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67. 早上がり



「……キーが!?」


 夜の七時前。

 今日も島を探索していたであろうコクランさんが、何かをぎっしり詰めた麻袋を抱えて帰ってきた。


 街中でキーさんが倒れたことを報せると、袋をぼとりと足元に落として放心状態。よほど驚いたのだろう。

 けれどすぐに我に返り、私に一言「すまない、少し様子を見てくる」と告げて、二階へと上がって行った。


 血相を変えたコクランさんは、かなり稀だ。

 人間だってそうだけど、亜獣人にとっても体調不良は命に関わる事態を引き起こしかねない。

 疲れからくる熱とはいえ、コクランさんとキーさんの関係性を傍から見れば、心配して当然だ。


「あ、これ。なんだろう……」


 床にはコクランさんが落とした袋がある。

 拾いあげようとしゃがみ込むと、小型化したグランが袋の紐を口で咥え、私のほうにクイッと引っ張った。


『これ、コクランがルナンにだって。おみやげ』


 え、そうなの? なんだか重量が結構ありそうなんだけど。

 って、グランはコクランさんを追いかけなくていいの。


『これ重い。大きくなれば持てるけど』


 小さいグランでは、重い袋を動かすことは困難である。

 ふんっ、ふんっと小さく言いながら、私の手に紐を口渡しすると、尻尾を振って「キャン!」と鳴いた。


『いつもおいしいごはん、ありがとう』


 へっへっと、舌を出した口の形がまるで笑っているようだ。そんなグランの姿に目眩を起こす。可愛いが過ぎる。


「ありがとう、グラン。これはとりあえず、コクランさんに渡そうね」


 グランの頭に手を乗せて、なでなでを何度か繰り返す。

 気持ちよさげに瞳を閉じたグランは、喉をぐるぐると鳴らして前の右足を浮かせていた。

 動物って、撫でられて気持ちがいい時とか足を上げるよね。


『オレもキーのところ行こ。コンが心配だし』


 満足した様子のグランは、軽い足取りで階段を登って行こうとする。

 けれどタイミングを同じくして、コクランさんが二階から降りてきた。


「あ、コクランさん。キーさんのご様子は……」

「……少し……苦しそうだった。まだ眠っているようだったから、声はかけなかった」


 コクランさんの耳が、いつもより弱々しく萎れて見える。

 どれだけ彼がキーさんのことを気にかけているのかは、耳を見れば一目瞭然だった。


「病に特別詳しいというわけではありませんが、もしかすると疲れが原因かもしれません。今日のところは、お部屋で休んでいただいて様子を見ましょう」

「ああ、そうだな……そうするよ」


 詳しくは聞いていないけれど……私から見た二人の関係性は、普通の友人というよりも、もっと何か強い繋がりのようなものがある気がする。

 それこそまるで家族のような、それに似た雰囲気があった。

 故郷が一緒とか、幼なじみだったりするのかな?

 

 なんてことを頭の片隅で考えながら、私はコクランさんに持っていた麻袋を差し出した。

 それにしても、おっもいな、これ。


「ああ、これは……」


 コクランさんは視線を宙にさまよわせ、気恥しそうにしながら言葉を濁す。


「……その、みやげ、なんだ。店主たちへの」

「こんなにいただいて、良かったんですか?」

「ああ。俺が持っていても余すだけだ。迷惑でなければ、受け取ってくれるとありがたい」


 従業員も増えたし、食料が多くて困ることはなかった。

 それにこの甘くて爽やかな匂いは、果物かな?

