71. 試しに作ってみよう
翌朝。
予定通りコクランさんとグランの朝食は、ホットケーキである。
サイドメニューは、サラダとスープだ。
昨日言っていたとおり貰った果物をちょうど良いサイズに切り分け、豪華に盛り付け提供をする。
グランはもちろんのことコクランさんも嬉しそうに耳を広げていた。
時間が空いてポンタさんも食堂にやって来る。彼はコクランさんの皿を不思議そうに見ていた。
事前に希望があればコクランさんのように変更することもある程度は可能だと伝えれば、自分も今度ホットケーキを食べてみたいと興味津々にしていた。
意外とホットケーキは亜獣人や動物に、幅広く人気らしい。
「コクランさん、今日はどの辺を探索するんスか?」
「いや……今日は一日部屋にいるつもりだ」
「そうなんスか〜。実はおいらもっス。最近急に気温が高くなってきて、外に出るのが億劫で……」
「そうだな。俺もあまり得意ではないから、慣れるまで時間がかかりそうだ」
「そうそう。あ、でも。もう少し日が経てば湿気が減って過ごしやすくなるらしいっス。それまでの辛抱っスね〜」
コクランさんとポンタさんの世間話が耳に届いたのは、朝食も終わりに差し掛かったときである。今日は二人とも部屋で過ごすようだ。
「ふぃ〜、ごちそうさまでした。そいじゃあルナンさん、おいらは部屋に戻るっス」
「はい。かしこまりました」
ポンタさんは部屋の中で作業をするとかで、朝食を摂り終えると部屋に引き返していった。
作業というのも、ポンタさんは画家なのだ。
各地を回っていろんな景色や風景を描いては、次の旅先で売っている。
私も以前見せてもらったことがあるけれど、温かな優しい色づかいで、なんだかポンタさんの性格を表したような絵柄だった。
コクランさんは、おそらくキーさんの身を案じているのだろう。遠出する気はないらしい。
――となると、今日は滞在中の皆さん全員がペンション内にいることになる。キーさんは具合が悪いし、ポンタさんも絵に集中していると思うから、騒々しくしないように気をつけないと。
それぞれの予定をおおまかに把握していると、グランが近くに寄ってきた。
『ねールナン。頭なでてほしい』
唐突なリクエストに顔がゆるむ。私は反射的にその場にしゃがみ込んだ。
「どうしたのグラン。撫でて欲しいの?」
いつも通りすっとぼけた返答。言葉を抜きにしても、こんなにキュートなライオンが好意的な目を向けているのだ。撫でないわけがない。
よしよし。……はああ、ふわっふわ。
「今日も良い毛並みだねー」
『コクランが毎日ブラシでやってくれるから』
えっへん、とグランは胸を張る。夏用に軽くなりはじめた鬣が、空気を含んで柔らかそうに揺れた。
そういえばグランやコンには、換毛期はないのかな。
換毛期があるならば、もうとっくに抜ける時期に入っていると思うんだけど。
……と、疑問を感じていれば、グランを撫でていた自分の手のひらに毛が付着しているのを発見した。
『そこそこ。痒かった』
「な、グランっ」
満足したグラン。それを見たコクランさんは、慌ててこちらに向かってきた。
「すまない。まだ冬毛が抜けきっていないんだ。他と比べればグランの換毛は激しくないんだが……」
あ、やっぱり換毛期なんだ。
「謝らないでください。季節の移り変わりですから、生え変わるのは当たり前ですよ」
それにしても、手触りに多少の違いがあるけれど、冬毛も夏毛もグランはもっふもふなんだなぁ。
通常のライオンの毛って、もっと硬いイメージがあるけど、グランは本当に触り心地が良い。
契約獣の抜け毛の問題は、他の宿屋でも多くあるみたいだけど、毎日掃除を怠らなければ目立ちにくいよね。
毛の塊が落ちているところも一切見かけないし。
「早く綺麗に生え変わって、過ごしやすくなるといいですね。冬毛のままじゃ、グランも暑いでしょうから」
「……ああ、そうだな」
コクランさんは、同意するようにうなずいた。暑いといえば、コクランさんのローブもかなり熱気がこもりそうだな。
色も黒いから、余計に熱を吸収してしまいそう。せめてペンションの中にいるときだけでも、涼しくできればいいんだけど。
「ルナン。こっちの片付けはだいたい終わったよ」
洗い物を済ませたカノくんが、厨房から顔を出した。
「……ここにいると、時間が過ぎるのが早いな。俺もそろそろ部屋に戻るよ」
「あ、はい。なにか御用がありましたら、いつでもお声かけください」
私は軽く会釈をして、カノくんと一緒にコクランさんとグランを見送った。
てってって……と可愛らしい足音を引き連れ、コクランさんの後ろをグランが歩く。お尻がかわいい。
「店主」
ふと、コクランさんは思い出したように入口付近で振り返る。
「はい、どうかしましたか?」
「キーが、飴の礼を言っていた」
「わ、本当ですか?」
「ああ。おかげで、少し体が軽くなったと」
気休め程度かもしれないけど、それなら良かった。
あのキーさんが、私からの食べ物を口に入れてくれるなんて……よっぽど体力的に参っていたんだろうな。
とはいえ効果が聞けたことは、素直に嬉しかった。キーさんとはあまり話もできないままごたついてしまったけれど、早く体調が戻るといいな。
「――飴って、あれのこと?」
コクランさんとグランが食堂からいなくなると、カノくんがそう尋ねてきた。
「そうそう、あのキャンディ。カウンターに置こうって言ってたやつ」
「そもそも、わざわざタダで置く必要あるのかな。確かに一粒は本当に小さいけど、あれも魔女薬の欠片みたいなものなんでしょ? 効果もあるんだし、普通に露店で売ればいいのに」
「うーん、なんていうか……確証のない物をすぐに買おうとする人って、かなり少ないでしょ? 魔術薬だって安い買い物じゃないわけだし、タダで試せるなら試したい……って、思ってる人も多いと思うんだよね。あのキャンディは、そのための試供品」
前世のペンションの受付にあって、この月の宿の受付にはないもの。
「売り場をね、作ろうと思って。冒険者街で露店をするのもいいけど、せっかく建物の中にスペースがあるんだし、使わないともったいないから」
そう。地球では、観光客をターゲットにして置いていた雑貨品や食品の数々。
それを今度は冒険者や旅人向けに変えて、売店を作ってみようと考えていた。




