73. あそびにきたよ
売店にある程度の品物を配置し、見栄えが良くなるように小物やドライフラワーなどで飾り付けを施した。
個数や期限を記したリストは、受付カウンター内の台に置く。ここならば取りやすいし、すぐに確認ができる。
「とりあえずは完成! 二人ともありがとう、手伝ってくれて」
「えへへ、楽しかった」
「それに思ったより売り場って感じだね」
達成感に浸りながら出来たばかりの売店を眺める。
追加で上段には、塗るタイプの薬もいくつか置くことにした。
こちらは魔術薬よりもかなり値段が安い。冒険者や旅人以外の、レリーレイクに暮らす住民たちからの需要が高いものだ。
魔術薬を使うほどでもないが、怪我などに使いたいときなどに、塗るタイプの薬は使われていた。
全体的にとても良い出来ではないだろうかと自画自賛する。
ああ……この世界にネットワークがあるならば、写真を撮って載せるのに。目の前にある景色を切り取ることができないのは、少し残念。
「お前たち、客だぞ」
売店作りも一段落したところで、食堂のテラスで寝そべっていた師匠がのろのろとした動きで現れた。
「えっ、客?」
私は素早く入り口に目を向けた。カノくんとシュカちゃんも、ぱっとそちらを見る。
だけど、一向にお客様が扉を開けて入ってくる気配はない。
こちらから扉を開けて外を確認してみても、誰もいなかった。
「違う違う。あっちだ」
師匠は笑いながら、自分が来た方向に尻尾の先を動かす。
示した方向は、食堂だった。
たしかにさっきまで師匠が寝転がっていた場所だけど、お客って誰のこと?
不思議に思いながらも、カノくんとシュカちゃんと共に食堂に入る。
きょろきょろと周囲を見回して、ふとテラスに目を向けると──
「あ……!」
私は小さく声をあげ、急いでテラスの窓を開けた。
*꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙
「きゅい!」
テラスにいたのは、バードックスの赤子、ジュニアちゃんだった。
パタパタと丸みのある翼を一生懸命に羽ばたかせ、空中に浮いている。
「ジュニア! え、飛べるようになったの!?」
「きゅい!」
カノくんが驚き混じりに問いかける。
ジュニアちゃんの弾んだ鳴き声は「そうだよ!」
と言っていた。
何となくこう言ってるんだろうなというのは、感覚でわかった。
「ジュニちゃんすごいっ。ちゃんと飛べてる!」
「きゅいきゅい!」
不規則な動きをしながら、ジュニアちゃんは拍手をするシュカちゃんにも鳴き声をあげる。
今の意味は「すごいでしょ!」とかだと思う。
バードックスの件ですっかり仲良くなったカノくんとジュニアちゃん。そしてシュカちゃんにも、ジュニアちゃんは懐いていた。
たまにカノくんとシュカちゃんが森の中の住処まで遊びに行っているけれど、ペンションの方までジュニアちゃんが姿を見せに来たのは今日が初めてである。
「だけど、よくここまでひとりで来られたね。お父さんとお母さんは知ってるの?」
「きゅい! きゅう? きゅきゅきゅ」
私に鳴き声で伝えようとしていたジュニアちゃんだが、浮くことと声を出すことの両方をずっと続けるのは難しかったようだ。
宙に持ち上がっていた体は、ひゅるひゅると落下していく。……私目掛けて。
「わっ……ととっ! びっくりしたぁ」
私は間一髪のところで、ジュニアちゃんを受け止めた。
産まれたばかりの頃は小型化グランとそう変わりなかった体の大きさも、成長して二倍くらい大きくなっている。
「ジュニアちゃん、大丈夫?」
「きゅいっ」
私の腕に収まったジュニアちゃんは、顔をあげて「ありがとう!」と鳴いた。この角度だと、ふりふりと左右に振られる尻尾が少しだけ見える。
「〜〜!」
私は堪らず出そうになった声を、寸前で吸い込んだ。
……こ、このアングルからのジュニアちゃん。可愛すぎるんだけど。ど、ど、どうしよう。
