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7. チェックイン




 冬でもないのに今夜は雨のせいで肌寒い。

 暖炉に火をつけ、亜人の男――コクランさんに体を温めて貰おうと、近くに座るようすすめる。

 布が体にくっついて気持ち悪いだろうに、なぜかコクランさんは纏ったローブを脱ごうとはしなかった。


「獣の種族は何かと訳ありが多い。耳と尻尾が生えているだけで奇怪な目を向けられることも多々あるからのう。小僧も、人間だと思っているルナンに見られたくないんじゃろ」


 ローブを脱がないコクランさんに不思議がっていると、師匠が私に教えてくれた。

 ハンモックから顔だけをあげて、いまだに肩身狭そうにしているコクランさんをじっと見つめる師匠。


「そっか」


 師匠の声は私以外の耳には届かないからコクランさんの前でも自由に話せるが、応答する私は猫と会話をしている変人だと周囲に見えてしまうので、短く呟いてそれ以上は聞かなかった。


 床に敷かれた絨毯が濡れてしまうのを気にしてか、コクランさんはずっと立ったままでいる。

 近くのソファにも座る様子がなかった。


「よかったら、こちらにどうぞ」


 保護塗料(ニス)が塗られた木の椅子を持ってコクランさんの後ろに立つと、彼はゆっくりと振り返った。

 耳をひょこひょこ動かしながら、私の手にある椅子をじっと見つめてくる。

 切れ長の目をぱちくりとさせ、不思議そうにした仕草に不覚にも可愛いと思ってしまった。獣耳だから余計にである。

 椅子に座るよう言ってから急いで食堂に走り、ミルクを温めてラウンジに戻ると、まだコクランさんは椅子にも座らずに暖炉の炎を眺めていた。


「どうぞお座りになってください。それと、牛のミルクはお飲みになれますか? 温めたのでもしよろしければ」

「……そこまでしていただくのは」

「遠慮なさらずに、どうぞくつろいでください。もしかして、牛のミルクはお嫌いですか?」

「そんなことはない。ありがとう、いただくよ」

「お口に合えばいいんですけど」


 押し気味になってしまったけれど、コクランさんは素直に椅子に腰をかけ、ホットミルクを飲んでくれていた。小さな声で「あたたかい……」と呟いている。

 わずかにリラックスし始めたコクランさんに、私は月の宿の説明を始めた。


「本日はお疲れ様でございます。それでは素泊まりに関してのご説明をさせていただきます。といっても、あまりないですが。まず宿泊されるお部屋の設備は自由に使っていただいて構いません。こちらの本館の建物の裏には旧館がありますが、暗くなっているので立ち入り禁止となっています」


 説明途中にチラッとコクランさんを盗み見る。

 彼は真剣に聞いているようだった。


「本館内は『従業員以外立入禁止』と紙が貼られている場所以外の出歩きは自由です。部屋の鍵のほか、入り口用の鍵をお渡ししますので、夜間に出歩く際はそちらをご使用ください。そのほか何かご不明な点などはございませんか?」

「……」

「コクランさん?」


 説明が終わってコクランさんを見ると、なぜか放心していた。手を振っても反応がない。

 なんだなんだ、どうしたんだ。

 さっきから挙動が怪しいけど、雨のせいで熱でもあるんじゃないか。


 もう一度呼びかけると、ハッとしたコクランさんとやっと目が合った。


「……あ、ああ、問題ない。すまない、ずいぶんと丁寧な対応で驚いていたんだ」

「そうですか?」

「まあ、そうだな。……宿代はいくらになる?」

「部屋の料金はすべて同じなので、こちらになります」

「これだけでいいのか?」

「えっと、そうですね。一般的だと思っているんですが」

「……そうか。では店主、支払いを」

「支払いは後払いになりますので、チェックアウトの際に受け取らせていただきますね」

「後払い?」


 ローブの中でゴソゴソと腕を動かすコクランさんにそう言うとぎょっとした目で見られたが、すぐに表情を戻していた。


「それでは、お部屋の確認をしてきますので少々お待ちください」


 ホットミルクを飲まれている間に、私はコクランさんが泊まる部屋へと向かった。


 本館二階の一室の扉を開く。

 ベッドを整え、不備がないかをチェックしていった。

 テーブルに気軽につまめる焼き菓子をセットした後、少し肌寒かったので空気を熱くさせる魔女術で部屋を暖める。


「……はっ、はぁ、こんな感じかな」


 適温になったので術を止める。

 実は私の苦手な魔女術だった。この部屋の広さを暖かくするので精一杯なのである。

 でも、これで部屋は問題ない。長く効果は続かないが、寝床に入るまでは室温を保ってくれるだろう。


 そうして魔女術も施し終えたので、私はそっと構えを解いた。

 余談だが魔女術を扱う際の基本姿勢は、両手の指のはら同士をぴったりとくっつけたままの手の形を、胸の中心に構えるというものだ。この形が一番力を出しやすい。


「そこよし! あっちよし! こっちもよーし!」


 部屋を出る前の最終チェックを済ませ、コクランさんが待つロビーへと急いだ。

 コクランさんが泊まる部屋まで足元が暗かったので、私は壁に取り付けられた照明に指を差しポッ、ポッ、と光を灯していった。

 これくらいの小さな魔女術なら、構えの姿勢をとらなくても平気だ。私の魔力の源である月の光を使った照明なので、火事も起こらず安心安全。こっちも魔力がなくなったら自然と消えるが、数時間は照らしてくれるだろう。


 リズミカルに階段を降りる途中、そういえば、と私は足を止めてしまった。


「コクランさんは、相棒(パートナー)の動物を連れてないんだな」


 何を連れているのか見たかった気持ちもある。

 コクランさんが一体何の亜人か判別できないが、ちょっと相棒連れを期待していた。



「チェックアウトの受付は朝六時から十一時の間になります。浴場にお湯を張っておきますので、ご自由にご利用ください。本日は他に滞在されているお客様はいらっしゃいませんので」

 

 本日というか高確率でいない日がほとんどだけどね、お客さん。悲しい。


「ああ、色々とありがとう」

「それでは、ごゆっくりおやすみください」


 客室に入ったコクランさんに頭を下げて、私は来た廊下をまた引き返していく。

 いつの間にか後ろには師匠がついて来ていた。


「師匠、コクランさんの前では言えなかったんだけどね」

「おお、なんじゃ?」

「コクランさんが持っていたあの麻袋、さっきとサイズ感が変わってなかった? 心なしか大きくなってた気が、しないでもないんだけど」

「はは、さあなぁ。確認はしておけということだ、ルナン」


 いい声でくつくつ喉を鳴らした師匠。


 師匠の意味深な言葉の意味を私が理解したのは、深夜を回る頃のことだった。



 


宿の説明の内容は、お世話になったことがあるペンションをお手本にしています。

おかしな点や気になる点がございましたら教えていただけると嬉しいです。

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