 ちょうど少なくなってきたジャムと、果実のシロップ漬けを作ろうと思っていたから嬉しい。


「……では、遠慮なくいただきますね。ありがとうございます。みんなも喜ぶと思います」

「ああ……ハッ」


 コクランさんは安心したように微笑んでいたが、ふと何かに気がついたのか焦り始めた。耳もピンと立ち左右に揺れている。


「さきほど床に落としてしまったんだった。傷が付いているかもしれない」

「大丈夫ですよ。それほど衝撃はなかったと思いますし、何個か傷があっても先に使いますから」


 コクランさんが目の前で控えめにあたふたするもんだから、思わず笑いが込みあげてしまう。

 もう一度お礼を言って、そうだと私はある提案をした。


「コクランさんの明日の朝食のご希望は、ホットケーキでしたよね。いただいた中で合いそうな物がありましたら、そちらも盛り付けますね」


 宿泊のお客様の食事メニューは、食べれない物などを事前に聞き、基本は私が献立を組んでいる。

 けれどコクランさんのように、事前にリクエストがあれば可能な範囲で食事の変更も受けていた。

 前世でもホテルや旅館であるよね。値段によってコースメニューが違ってくるシステム。要はあれと似た感じ。


 それでコクランさんは、以前提供したホットケーキを本当に気に入ってくれていて、たまに朝食で希望していた。

 そのリクエスト日が、ちょうど明日なのだ。


「こんなに良い物をいただいたので、明日のホットケーキはいつもよりも豪華仕様にしますから、楽しみにしていてくださいね」

「……! ……店主、ありがとう」


 それを聞いたコクランさんは、また照れ笑いをしていた。


 表には出さないようにしていても、キーさんのことでやっぱり元気がないコクランさん。

 少しでも、コクランさんの気が休まればいいなと思いながら、私は朝食のホットケーキのトッピングを頭の中でシュミレーションした。


『わーい、たのしみ!』


 うん。もちろん、グランもね。



*꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙



 夜の九時前。

 今日の夕食は、コクランさんとグラン、そしてポンタさん共に食事を切り上げるのが早くて、片付けもすぐに済んだ。


 カノくん、シュカちゃんとの夕食を食べ終えた私は、カウンター内で今日の帳簿を付けていた。

 カウンターの中には椅子が二脚置いてある。一脚は私が座り、もう一脚には師匠が体を丸くさせ寝転がっていた。


「ふぃ〜、気持ちいい湯だったっス。そいじゃあルナンさん、また明日」


 奥の廊下からポンタさんが歩いてくる。湯あがりのポンタさんは、カウンターに近づくと私にぺこりとお辞儀をした。


「はい、おやすみなさいませ。ポンタさん」

「ふぁ〜おやすみなさい」


 ほんのり湯気が頭から出ているポンタさんは、ぽてぽてと可愛らしい足音を立てながら二階に上がっていく。

 このようなやり取りも、初めの頃は驚かれてばかりだった。

 最初はおどおどしていたけれど、ポンタさんは順応性が高かったのか、一週間ぐらいで慣れていたと思う。よかったよかった。



 ――ほどなくして、帳簿が付け終わる。


 駆け込みでやって来る素泊まりのお客様も来る気配がないので、ロビーや入り口の照明を最低限の数まで減らし消していく。


 そういえば、キーさんの具合はどうなんだろう。

 枕元に呼び鈴を置いたけど、私が持っている方は全く反応がない。

 ご飯とか、いつもは冒険者街で済ませるみたいだけど、どうしてるのかな。コンもいるのに。

 夕食のときにコクランさんが何度か様子を見るって言っていたから、大丈夫なはずだけど。


 さすがに呼び鈴は、鳴らしたくないのかな。

 キーさんからしてみれば、私に来られても困るっていうのは頷ける。

 だけど今日のキーさんは、いつもより取っ付きやすかったんだけどな。

 取っ付きやすいって表現もどうかと思うけどさ。


 ……と、とりあえず。カノくんとシュカちゃんも先にあがらせたし、私もそろそろ頃合だ。


「今日は何をしようかな」


 雨の降り止まない時期も過ぎ、だんだんと夜も生暖かくなってきた。

 曇り続きが多かったけれど、今日は半分に欠けた月が綺麗に空に浮かんでいる。


「月光浴でもしようかな……あ、でも」

 

 最近あまり見直せていなかった、魔女薬の作り方や用途が載っている書物も読みたい。

 月光浴と、魔女薬の書物……どちらにしようかな。


「……よし、どっちもしよ。師匠も来る?」

「そうじゃな。行くとするか」


 椅子の上で大きく伸びをした師匠は、後ろ足で耳を掻く。その後、前足を舌で何度か舐めて、床に着地した。

 ……この仕草だけ見ると、本当にただの猫だなぁ。



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