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68. 月の光とレモネード



 カラン、とグラスの氷が涼しげな音を奏でる。


 本館の屋根。安定した場所に布を敷き、その上に数冊の書物と、氷入りレモネードが入ったグラスを置く。


 グラスのふちに口をつけ、ゴクリと飲み込む。上唇に、一緒に添えていた輪切りレモンが当たった。


「んー! うわ、美味しいっ」


 レモンと砂糖、蜂蜜で作った自家製レモンシロップを、水で割った簡単なレモネード。

 仕事終わりの一杯ということもあって、より美味しく感じられた。


 なんだったら炭酸水で割って飲みたいけど、炭酸水ってどこで仕入れたらいいのかな。そもそもこの世界にあるのかどうか……。

 見慣れた食材も沢山あるし、人工的な方は分からないけど、天然炭酸水だったら、いける?


「ねえ、師匠。こう、口の中がしゅわしゅわする水って魔術で作れるの?」

「なんだその、しゅわしゅわというのは。もっと具体的に説明しないか」

「えー……うーん。まあ、今度でいっか」

「諦めが早いな」

「今日はね。難しいことは考えないで、のんびりしたいの」


 たまにはそんな時間があってもバチは当たらない。

 今日のところは、水と魔女術を駆使した氷入りのレモネードを堪能しよう。


「魔女術って本当に便利だなぁ。あっという間に氷も作れちゃったし。空いてる時間に量産して保存庫に入れておこう……」


 冷気を溜めた魔鉱石がはめ込まれる保存庫は、これからの季節の必需品である。

 

「ふ、魔女術を便利と言うか。面白い」

「え、何か変だった? だって、氷も作れちゃうんだよ? それに掃除だって加減を覚えたら簡単にできるし。業務もかなり早く進むよ」


 そう答えると、師匠はまたくっくっと笑いを漏らしていた。

 隣に座って思い思いにくつろぐ師匠は、尻尾の先を私の膝に乗せ、ぽんぽんと上下に動かしている。

 私はその動きを目で追いながら、またグラスに口をつけた。


「ねえ、師匠。師匠とこうしてゆっくりするのも、久しぶりじゃない?」

「さて、そうじゃったか」

「そうだよ。カノくんとシュカちゃんが従業員になってくれて、その準備とかで何かとバタバタしてたし。それが落ち着いてきたのも最近でしょ?」


 村にいた頃は、こうして師匠と並んで月光浴をしながらよく他愛ない話をしていた。

 遠い昔のように感じるけれど、まだ半年も経っていないんだ。

 それだけ濃い時間を、短期間で経験したんだろうな。

 実際、ここ数ヶ月は本当に濃いことばかりだったし……。


「なんだ、ルナン。しんみりと振り返りおって。わしと二人だけでおったときが、恋しくなったか」


 師匠はからかい混じりに問いかけた。


「師匠と二人だけのときは、それはそれで楽しかったけど……」

「けど、なんだ?」

「今は、もっと楽しいよ。もちろん師匠といたときもそうなんだけどね。カノくんとシュカちゃんが一緒に働いてくれて、賑やかになって。そばに仲間がいるって、考えたらすごく幸せなことなんじゃないかって思っただけ」


 柄にもなく力説している自分がいて、照れ臭くなってしまった。


「……そうか。お前は今、楽しくやれているんじゃな」


 早々にこの話題を切り上げる私の横で、師匠は珍しく安堵したような声で呟いた。



 グラスの氷も半分ほど溶けた頃。どこからかバサバサと羽音が聞こえてきた。


『おーい。魔女ルーン、黒ニャーン』

「あ、主さん。こんばんは」


 淡い月光が差す森の木々の間から、(フクロウ)が姿を現す。

 ペンションがあるこの森の主――通称 主さんだ。


 パタパタと翼を上手く上下にさせ、屋根に降りた主さんは、ご機嫌そうにぽっぽと鳴いた。


『今夜は良い天気だねー』

「そうですね。主さんは、見回りですか?」

『そーそー。あと半分くらい。その前にちょっと休憩ー』

「相変わらずだな、梟。それと、その黒ニャンはやめろと言っておるだろ」

「まあまあ」

 

 毛をざわざわと逆立てる師匠を宥める。もしも人の姿だったなら、鳥肌を立てていたに違いない。

 それにしても、黒ニャンか……。見た目はいいとして、そのイケメン美声ボイスで黒ニャン。


「……ふ、ぷぷ。師匠、いいと思うよ。黒ニャン」

「ほう、そうか」

「痛っ!?」


 師匠は尻尾を器用に扱って、私の後頭部を叩いた。加減はしてくれていたけれど、スパンと実に気持ちのいい音が響く。


「お前の考えておることなど、手に取るようにわかる」

「叩くことないのに」


 私は唇を尖らせ、叩かれた部分を手で撫でる。

 そんな私たちのやり取りを、主さんは楽しげに「ぽっぽっぽ」と笑いながら眺めていた。



 主さんも仲間に加わり、屋根の上には大小の影が三つ並んだ。


『そうそう。もうすぐバザールだからー、森で夏の妖精が見られるとおもうよー』


 ふと、主さんが思い出したように言う。

 バザールって、カノくんが言っていた夏の大市場祭のことだ。

 たしか……各季節の訪れと共に開かれる大々的な貿易で、期間が二週間ぐらい。その期間は島全体が大盛り上がりなんだとか。


「ほう、夏の妖精か」


 師匠も耳をひょこひょこ動かして興味を示した。


 妖精は主に、自然界に宿るものと、その土地に季節を迎え入れるものによって種族が分かれている。

 季節の妖精の場合。

 春、夏、秋、冬――彼らは、新たに季節が巡る土地に姿を現し、季節を迎え入れるための踊りを数日間に渡って執りおこなっていた。

 踊りは日没後と決まっていて、期間を終えた妖精たちは、綿毛のようにふんわりと風に乗ってどこかへ飛んでいってしまう。

 そしてまた同じ季節が訪れるたびに、妖精も姿を現すのだ。それが季節を迎える妖精の生態だった。


「夏の妖精はないですけど……冬の妖精なら、故郷で何度が見かけましたよ。ちょっと、恥ずかしがり屋な子達でした」


 妖精は世界のどこにでも存在している。彼らはそれぞれに好みの土地というものがあり、故郷の村の近くにある森を好んでいたのは、冬の妖精だけだった。


『そっかそっかー。この森はね、どの季節の妖精も好いてくれているんだよ』


 ということは、このままいけば全部の季節の妖精たちが見られるってこと? それって、かなり貴重なんじゃ。


『あ、ちなみに。夏の妖精は、季節の妖精の中でも一番元気で、いたずらっ子なんだよねー』

「へえ。冬の妖精とは正反対ですね」

『だねー。だから魔女ルンも気をつけといたほうがいいよー』

「そこまでなんですか」


 気になったので、知っていそうな師匠に視線を向ける。

 しかし、鼻で笑う以外の返答はなかった。絶対に黒ニャンのくだりを根に持っているんだ。

 笑っちゃった私も私だから、謝っておこう。



 ――そうして、月の光を浴びながら語らっていると、いつの間にか私は、グラスに入ったレモネードをすべて飲み干していた。



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