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69. 鈴の音



 グラスが空っぽになり、主さんも再び森の見回りへと戻っていった。


「あやつ……最後までわしを黒ニャンと呼びおって」


 最後の最後まで不満を漏らしていた師匠。残念ながら主さんの性格上、これからも師匠は黒ニャンと呼ばれ続けることになりそうだ。


 書物はあまり読み進められなかったけれど、夏の妖精の情報を知ることができたのはよかった。

 バザールに加えて、夏の妖精……初めてなことが満載になりそうな季節に心が弾む。


 妖精には個体差があるけれど、季節を司る妖精は人と同じような見た目をしていることが多い。

 全長は十五センチくらいで、透明に輝く羽が背中から生えている。

 冬の精霊はなんというか……本当に雪の精みたいな真っ白な姿をしているんだけど、夏の妖精はどうなんだろう?


「師匠は夏の妖精も見たことあるんだよね?」

「あぁ、そうだなぁ」


 もう私が笑ったことを気にしていないのか、師匠はさらりと答えた。


「そうなんだ。どこで見たの?」


 その流れのまま、物は試しと尋ねてみる。

 あまり期待はしていなかった。師匠は断じて自分のことを話そうとはしないから。

 大抵は「さあな」とか、「どこじゃったか」と濁されることが多い。

 だから私も無理に探りを入れようとはしなかった。ただ、この時だけは何となく聞いてみようという気になっただけで。


「知りたいか?」

「えっ」


 予想外の返答に、空気が抜けるような声が出る。ふっと目を細める師匠は、私の顔をじっと見据えていた。


「ふ、なんだ、その間抜けた面は」


 そんなに私の顔が面白かったのか、師匠はからからと笑いだす。

 一瞬だけ、雰囲気が変わったような気がしたんだけど、その笑いっぷりを前に拍子抜けしてしまった。


「だ、だって。今まで知りたいかなんて言われたことなかったから。びっくりして……」

「まあ、なんだ。ただ……気が向いたのかもしれんなぁ」


 師匠は月を見上げ眼をすぼめた。どこか懐かしむ横顔は、何かを思い出しているのだろうか。少しだけ、師匠が遠くに感じる。


「夏の妖精を最後に見たのは、もう何百年と前の話だ。たしか……竜の国だったか。その頃は、あやつらも地上で暮らしておったからな」


 竜の国。それは竜人が住まう国。おそらくユウハさんの故郷でもあるその国は、現在……この世界の地図上には存在していない。

 地上にないというのは、国自体が無いのではなくて、地図に示しても意味がないのである。

 竜の国は、別名『浮動の大地』と呼ばれているから。


 何百年も前のこと……それはつまり、他の魔女の使い魔だったときのことだろう。師匠の口からはっきりと聞けたわけではないけれど、私はそうなんだろうと曖昧に結論付けた。


「そっか」


 師匠と同じく、私も空を見上げる。

 自分から聞いたくせに、それ以上のことを尋ねる気にはなれなかった。

 それは師匠の姿が、私の目にはいつもと違って寂しげに映ったからなのかもしれない。


「――ルナン」


 師匠が何か言いかけると同時に、私が身につけている手首の鈴が涼やかに鳴った。

 思わず付けられた手首を凝視する。

 この鈴は、自分で揺らしたぐらいでは音を出さない。もう一方の私の魔力が込められた呼び鈴と連動するようになっていた。


 今の魔力の共鳴は、受付カウンターの鈴とは違う。そう、この感じは……キーさんの部屋に置いた呼び鈴だ。


「師匠」

「ああ、行ってこい」


 正直キーさんが呼び鈴を使ったことに驚いたけれど、呼ばれたからにはすぐ部屋に向かわないと。もしもの場合もあるわけだし。


 師匠は先に部屋に戻ると言って、本館の屋根を伝い旧館の方へ姿を消す。

 私も急いで箒に跨ると、一度地上へ降り立った。



 *꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙‬



 キーさんの部屋がある二階までたどり着く。


「……」


 木のプレートで彫られた「207」の数字を確認し、控えめにノックをする。


「夜遅くに失礼します。店主のルナンです。呼び鈴が反応したようなのでお伺いしましたが、お呼びでしょうか?」


 言葉をかけるけれど、扉の奥から返答はない。

 もう一度、ノックと共に声をかけるが、またしても中からの反応はない。


 ……え? どうしよう?


 何かの間違いで呼び鈴が鳴ってしまったのなら仕方がない。

 ここで問題なのは、呼び鈴を鳴らしたはいいけど、途中で意識が無くなってしまった場合である。もしもキーさんの体調に悪い方向で変化があったのだとしたら、呑気に扉の前で突っ立っているわけにはいかなかった。


『ルナンっ、ルナン〜〜!』


 万が一の可能性に判断を急いでいた時、中からコンの声が聞こえてきた。

 カリカリ、カリカリと、扉を引っ掻く音がする。

 扉を挟んだその先にコンがいるようだ。


「コン……? そこにいるの?」


 しゃがみ込んで、扉に唇を寄せ声をひそめる。


『キーちゃんが〜〜!』

「……! キーさん、すみませんが失礼します!」


 あたふたした様子のコンに、私は立ち上がり予備の鍵を取り出し解錠する。そして素早くドアノブを回した。


『ルナン〜!』


 扉を開けた途端、視界に突然黒い物体が映り込んでくる。

 声を上げそうになるのを抑えて、私の胸に飛び込んできた物体を確認した。


「コン……!」


 黒い物体の正体はコンだった。

 私が部屋に入った瞬間、飛びついてきたのだろう。

 心細そうに小さく「キュンキュン」と鳴き声をあげ私の首元に擦り寄ってくるコンの姿に、胸が痛む。


『どうしようルナン〜! キーちゃんが落っこちた〜』


 え、落っこちた? もしかして……ベッドから?


『コンのごはん取ろうとしたら、落っこちた〜〜! あのキーちゃんが落ちた〜〜』


 よほど驚いているのか、私の腕の中で落ち着きなく動くコン。


「……。キーさん、中に入りますね」


 私はコンの体をしっかりと抱えて、部屋の奥へと進んだ。



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