざわざ水とかも運んでくれて」
「俺はキーが元気になってくれたのなら……それでいい」
心の底からほっとしたように、コクランさんはキーさんに笑みを浮かべた。
少し幼さを感じさせるコクランさんの笑顔に、キーさんは優しげに「ありがとう」と応えている。
「……」
その様子を端から見ていた私は、密かに兄弟みたいだなぁという感想を抱いた。
この二人のやり取りというか、流れる空気みたいなものが、カノくんとシュカちゃんの関係性を彷彿とさせたのだ。
「店主、おはよう」
「おはようございます、コクランさん」
私は視線をこちらに向けたコクランさんに頭を下げた。
かすかに唇を笑わせたコクランさんは、私とキーさんの会話の内容を聞いてこようとはしなかった。
無闇に尋ねるのも躊躇われるという、彼の良心がそうさせているのかもしれない。
それを察したキーさんは、当たり障りなく表面的な事実を述べた。
「さっきお嬢さんに謝罪とお礼をしてたんだよ」
「店主に?」
「今回の件のお礼と……これまでのお詫びをね」
「……」
それを聞いたコクランさんの耳がピンと立ち上がった。
「本当だよ。ね、お嬢さん」
耳の動きだけでコクランさんの言いたいことを当てたキーさんは、口元をさっと笑わせて私に同意を求める。
「はい……ええと、キーさんと改めてお話ができてよかったです」
うなずくと、コクランさんは安堵した様子で「そうか」と短く相づちを返してくれた。
……キーさんの幻覚云々の話、コクランさんは知っているのかな。
とは言ってもさっきまでの会話の内容を掘り返すのも違う気がする。
ここはキーさんの流れに合わせることにしよう。
キーさんの変化には、コクランさんも気がついた様子だった。
それでも根掘り葉掘りと尋ねることはなく、私と同じようにその場の流れに任せている。
気になってはいるようだったので、もしかしたら二人になったときにどういった話がなされたのか聞くのかもしれない。
キーさんはお客様という立場だし、別に喧嘩をしているわけではなかったんだけどね。
ただコクランさんにも気を遣わせていた部分もあるので、そこに関しては謝りたい。
そして今回のことでキーさんからやたらと探りや疑いを向けられなくなったことが、私としては一番嬉しかった。
あとで、師匠に聞いた話によると
私が扱う月の魔力には、起源を辿ると人々の精神に癒しをもたらす作用があったのだという。
今回は、偶然その効果がでたのかもしれないと、そう言っていた。
キーの視野は広くなりました。
すべてがスッキリというよりは、どういうこと?という部分を残しつつキーとルナンの関係を柔らかくさせました。
(まあ、ほとんど彼の一方的な思い込みでなっていたという……)
それに巻き込まれたルナンはたまったもんじゃないですが、一旦このような形で落ち着けようと思います。
二章始まって早々にキャラクターの過去話が多くなってしまいましたが、この先は書きたかったイベント盛りだくさんでいきたいと思います。
キーとルナンの会話中、コンは途中からキーの背中にへばりついていました。




