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75. 妖精のイタズラ



 主さんから、夏の妖精はイタズラ好きと聞いてはいた。

 けれど基本妖精という存在は、自ら人間に近づこうとはしない。


『穢れない小さきもの』といわれる妖精は、近づく者を自分たちで選ぶからだ。

 遠目に光を確認することは可能でも、それ以上は難しい。無闇に距離を詰めようものならすぐに飛んでいってしまう。


 私が故郷で見かけていた冬の妖精たちは、毎年変わりない顔ぶれだったから慣れていただけである。そのほかにも理由を挙げるなら、森の動物たちや主さんと仲良くさせてもらっていたからだろう。


 だから……私が寝ている最中に現れ、ましてや向こうから髪に触れてくるなんて、かなり珍しいことだった。

 妖精にイタズラされたなんて初めてだし、どうしてされたのかもわからない。

 そんな私の髪を見たキーさんは、驚きつつも自分が知っている範囲で妖精のことを教えてくれた。


「毛先が浮いてしまうのは、妖精が自分たちの光粉をお嬢さんに擦り付けたからじゃないかな」

「光粉……」


 妖精の羽からキラキラこぼれ落ちているあの粒子のことだ。

 地面に落ちる前に消えてしまう、私が魔女術を扱うときに出る月の魔力の残りのようなものだと思っていたんだけど。


 そういえば故郷の村にいたころ師匠から、妖精の羽ばたきで出る光の粉は、集めておいて損は無いって言われたような。

 その時はとくに使い道もなかったし、集めるならまた今度でいいかと後回しにしていた気がする。

 