しかも相変わらず体は赤ちゃんの毛に覆われていて、まるで綿菓子のような柔らかさ。癒される。
動悸が治まらないでいると、隣にいたカノくんから呆れ半分の視線を向けられた。
「……ルナンてば、顔がゆるっゆるだよ」
「うん、知ってる」
ジュニアちゃんを床に下ろし、ある意味溶けきっていた頬を両手で引き締める。
「きゅい」
ジュニアちゃんは、テラスから確認できる木々と茂みに向かって鳴き声をあげた。
じっと目を凝らす。
木陰の下には、ジュニアちゃんと同じ毛色をした母バードックスの姿があった。
『魔女様。それに、カノ、シュカ。こんにちは』
優しげな声が頭に響く。
どうやら母バードックスは、茂みの中からジュニアちゃんを見守っていたようだ。
私はテラスを降りて、母バードックスのもとに近づいた。
「こんにちは。ジュニアちゃん、飛べるようになったんですね」
『はい。まだ長い距離は難しいですが、初めの頃より上達しました。ふふ、ジュニアったら。自分の飛ぶ姿を、どうしても見せたかったみたいで』
母バードックスは目元を和ませ、微笑ましそうに笑い声をこぼす。
それにしても『魔女様』呼びは健在なんだなぁ。名前でいいって前にも言ってはいたんだけど、恐れ多いと断られてしまった。
私としては、むしろ様呼びされるほうが恐れ多いんですけどね。
そのうち慣れてくれるかなと期待しつつ、会話を続けた。
「旦那さんは住処で待ってるんですか?」
どちらかといえば、あのお父さんのほうがジュニアちゃんに過保護なのに。
一緒にはついて来なかったようだ。
『それが……最近暑いので、あまり動きたくないみたいで。軟弱なんです』
バードックスに軟弱という言葉は全く似合わないんだけど、暑さにやられてしまうのは、どの生き物も同じらしい。
それにバードックスの住処がある森の奥ならば、大樹から流れる魔力のおかげでここよりは格段に涼しいはず。
父バードックスが住処にこもりたくなる気持ちもわかる。
『そういえば……さっき妖精を見かけたんです。あの装いは……たぶん夏だったかしら』
「夏の妖精ですか。もうこの島に来ているんですね」
昨日の今日でタイミングがいい。
妖精による夏を迎え入れる踊りは、毎年バザール期間中と被っておこなわれているらしい。
今はまだ島に来たばかりなので、場所決めをしているのではないかと母バードックスは言っていた。
『ただ……わたしの見間違いかもしれないんですけど』
「……? なにか気になることが?」
『夏の妖精の装いが、二種類あった気がして。やっぱり気のせいかしら。わたしも夏の妖精を見るのは久しぶりだから』
「そういえば、故郷は寒冷地にあるんですよね」
『ええ、そうなんです。わたしも慣れていないから、この暑さにやられたようです』
母バードックスもそこまで詳しく覚えているわけではなく、曖昧な記憶だったため妖精の装いについての話はすぐに終わった。
それから母バードックスは、それほど気に留める様子もなく別の話題を広げる。
その内容が、ジュニアちゃんが早くも父バードックスの過保護具合を鬱陶しく思っているらしいというもので、私の意識は完全にそちらを向いていた。
その日は売店作りと、ジュニアちゃんが遊びに来てくれたこと以外、通常通りの一日だった。
コクランさんは昼過ぎ頃に中庭に顔を出し、水場でグランを遊ばせていたし。
夕食時になれば、ポンタさんがお腹を鳴らしてやって来た。部屋で書いていた絵が完成するのは、あと数日かかるらしい。
コクランさんから聞いたキーさんの具合も、もう心配はいらないと言っていた。
たまにコクランさんが空の水差しを持って補充を頼みに来たので、水分はしっかり摂ってくれているのだろう。
昨日に引き続き、早く業務を終えることができた。
私は枕に体を預けながら、読みかけの書物に目を通していく。
ページを半分ほど捲ったあたりまでは覚えている。しかし眠気に包まれ始めた瞼は、いつの間にか上下がぴったりとくっついてしまっていた。




