72. 売店
売店といっても、棚に商品を並べるだけの簡単な売り場だった。
受付カウンターの近くに商品棚を置いた小規模なものである。
商品置き場になりそうな棚は、あらかじめ旧館でちょうど良いものを見つけていた。
「一から売店用の棚を作ってもよかったんだけど、時間もかかるからね。今回は元からあったもので飾り付けしよっか」
「というか……ルナンが棚とか作れることにびっくりなんだけど。職人でもないのに」
「複雑な組み立てとかじゃなかったら作れるけど……え、そんなに意外?」
「うん、意外すぎる」
カノくんが力強くうなずくので、私は軽く笑い声をあげた。
職人さんとはほど遠いけれど、村でも手作業でちょっとした修繕はしていた。
けれど一番影響を受けていたのは、前世の祖父が趣味でしていた日曜大工だと思う。
私もよく手伝っていたし、ペンションの中には祖父の手作り家具と、祖母の手作り雑貨で溢れていた。
自分も憧れて色々なものに手を出していたっけ。
棚を作るだけなら、傀儡の術で大工道具にお願いすることもできたけど……まあ、ある物も活用しないともったいないよね。
「よし! 早く館内の掃除を済ませて、売店を作ろうっと」
「ならオレも手伝う。どういうのか気になるし」
こうして午前中の空き時間は、売店作りをすることになった。
*꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙
空き時間になり、さっそく旧館からロビーへ棚を運んでくる。
「うん。この辺りで大丈夫そうだね」
受付カウンターから目が届く範囲で、邪魔にならない場所に棚を設置した。
棚板は三段で、背板が無い作りになっている。背板がない分、反対側に回って商品を見ることも可能。ちょっと縦長で、高さはだいたい私の肩下ぐらい。
お試しで設置するので、商品棚としては結構スペースが小さめだ。
「ルナンさん、はい雑巾!」
「あ、シュカちゃん。ありがとう」
シュカちゃんから水で湿らせた布巾を受け取り、棚を隅々まで拭く。
埃は旧館でも払ったが、品物を置くからには清潔にしないといけない。
水拭きのあとは、軽く乾拭きをしていく。
……これぐらいでいいかな。
棚が綺麗になったところで、用意していた品々を手に取った。
「一番下の段に置くのは、空の袋、手拭いに……旅途中でよく使う消耗品がいいかな。あとは……毛布と、雨用の外套とか、ランプに使う油も必要だね」
亜獣人は夜目がきく種族が沢山いるけれど、普通の人間はそうもいかない。
宿を見つけられず夜道を歩いたりする場合もきっとあるはずだ。その際にランプはかなり役立つ。
「真ん中の段が、食糧系。干し肉、燻製肉。小さい陶器に詰めた香料と、瓶詰めにしてジャムとか」
左側には、品質の劣化が比較的にゆるやかな品で固める。
開封済みだとまた変わってきてしまうので、目に付くところに注意書きも添えておいた。
「こっち側はどうするの?」
カノくんは、空いたスペースを指さした。
「真ん中の段の右側は、日によって変動したり、期限が短い物を置こうかなって考えてる」
前世は個人農家さんと契約して置いていたけれど、ここではほとんど自家栽培の物を並べることになる。
菜園で収穫した食材とか、森で採れる木の実とか。傷みやすいから管理をしっかりしないといけない。
中段の配置も終えて、残りは上段だけになった。
「ルナンさん、ここはー?」
シュカちゃんが見上げて言った。
「うーん、ここはね。乾燥させた薬草とか、置こうと思って……薬草とか……」
急に歯切れが悪くなった私に、ふたりは首をかしげた。
「元々は魔術薬とか、薬系を置こうと思ってたんだよね。そのためにカウンターに試供品のキャンディを用意して、効果はありますよっていうのを伝えようとしてたんだけど」
私は「うーん」と考える。
というのも私の中で、昨日スフレを食べながらカノくんと話した内容が引っかかっていたからだ。
私が作る魔術薬……もとい魔女薬は、月の魔力の効力や正しい調合方法で作っていることもあってかなり効く。
だからこそ露店の他にもペンション内で、冒険者や旅をする宿泊客を対象に売り場を作ろうと思ったのが、そもそもの考えだった。
