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66. ひんやりスフレ



 食堂に行くと、カノくんとシュカちゃんが揃って椅子に座っていた。


「カノくん、食堂の掃除するって言ってたけど……ちゃんと休んでる?」


 キーさんが倒れるというアクシデントがあったため、私が行って帰ってくるまでの時間はかなり短かった。

 普通ならカノくんもシュカちゃんも、まだ休憩中のはずなのに、急なダンさんの訪問に気を遣わせたのなら申し訳ない。


「……それなりに休んでるよ。これからシュカとスフレ食べるところだったし」

「やった〜、スフレ〜」

「それなら良かった。意外と動き回って業務することも多いし、しっかり休んでね」

「それはルナンもでしょ。なんだかんだ言って一番働いてるの、ルナンじゃん。はい、ここ」


 そう言って、カノくんはテーブルの上をぽんぽんと叩いた。


「ルナンの分のスフレも持ってくるから、早く座って。休憩も仕事のうちなんでしょ?」

「え、あ……」

「はい、ルナンさん! スプーンどれがいい?」


 さっさと保存庫にスフレを取りに行ってしまったカノくんに呆気にとられていると、横からひょっこりシュカちゃんが現れてスプーンを三本見せてきた。


「じゃあ、これで」


 空中をさまよった私の手は、真ん中の、猫の耳がシルエットのスプーンを選んだ。

 今まで自分の休息について言ってくる人は師匠のほかにいなかった。

 なんだかあまり慣れなくて、少し照れくさくなってしまう。



 *꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙‬



「ん〜、あまくてつめたくて、おいしい!」


 スフレを口に入れたシュカちゃんは、頬っぺに手をあてて満面の笑みを浮かべた。

 隣に座るカノくんも、耳をぴこぴこ動かして表情を緩めている。


「気に入ってくれたみたいで良かった。焼き上げてすぐ食べるのも美味しいけど、冷やして食べるのもいいよね」


 今回はこれからの暑い季節にもぴったりの、レモン風味がほどよいスフレ。アイスやフローズンのフルーツを乗せたらさらに美味しいけど、すぐには準備ができないのでまた今度にしよう。


「シュカね、スフレって初めて食べた! とってもおいしいね、お兄ちゃんっ」

「うん、美味しい。それに、こんなに頻繁に甘い物が食べられるのも、今までなかったからね」

「そうだったんだ」


 下働きをしている間は、甘い物を楽しむ余裕すらなかったのかもしれない。

 そう考えると、またやるせなくなってくるけれど、カノくんたちが普通に振舞っているのに私がしんみりしているのも失礼な気がした。


「夕食のデザートの試作品として、これからもたくさん試食してもらうから、よろしくね」


 二人とも甘い物が好きなのはすでに把握済み。私の言葉に兄妹揃って耳を動かす様子が可愛くて、ついにやついてしまった。


 それから半分ほどスフレを食べ進める。カノくんは、なにか気になることがあるのか私のほうをじっと見てきた。


「どうしたの?」

「あのさ、さっきのあの人……」


 少し言いにくそうなカノくん。さっきのと言われれば、該当するのは一人だけである。


「ああ、ダンさん?」

「ダン?」

「うん。ダン・ガーガイルさん。ずっと隊長さんって呼んでたけど、さっき名前を教えてもらったの」

「ガーガイル……? ダン、ガーガイル……」


 ダンさんの名を聞いたカノくんは、スプーンを器に置いて考え込み始める。


「知ってる名前だった?」

「いや、知ってるっていうか……どこかで聞いたことあったような気がして」


 ダンさんはレリーレイクの冒険者だし、見るからに実力者って感じだけど。

 強い魔物を狩ったり、依頼を次々にこなす人たちは、冒険者の中でも一目置かれる存在らしい。

 ダンさんたちがそうかは知らないけど、どこかで聞いたことがあるならその線が濃厚そう。


「うーん、やっぱりわかんないや……」


 黙々とスフレを食べるシュカちゃんの横で、諦めたように背もたれに体を預けたカノくん。

 まあ、思い出せないなら無理に考えても仕方がない。


「で、ダンさんがどうかしたの? なんか聞きたそうだったけど」

「聞きたいっていうか……ほら、あの人に魔術薬を渡したのってさ、バードックスに噛まれたオレの解毒の魔術薬を作るために、材料を譲ってもらったからでしょ」

「一応……そうなるね」


 カノくんの言い方じゃまるで「自分のせいで」と言っているみたい。

 気に病む必要はないのに、カノくんはどこか真剣だ。


「大丈夫なの、それ」

「大丈夫って?」

「だって、ルナンは魔女だよ。魔女が作る薬が凄いってことくらい、子どもでも知ってる。あの人はルナンが魔女だって気づいてないけど、あんなに効果の強い魔術薬が作れるルナンのことを裏で調べられたりするかもしれないじゃん」


