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64. カノくんの考え



 話をしている最中、キーさんは意識を失って倒れてしまった。

 注目を集めてしまうけれど、急を要するため魔女術で浮かそうと判断したとき。

 通行人の一人が通りすがりに声をかけてきた。


「おいおい嬢ちゃん、なにしてんだ?」


 東街区で待ち合わせをしていた、隊長さんである。



 ──場所は変わり、月の宿。


「よっと」

「ありがとうございます。隊長さん。おかげで助かりました」

「気にするなよ。にしてもこいつ、顔色最悪だな」


 キーさんをベッドに寝かせてくれた隊長さんは、顔色の悪いキーさんを見ながら言った。

 確かに顔色が良いとはいえない。熱が出ているんだから当たり前だけれど。


『キーちゃん……』


 ベッドの脇に飛び乗り、心配そうにキーさんを覗き込んでいるコンの尻尾は今にも垂れ落ちそうだった。

 心細げに鼻をキュンキュンと鳴らし、前の右足がやんわりと彼の肩に触れている。


「コン。大丈夫だよ。キーさんは病気じゃないからね」


 屈んでそう声をかける。

 コンは元気なく折れ曲がった左右の耳をぴくぴくと反応させて、私のほうを振り返った。


『キーちゃん、だいじょうぶ……?』


 不安そうなコンの頭を私はそっとひと撫でした。


 キーさんの発熱は病気からくるものじゃない。ここまで運ぶ際にエントランスロビーにいた師匠も呟いていたが、これは疲れからくる熱だった。


「なんで病じゃないって、わかるんだ?」


 最もな疑問を隊長さんが口にする。


 それは私が自分の魔力を相手の体内に流し込み、身体の状態を知ることができる魔女術をキーさんにおこなっていたからだ。

 病の場合、魔力を通して身体の()の異常を掴むことができる。これはカノくん、そしてシュカちゃんの熱病の一件があってから練習して少しずつ習得している術だった。

 自在に操れるようになれば、軽い症状の病や怪我の周辺の気だけを魔力にまとわせて体から吸い取ることもできるんだとか。

 私にはまだまだ先の話だけど。


 風邪などの病に感染すると人の身体は炎症を起こし、病をやっつけやすくするために脳が体温を上げるよう指令を出す。

 魔術薬を飲むとこの体温を上げる働きを抑えてくれるため、この間のカノくんとシュカちゃんは熱が下がった。

 しかし疲労からくる熱は病によって出される体温を上げる指令がないため、魔術薬を使っても効かない……というのが、師匠からの説明だった。


 この世界(アーツ)の医術知識は、土地によって様々らしいけれど、師匠の知恵はとても勉強になる。師匠の話を参考にするならば、やはり今のキーさんには熱病の魔術薬は意味がないのだろう。

 そもそも飲んでくれなさそうだ。

 

