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76. 和解……?



 ラウンジに向かうとキーさんの姿があった。

 肩には小型化したコンを乗せ、先日作ったばかりの売店を物珍しそうに眺めている。


「お待たせしました。先ほどはお騒がせしてすみません」


 素早く近寄れば、キーさんは私を見下ろしてほんのり瞳を開いた。


「光粉、綺麗に取れたんだね」

「はい。魔術でなんとかなりました」

「へぇ、魔術でそんなこともできるんだ」

「ええ」


 つい構えてしまったけれど、キーさんはそれ以上の追及をすることもなく、ただじっと私を見ている。


「……」


 会話が途切れ、奇妙な沈黙が降りた。


 変に緊張してしまうのは、キーさんのそわそわとした空気を感じ取ってしまったからだろうか。

 今までの彼からすると、かなり珍しい空気感である。


 そういえば、キーさんとは街でろくに話せなかったんだよね。絶妙すぎるタイミングで倒れてしまったし。


 それこそキーさんも気まずいに違いない。

 私相手にあんなことになってしまったわけだから。


「……?」

 

 とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 どうしたものかと会話の一歩を踏み出せずにいれば、彼の肩に乗るコンが私を見ていることに気がついた。


『……』


 小さな鼻をひくひくさせて、私とキーさんの様子を大人しく窺っている。


 マイペースな性格とばかり思っていたコンだけど、本当はキーさんのことが心配で仕方がないのだ。もちろん契約獣だから主従として想う気持ちがあるのは分かるけれど、やっぱりその関係は特別なんだろう。


 主従というより、もう家族に近い。それこそ生涯の相棒といっても過言ではないのだから、あながち間違っていないだろう。


 ぶらりと前足をキーさんの肩に乗せるコンは、今も尻尾を左右にゆっくり振っている。


 ……なんだか、コンを見ていたら気持ちが楽になってきた。悩み過ぎたところで私には手に余るというか、そもそもここまできたら難しく考えたってしょうがない。

 

 よし、と意気込んで、笑顔を作る。


「……体調の方はどうですか?」


 私の問いかけにキーさんとコンの耳が揃って上を向いた。


「あ、あぁ。うん、もうすっかり治ったよ」

「そうですか。お部屋まで伺ったときは、何事かとびっくりしたんですが……。元気になられたのなら、本当によかった」


 思ったままの言葉を送る。

 するとキーさんは、少し困ったような表情を浮かべた。


「お嬢さんには情けないところを見せたね。ぼくが街で倒れたとき、悪目立ちしなかった?」

「……それは、大丈夫です。その、目立ってしまったのは、私が大声をあげたせいでもありますから」


 そう、私はキーさんに向かってかなり荒らげた声を出してしまったのだ。

 突然目の前で倒れそうになり、しかも手の温度だけで分かるほどの高熱を出していたキーさんに、私はつい言ってしまっていた。


 ――うるさい。

 ―― あの!! 熱があることにすら気がつかない人は!! しばらく黙っててもらえません!?


 ……さすがにうるさいは、まずかったかも。

 慌てていたとはいえ、うるさいは失礼どころの話じゃない。朝に起こったパジャマ失態と、その時のことを思い出してダブルでダメージをくらいそうになる。


「……すみません」


 居た堪れない気持ちから肩を縮めて言うと、乾いた笑いが聞こえてきた。

 前を向けば、口元に握った手を当てて口角をあげるキーさんの顔が視界に広がる。


「……あの、笑っています?」


 笑う要素があったのかと、自分の行動を振り返った。


「そんなつもりは微塵もなかったんだけどさ、あんまりお嬢さんが肩を落としているから、つい」


 そう言って再び遠慮げにキーさんは笑った。一方の私は憑き物が取れたような彼の穏やかな顔から目が逸らせないでいた。


「こんなこと言うのも変な話なんですけど。あの、キーさん……どうされたんですか?」


 らしくない、と言えるほど私はキーさんを知らない。けれどあきらかに何かが変わった。肌をチクチクと刺す警戒も感じない。病み上がりのせいでそう見えるだけなのか、それとも。


「きみには、世話になったから」


 私の考えていることが伝わったのか、キーさんは荒さの取れた冷静な眼差しを向けてくる。


「かなり勝手なことを言っているのかは分かってる。だけど、ぼくがお嬢さんにしてきたこれまでの行き過ぎた言動を、お詫びさせて欲しい」

「え……」


 一瞬、何が起こっているのか理解が追いつかなかった。

 目の前のキーさんが、流れるような動きで片膝をつき、低い体勢のまま頭を下げてきたから。


 妙にビシッと決まっているというか、その一連の動きが騎士のように様になっているとさえ感じた。


「な、なにをしているんですか!? 服が汚れてしまいますから、立ってください……!」


 いや、毎日清掃は怠っていないから服が汚れることはないけれど……いや、そうじゃなくて!