「……ああ、やっぱり。お嬢さんの髪、光粉がついてる」


 キーさんは目を細め、私の髪をじっくり観察した。

 半歩距離を縮められたことに、色んな意味で心の動揺を隠せない。

 しかも格好が寝衣……要するにパジャマって最悪だ。


「髪に付いている限り毛先が浮いてくるだろうね。光粉は水に濡らして落とすか、回収するなら目の細かい櫛に油を染み込ませて――」

「キーさん」

「ん?」

「お話の途中ではあるんですが……先に、身なりを整えてきても構いませんか……?」


 若干震えてしまった頼りない声に、顔から火が出そうだった。


 せっかくキーさんが普通に私と話してくれている。それを中断するのは忍びない。けれど、やっぱりこの格好はアウトだ。

 業務時のあの服装は、言ってしまえば私の戦闘服である。

 そう、武装であり鎧。それが脱げた状態でお客様であるキーさんと対峙するのは、落ち着かなくてしょうがない。

 いつも通りに振る舞おうとしているのに、ボロが出そうになる。


「――あぁ。そうか、そうだね」


 なんとも心ここに在らずな返答だった。

気になってちらりと様子を窺えば、キーさんは拍子抜けた眼差しをこちらに向けている。

 その顔は一体どういう意味なのだろう。

 わからないけれど私は一刻も早くこの場から消えたい。


「すみませんが、失礼させていただきます。すぐに戻りますので、ラウンジでお待ちください!」


 キーさんとコンに背を向け、私は旧館の部屋へ戻るべく歩みを早める。本当は今にでも全力疾走したいところだけど、何とか抑え込む。

 ほぼ捨て台詞となっていたキーさんへの対応に「あああ……」と頭をやきもきさせつつ、部屋に入った私は生まれてから一、二を争うであろう早着替えをしてみせた。



「それにしても、妖精のイタズラか。おそらく夏の妖精で間違いなかろうが……どうやらルナン、お前は気に入られたようじゃな」


 一緒に部屋に戻った師匠が、未だに浮いた私の毛先を愉快そうに見つめた。

 私は鏡の前に立って、髪をひとまとめに束ねてみる。

 何もしないよりはマシになったけれど、束ねたら束ねたで、タコ足のように四方八方に毛先は広がっていた。


「気に入られたって言われても。イタズラされたんだから、ただからかわれただけじゃないのかな」


 イタズラ好きとはいっても、むしろ私が気に入らなくてイタズラしていた場合はどうなんだろう。

 ……それだともう、嫌われてるけど。


「それはなかろう。妖精は好んだ者の前に姿を見せる。気に入らない者ならば、そもそも相手になどしないはずだ」

「そういうものなんだ……。でも、どうしてこんなことしたんだろう」

「さあ、それはイタズラした者どもに聞くしかあるまい。髪についた光粉の魔力を辿れば見つけ出せないこともないが……今は、あの小僧が待っておるのだろう?」


 師匠の言う通り、おそらくキーさんはラウンジで私を待っているだろう。

 妖精のイタズラのほかに、私に言いたいことがありそうな素振りをしていたから。


「そうだね。これ以上待たせるのも悪いし。とりあえずこの髪の毛は――」

「ならば、光粉だけをこの瓶に入れてみせろ。今のお前ならばできる」

「え、今!? 普通なら、水に濡らしたり、油を染み込ませた櫛で取ったりするんじゃ――」

「魔女術が扱えるというのに、そんな手間をかけてどうする。物を浮かす術の応用じゃ。妖精の光粉の魔力や気配のみを感じ取り、浮かす対象にすればいい。ほれ、やってみろ」


 顎をしゃくる師匠。私は半ば強引に魔女術の構えをとった。

 両手の指の腹を合わせ、目を閉じる。

 光粉の魔力だけを察知して……って、これ、結構難しいじゃない。

 こんな感じでいいのかな。


「その調子だ」


 どうやらあっているらしい。

 光粉だけ、光粉だけ……それを意識して、ふっと目を開けた。


「あっ、できた……?」


 鏡に映るのは、魔女術の基本姿勢をする自分の姿。

 そして体の周辺には、光り輝く粒子が舞うように浮いていた。


「あとは瓶に移動させるだけじゃな。気を抜くと粉が落ちて消えるぞ」

「うん、わかった」


 光粉を慎重に瓶の中に移動させ、蓋を閉める。

 髪を水で濡らしたり、櫛で梳かすよりも簡単に集めることができた。しかも時間が数分とかからない。


「多少の取りこぼしはあったが、初めてにしてはいい出来だ。今の感覚を覚えておくんだぞ。他にも使えるからなぁ」


 自分が狙った対象だけを浮かすのは、確かに普通の物を浮かす術とほぼ似ている。

 今回は妖精の光粉という、魔力が含まれた極小物だったから手間取ってしまったけど。


「通常の浮かしと決定的な違いは、対象を目視で動かすのではなく、対象の魔力や気配を感じ取ることで動かすことじゃが……まあ、これも覚えていて損はないぞ」


 唐突に始まった師匠の魔女術講座は、あっという間に終わった。

 師匠の言ったとおり跳ねる髪を苦戦しながら集めて束ねるよりも、格段に早く済んだ。


「ほれ、白狐の小僧のところへ行ってこい。あやつ、随分と気の乱れが緩やかになっておったからな。今ならば話しやすいじゃろ」

「あ、やっぱりキーさんの様子変わったよね? なんというか……威圧感が前よりなくなったというか。どうしたんだろう」


 よくよく考えてみれば少し引っかかる。だってあのキーさんが……まさか、まだ本調子じゃないとか。

 いや、さっき見たときは元気そうだったし。顔色も良かったと思うけど。


「そう警戒してやるな。今朝の妖精の仕業も、あの小僧が考えを改める要因のひとつになっていたんだろう」

「妖精のイタズラが?」

「ああ。亜獣人は妖精に好かれやすい。そして亜獣人たちも妖精の気配を身近に感じられるようになっておる。故に亜獣人は人間よりも妖精を理解しているはずだ。穢れない小さきものと呼ばれる種族が、穢れた心を持つ者に近寄らないということも」

「つまり……害はないって思ってくれたってこと?」

「端的に言うならば、そうじゃなぁ。──まあ、理由は他にもあるようだが」


 師匠は含みのあるつぶやきをした。


「え……他の理由って?」

「さあな。小僧が待っておるのだから、あやつに聞けばよかろう。……まあ、なんだ」


 師匠は何かを思い出したように、くつくつと笑いだした。


「ルナンが寝巻きを着たまま慌てふためく姿は、あの白狐の小僧も目の前で見ていただろうからな。その様子があまりにも間抜けすぎて、小僧の中の疑念が消し飛んだのかもしれないぞ」

「……」


 そんなわけあるかと、私は心の中で師匠に反論する。

 けれど口に出して言うことはなかった。今になってまた行き場のない羞恥がじわじわと込み上げてきたからである。


 ……キーさん、さっきのこと丸ごとスッキリ忘れてくれないかな。



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