 カノくんは、私の身を心配してくれているみたい。

 詮索されるのは私も勘弁して欲しいので、さっきのダンさんとの会話はのらりくらりと躱していた。

 納得はしていないようだったけど、だからといって今以上に探りを入れる真似をあの人はするのだろうか。

 ちょっと、大袈裟じゃない? たしかに気をつけるに越したことはないけど、今からそんなに深刻な問題にしなくてもいいような……。


「甘いよ、ルナン」

「え!?」

「ルナンの顔、わかり易すぎ。ちょっと大袈裟じゃない? とか思ってたでしょ」

「……そんなに、顔に出てた?」

「出てたよ」


 それは、大問題だ。職業柄、ポーカーフェイスを意識してるのに。

 カノくんやシュカちゃんとの生活をはじめて日も経つし、無意識に気が緩んでいるのかもしれない。


「はぁ、あのさ……ルナンって、故郷は山の奥だったんだよね。それで、生まれてからその齢になるまで、ほぼ外の世界に触れてなかったって言ってたよね?」

「……は、はい」


 なぜか口から敬語が出る。

 

 カノくんとシュカちゃんには、私の故郷がアトラディカ王国の山奥にあり、そこでずっと暮らしていたことは伝えてある。そして双子の妹であるリリアンがアトラディカの王子に城へ招かれたことも。

 とはいえ、私にこの世界とは全く別の世界の記憶があることや、村での待遇などは話していない。

 

「ずっと故郷にいたからこそ、危機感が少ないし、村から出れたことで楽観的に考えてるのかもしれないけどさ。もしルナンが魔女だってことが公に知られたり、国の人間に伝われば……きっとルナンは、ルナンの妹と同じように連れて行かれちゃう」


 ふと、リリアンの顔が頭をよぎった。

 どの国でも、魔女の生き残りとなれば保護だの理由を付けてそばに置こうとするのだろう。

 そうなったら、このペンションは? カノくんやシュカちゃんはどうなるの?

 もう、私ひとりのペンションではない。カノくんとシュカちゃんの居場所は、ここなのに。


「うん、そうだね。もっと気をつけないとだめだね。しっかりしないと。……だけどね、カノくん。今のところは大丈夫だと思う。本来、本物の魔女だと見抜けるのは、同じ血が流れる魔女だけだから」

「魔女だけ……?」


 魔女には、魔女だという証があるわけじゃない。魔女にだけある身体的特徴があったら見分けもつくけれど、そんなものはない。

 もし自分から魔女だと証明しなければならない時が きたら、実力で示すしかないだろう。

 

 一番は、やっぱり魔女術かな。リリアンも村で強大な水を操る魔女術を扱っているところを、行商人に見られてしまって魔女だとバレたわけだし。


 ユウハさんみたいな完全にイレギュラーな人もいるけどね。理由は分からないけれど、あれは何やら別に事情があるみたいだった。

 ユウハさんも魔女の血は特別だって言っていたけれど、たしかにそうなんだなって最近なら理解できる。

 故郷の村にいた頃は近すぎて気がつかなかったけれど、今は何となく……気配がする。


 海を越えた先に、魔女の血が流れるリリアンの気配が。

 そして同じように、あの子も私の気配に勘づいているはず。

 だけど大丈夫。リリアンは、自分が『特別』であることを何よりも望んでいたから。

 村で王子が訪ねに来たときもそうだったけど、私が魔女だと名乗ることを阻止しようとしていた。


 だから、リリアンの口から私の存在を明かすことは、ないと思う。いや、思いたい。

 師匠にも言われたが、魔女の血の気配に関しては、私には対処のしようがないのだ。


「まあ、そういうわけだから! 普通の人が私を魔女だと見破ることは、まず無いから! とりあえず大丈夫!」

「そういうわけって、どういうわけ? 意味わかんない……はあ」


 カノくんは追求してこなかったが、代わりに超がつくほどの大きなため息をこぼしている。


「ま、まあとりあえず、スフレ食べようよ。せっかく冷えてるのに、ぬるくなっちゃうしね……ん、甘い」


 気を取り直してスプーンで掬ったスフレは、口に入れてみれば、いまだにひんやりとしていた。



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