 どうしてキーさんは跪いているの。

 お詫びとかなんとか言っていたが、これが謝罪のやり方? 果たしてこれはメジャーな謝罪方法?

 地球でいうところの土下座感覚?

 だけど村にいた時はこんな謝り方している人なんて一人もいなかったし!


 わけがわからなくて、頭にいくつもの疑問が浮かんでしまう。

 

「聞いても、構いませんか」


 顔を上げる気配が一向にないキーさんに、私はそっと尋ねる。

 背の高いキーさんでも跪けば私でも簡単に見下ろせてしまう。それが落ち着かなくて、自分もその場に両膝をつき体勢を低くした。


「キーさんは、私のことを警戒していましたよね。こんな世の中ですから、警戒されても仕方がないと思う反面、どうしてそこまで? と思っていたんです」

「……それは」

「それを聞く機会が巡ってきたんだと、冒険者街で私はキーさんに、どうしてそこまで気を張らせてしまっているのかと質問しました」


 店主としてではなく、一人の人間として聞きたいと。

 街の中にいて強気に出れたからとはいえ、今振り返ればかなり大胆なことを言ったなと思う。


「けれどキーさんの顔を見て分かりました。その理由は、キーさんにとってとても言いづらいことなんだと。街で聞こうとした時も、そして今も、辛そうな顔をしていますから」


 自分では隠せていると思っていたのか、辛そうだと言ったあとのキーさんは意表をつかれたような表情をしていた。


「ですから、そのことについて深追いはしません。この先、業務に支障が出るようなら対策を考えないととは思っていましたけど。キーさんが本気で妨害しようとしてきたことなんて今までありませんでしたし」


 むしろキーさんの行動は、会った時から今まで根本的に変わらない。

 

「キーさんはずっと、コクランさんを心配しているだけなんですよね」

「っ!」


 バッと顔をあげたキーさんと、ようやく目が合った。

 前までは鋭い威圧を感じていたはずなのに今こうして見ると、美しい、ただの黄色い瞳だ。


「キーさんやコクランさんの事情を聞き出すつもりはありません。お詫びの言葉も驚きましたが……分かりました。もう、大丈夫です」

「……っ、随分とあっさりしてるね。それでお嬢さんは、本当に構わないのかい?」


 思ったよりも私の返答が軽かったのか、キーさんは理解し難い様子で眉を下げる。

 構わないも何も……謝ってはもらったが、その答えを許すか許さないの二択で決める必要もない。

 だけど、お詫びはしっかり聞き入れましたの意味を込めて、大丈夫と返したわけで。


「そんなことよりも」

「そんなこと」


 空気が緩んできて口を滑らせた私の失言を、キーさんがすくい上げる。


「失礼しました。謝罪に対してそんなことと言っているのではなくてですね。お聞きしたかったのは……どうして急にそうおっしゃってくれたのかなということで」


 そう、それが聞きたかった! ようやく言えた!

 やっぱり雰囲気が変わりすぎっていうか、しつこいようだけど私に対する威圧感が無さすぎだから。調子が狂うといいますか。


「……なんて言えばいいかな」


 キーさんはどう話せばいいのか迷っているようだ。

 考え込むように目を伏せ、少しだけ横を向く。


 そういえば街で隣を歩いていたとき、キーさんは道行く女性の視線を相当集めていた。

こうして改めて観察してみれば、どの角度から見ても恐ろしく整っている。

 容姿に関しては白狐の亜人の特徴の一つとも言えるけど、これだけ綺麗な顔をしているんだから、街で目立つのもうなずける。


 真正面にキーさんの顔を見る機会は少なかったし、こんな感じで話せるのも不思議だな。


「あの時から」


 と、私が感慨深い気持ちになっていれば、考えていたキーさんが口を開いた。



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