8. 真夜中の調合
本館より一回り小さい円形屋根の旧館の最上階は、元からワンフロアぶち抜かれている。そこを寝起きする場所にしていた。
家具などは腐敗していたもの以外は再利用させてもらったので、部屋の雰囲気は初めからこぢんまりしたヨーロピアンな感じである。
一階と二階も同様、本館より懐かしい田舎の洋館っぽさがあって私は気に入っていた。
自室は魔術薬の調合スペース、保管スペースの他にあるのはベッドと机、本棚と、疲れたときに一息つけるソファぐらい。住み始めてから日が浅く村から持ってきた物も少なかったので、まだまだ殺風景な印象のある部屋だ。
仕事を切り上げた私は、自室に戻るとさっそく調合机の前に向かった。
さまざまな魔術薬の調合に使われる土台となる調合液を作成したあと、昼間に薬草園で採取しておいた薬草を使った魔術薬の調合に取りかかった。
本日の魔術薬『〜活力薬〜』。
……冗談ではなく、本当に書物に載っている薬。本当は活力薬と呼ぶのだが、何となく私が命名してしまった。
効果は飲んだ瞬間から約一日間、二倍の力を発揮できる。飲んでもちょっと体が軽いくらいの感覚しか残らないので体に負担が生じる心配もあまりない。
土木作業を生業とする人や、冒険者など、物理的に腕力が必要な人たちにはいい値で売れるものだ。
「……んー、ちょっと色が薄いかな」
細長いガラスの入れ物に入った青い液体を掲げ、下から色合いを眺める。イメージしていた色合いとは違う、これでは効果が薄まっているだろう。
前に調合したときはうまくいったのに、やっぱり一度や二度じゃ感覚が掴めない。
調合した魔術薬は冒険者街で売っている。
都合のいいことに、滅んだはずの魔女にならって薬を扱う商人が世の中にはたくさんいるので、私が普通に売っていても不審に思われることはなかった。
冒険者街を拠点とし、何かと生傷の多い冒険者をターゲットとして商売をする者がいれば、薬師、薬剤師と名乗って貴族お抱えになったり、宮廷お抱えになる者もいる。
効果はその者の腕前次第だけど、魔女が作る本物の魔術薬には匹敵しないだろうと師匠は言っていた。
活力薬もいろんな人間が作っている。
ただ、魔女が作るものと違って本当に栄養ドリンク並みの効果、素材の特性以上のものは作り出せない。地球での病院の薬に似ているかも。効果はあるが現実的な範囲で、魔力を扱って調合する魔術薬はそれと別物なのだ。
作り方を教えてあげたい気もするけれど、魔女だとバレるわけにはいかないし……。
そもそも魔力がなければ効果の強い魔術薬を作ることができないのだ。魔力のある者が調合すれば効果は高まるかもしれない。
世界で魔女が滅んだとされてから数百年。
人類は、この世界の大地全体に魔力が溢れ、そして自分たちの体にも魔力があることを発見した。
その力を扱える者と扱えない者とがいるとはいえ、奇跡の力として伝えられてきたものが、魔女以外にも使えるというのは当時大発見だったようだ。
ただ、先駆者たちである魔女はいない。
人々は『魔女術』を『魔術』と呼び改め、歴史書に綴られる魔女術を参考に自分たちで研究し始めた。
そして現在、魔術使いや、少しの魔術を扱える者は増えつつある。
きっと冒険者の中には多くいるだろう。
妹のリリアンが保護された理由も、人の研究では解明できない部分を解明するため、という思惑も含まれているんだろうか。
――まぁ、勉強に取り組むのを嫌ってノヴァ文字も読むことのできないリリアンが助言できることなんて、限られるけどね。あの子ったらそういうのに全く興味なかったから。
「…………のう、ルナン」
「えっ、なに師匠」
「それ、煮すぎじゃぞ」
「あっ、いけない……!」
時すでに遅し、煮込んでいた調合薬がプチ爆発した。