だけど『効きすぎる魔術薬』は、時に問題を引き起こしかねない。
カノくんにそう指摘され、私は自分の『魔女』に対する意識の甘さを痛感した。
師匠にもペンションをやりたいのなら、その辺のことを注意するようにって言われていたのに。
「露店で売るにも限りがあるし、今後余らせるならここで少しでも売れたらいいかなーって軽く思ってたんだけどね。面倒ごとに繋がる可能性があるなら、今までどおり冒険者街で販売すればいい気もしてきて」
曖昧な言葉を返すと、カノくんは「そっか……」とつぶやいて考え込み始める。
「ルナンの言うとおりお客さんが多い日は、露店を開くのも難しいよね。でも、物があるのに余らせるのも勿体ないし、作り損にもなる。……まあ、ルナンの練習にはなってるんだろうけど」
「そうだね」
練習はいいんだけど、消費しなければ増える一方なんだよね。
かといって調合頻度を少なくすると、腕がなまってしまう。
「……露店とおなじで、ルナンさんが作ったことにしないのはだめなの?」
私たちの会話を聞いていたシュカちゃんが、疑問を口にした。
「前ね、娼館のおねえさんもいってたよ。お外に出るときはべつじん? になって歩くんだって!」
「別人?」
「ああ、それね。たしかに言ってた。指名が多い娼館の女の人は、美人だし北街区では顔が知られてる場合もあるから。休みの日で外を歩くときは、化粧で顔の雰囲気を変えて偽名を使うことも多いんだよ。オレもたまに外を歩く用の身支度を手伝ってた」
「へえ〜そんな感じなんだ」
露店のときは、とりあえず仕入れ先が別にあるで話を通していたけど。
つまり、いっそ架空の人物を作り上げて、その人が作ったことにすれば私自身には意識が向かないってことかな?
「そっか……偽名かぁ」
売店に魔術薬を置くなら、それでもいいかも。
「……ルナンって嘘つくことに抵抗あるの?」
私の反応を見て、渋っていると勘違いしたカノくんは、ふとそんなことを口にした。
「え? いや、まあ……つかないでいいなら、それに越したことはないけど」
とはいえ、今でもかなり誤魔化してる気がするけどね。だけど自分が魔女である以上、それは仕方がないと割り切っている。そうしないと気がもたないし。
「あのさ、ルナン。娼館で下働きしてたころ、娼婦の姐さんが言ってたんだ。騙すことと嘘をつくことは別だって」
「騙すことと、嘘つくこと?」
「うん。騙すことは悪意が含まれてる。でも嘘は相手のことを思ったり、自分の身を守るための防衛手段でもあるって」
「たしかに……」
「それにルナンは、相手を陥れようとしているわけじゃないじゃん。むしろ効果のある魔術薬をこの宿に来てくれたお客さんが手に入るように考えてるんだから。そのために取り繕う嘘って、たぶんついていい嘘だよ」
ついていい嘘。その言葉に、なんだか胸がすっとした気がした。
「……って、これじゃオレが魔術薬を置くことを勧めてる感じになってるけど。そういうわけじゃないからね! 昨日言ったとおり、魔術薬の扱いは慎重にっていうのは、変わらないからっ」
「うん、分かった。カノくん、ありがとう」
「別にお礼を言われることじゃ……。ただ売り場ひとつで深刻に考え過ぎるのも、息が詰まるってだけ」
カノくんは照れ屋というか、たまにちょっとツンツンしていて可愛い。
だけど本人に可愛いというのは、あまり嬉しくないらしいので心の内に留めておこう。
「なら、とりあえず……冒険者街でも入手が簡単な魔術薬だけ何本か置いてみようかな。見やすい文字で"仕入れ商品"って書いておけば、仕入れた物なんだなって思うよね」
「うん。それなら怪しまれることもあまりないと思うけど」
「よかったー。あ、そうだ。魔物避けの御守りも飾っておこうかな。これも意外と効果あるんだよ」
実は準備していた御守りを、手のひらに乗せて二人に見せる。
「わあ、その御守りかわいい!」
「ね、可愛いよね。真ん中に月の模様があるんだよ」
「月! ルナンさんの模様だね!」
「へへへ、実は狙ってこの模様にしたんです」
「まあ、御守りは街でも手作りの物が溢れかえってるし。平気だと思うけど」
カノくんはそう言った後に「ルナンが作った御守りだから、効き目が凄そう……」と、小さく呟いた。