「つい先日宿の従業員も熱病にかかったんです。その時とはあきらかに症状が違ったので、疲れからくる熱じゃないかと思いまして」

「なるほどな。まあ、今のところ熱だけなら様子見ってところだな。にしても、あの兎の亜人の子ども……なんつーかよ、本当にここで働いているんだな」


 キーさんを担いだ隊長さんと、カノくん、シュカちゃんはすでに顔を合わせている。

 隊長さんは亜人であるカノくんたちが宿で働いていると知らなかったようで驚いた顔をしていたっけ。


「……二人とも、とても頑張ってくれています。私としては大助かりです」

「へえ、そうか」


 隊長さんは私を珍種の生き物を発見したような目で見ている。

 わかりやすくて思わず笑ってしまった。


 いつまでもキーさんの部屋にいるわけにいかないので、先に隊長さんにエントランスロビーのソファで待ってもらうことにした。

 隊長さんが部屋を出て少し経つと、水の入った桶と布を持って来てくれたカノくんが現れる。


「ありがとう、カノくん」

「ううん、べつに。それよりキーさん、大丈夫?」

「まだわからないけど、病気とかではないみたい。とりあえずこの布を濡らして額に当てておこう」


 本当は脇の下とか、他にも冷やしておいたほうがいい箇所はあったが、私の立場ではそこまでやれない。


「それではキーさん、私たちは失礼します。なにかありましたら、こちらの呼び鈴を鳴らしてください」


 カノくんやシュカちゃんがいなかった頃はよく使っていた、紐付きの鈴。キーさんの近くに置いた呼び鈴と同様の魔力を込めて、共鳴するようになってある。


「…………お嬢、さん」

「はい?」

「こんな形で迷惑をかけて、本当に」


 すまない、と細い声音がキーさんからこぼれた。

 彼としては不甲斐ない思いなのだろう。体調が悪いせいかいつもより雰囲気が弱々しく、白銀の立派な耳はコンと同じく垂れ下がっている。


「……いえ。あまり無理はなさらないでくださいね」

「……、」

 

 それに応える気力までなかったようで、キーさんは目を瞑ると浅い息を吐いた。

 私とカノくんが部屋を出て行く間際、コンの様子を確認すると、先ほどと変わらずにキーさんの顔を近い距離で見つめていた。


 廊下をカノくんと並んで歩きながら、コンのことを思い浮かべる。

 契約獣にとっての主人は、命と同等の存在。主人が弱っているからか、契約獣であるコンもこころなしか元気がないように見えた。

 ああ、心配だ。大丈夫かな。


 キーさんのそばをひたすらに離れないコンの背中を思い浮かべると、胸が強く締めつけられる。


「キーさんってさ、ルナンのこと警戒してたよね」

「えっ、急になに」


 唐突にカノくんから話を振られ、表情が引き攣った。


「ルナンはあまり気づかれないようにというか、そういう空気をオレたちに見せないようにしてたけどさ、さすがにわかるよ。キーさん露骨過ぎるし」

「……うーん、そうだねー」

「べつにあの人の肩を持つとかじゃないんだけどさ」


 カノくんは念を押すように言うと、さらに続ける。


「キーさん、ちょっと前のオレに似てるって思うんだよね。オレが、その……」

「……ああ、人間なんて! って私を突き飛ばしたりしたあの頃のカノくん?」

「その言い方! 今でも悪いことしちゃったって思い出すのに!」


 顔を赤らめぐるんっ、と勢いよくこちらを向いたカノくん。ふわふわなうさぎの耳が私の頭をかすめた気がする。


「ごめんごめん、つい。でも気にしなくていいよ。カノくんにだって色々あったんだと思うし」


 ぷんっと怒るカノくんを宥めつつ、その横顔を見るとどこか思い耽ったように目を細めていた。


「たしかにオレは今だって人間に良い印象はないよ。憎い奴らは憎いままだし、許せないことだって沢山ある。でも最近気づいたんだ。オレはきっと、怖いんだって」

「……人間が?」


 尋ねると、ゆっくりカノくんは首を横に振った。


「ルナンみたいにオレたち亜獣人を好意的に見てくれる人がいるって、知ったから。そんな人間がほかにもいるかもしれないって受け入れ始めてる自分がいる反面、また、あんなことになって……大切な人を()くしたらって考えると、すごく怖い」


 私は驚いてしまった。

 あれだけ人間というだけで嫌悪感を強く見せていたカノくんが、関わることの先を考えていたから。


「だからね、なんとなくわかる部分があるんだよね。キーさんがルナンを強く警戒するのも。だって……ルナンってさ、やっぱりちょっと変だから」

「変!?」

「変だよ。良い意味でね。こんな人間なら信じてみたいって、思えてくるんだもん。他人はどうかわからないけど、オレからしたら勇気がいることだったんだよ。信じるって」


 こんなふうにカノくんの胸の内を聞いたのは初めてだ。

 だからこそ、ほんの少しでも憑き物が取れたようにはにかんだカノくんの姿を見れて、ほっとしている自分がいる。


「オレはキーさんのことそんなに深くまで知らないし、的外れかもしれないけど……キーさんも、信じることが怖いのかなって感じるときがある。そういうのってさ、きっかけがあれば変わるかもしれないじゃん」

「キーさんが……?」

「さあ、全部オレの勝手な推測だからあんまり真に受けないでよね」


 そう締めくくると、カノくんはたどり着いた階段を一段先に降りて行った。



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