58. 二度目の罪 その3
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過去編あと少しで終了です。
どんどんいきます。
キーさんの過去編が終わったら、別キャラの過去編はしばらくおやすみです。本編をお楽しみください\( ¨̮ )/
国境を越え、運河を足場の悪い橋で渡りきり、山の中をしばらく進んでいたとき、真ん中を歩いていたセイランはお腹を押さえ急に苦しみ出した。
「セイラン……! 私の肩に掴まって、寄りかかって構わないから」
「平気よ、コクト。それより、もう少し先に行かないと」
安心させるように発するセイランの息遣いは、だんだんと雑音を含んだように荒くなっていく。
セイランに負担をかけないように比較的平らな道を進んではいたが、それでも負荷が全くないわけではなかった。
コクトが背負うことも考えたが、暗く慣れない山道で足を取られでもしたらそれこそ大惨事である。
「城からかなり離れたから、少しくらいなら休んでも大丈夫だよ」
シンは周囲を見渡し、どこか休める場所がないかを探した。
本来予定していた休憩地点は、もう少し先にある。けれどセイランの顔色はどんどん悪くなり、一刻も早く横にさせるべきだと判断した。
「──あら、こんなところに人がいるなんて、珍しいわ」
「……っ、誰だっ!」
突然、暗闇に包まれる茂みから声が聞こえ、シンは警戒態勢をとりつつ鞘から素早く短剣を取り出した。
城の者がもう逃亡に気づいてしまったのだろうか。それにしては早すぎる。気づいたとしても逃げ道を特定するには時間がかかるはずだ。
シンは声がした方向を睨みつけながら、セイランとコクトを庇うように立ち塞がった。
剣の心得ならある。我流ではあるが、身軽に動けるシンの剣技の腕前はクロノスの兵士にも認められていた。
こんなこともあろうと、城の兵士たちに遊びの延長だと言って手合わせをしてきたのである。
命を奪うことに躊躇はない。
二度目のこの命ではなかったが、一度目は逃げ切るために散々、他人の首を切っていた。どこを狙えば息の根が止まるのかも、すでに知り尽くしている。
「そんなに警戒しないで欲しいわぁ。あたしはただ、薬草を取りに来ただけだもの。亜人のみなさん」
「……なっ」
後ろにいたコクトが声をあげる。
声が聞こえる位置にあった行灯の光がひとりでにふわふわと浮いていたのだ。
シンたちの姿を確かめるように周辺をぷかぷかと浮いている行灯は、主の手に引き寄せられるように戻っていった。
物が勝手に宙を浮遊しているこの力を、シンは見たことがある。
月を隠していた分厚い雲が晴れていく。木々の葉の隙間から差し込む月光に照らされた声の主を目にした瞬間、シンの脳裏にはある女性の顔が浮かんだ。
「うふふ、魔術を見るのは初めてかしら。驚かせてしまったわね」
長髪の黒い髪と、赤紫の濡れた瞳、白い肌。華奢な体をすっぽりと覆うのは、所々に銀の刺繍が施された黒いローブ。
片手に収まるのは、宝石のごとく輝きを放つ赤色の石が嵌められた短い杖。
格好がよく似ていたからだろうか。
顔は瓜二つというわけでは決してないのに、山の中で遭遇した見知らぬ女性の姿がノヴァと重なって見えた。
真っ赤に引かれた唇の紅が、三日月のようにゆったりと形を作っている。
「……もしかして、そちらの人は身重なのかしら? 顔色が悪いわ。事情はよく知らないけれど、休ませたほうがよろしいんじゃなくて? あたしの住んでいる家がここを下った先にあるの。よかったらどうぞお使いになって?」
涼しげな微笑はとても人の良さそうな雰囲気が伝わってくる。
こちらを驚かせまいと物腰を柔らかくし、一定の距離以上は決して近づいてこない。
「それは……だが、あなたは」
「……あっ、う……」
「……! セイラン、セイラン!?」
未だに信用ならないと気を張っていたコクトは、支えていたセイランが自分の方に倒れ込んで意識を失ったことに取り乱し、声を荒らげた。
「まあ、これは危険ね」
見知らぬ女の呟きと共に、気を失ったセイランの体がゆっくりと浮き始める。
「身重でこの山を抜けようとしていたなんて、妊婦はちょっとの環境の変化にも敏感だってご存知? 最悪の場合は死産だってあるのよ。甘くみない方がいいわ」
正論をまざまざと突きつけられぐうの音も出ない。全く同じことを薬師の老亜人にも言われていたから余計に。
「あたしはどちらでも構わないけど、その人を安静にさせたいのなら屋根のある場所をオススメするわぁ」
シンとコクトは互いに目を合わせる。
どちらにせよセイランがこんな状態となってしまってはむやみに動くほうが危ない。
薬師の老亜人は、山を越えるまでならば体力は持つと話していたが、状況が変わってしまった。
このままでは、セイランとお腹の子の命に関わる。
「──少しだけ、身を置かせてください」
差し伸べられた救いの手を、シンは取ることを選んだ。
反対の手には、しっかりと短剣を隠し持ち、油断は決して許さずに。
◆
シンたちの前に現れた女の名は、ナヴェアといった。
魔術使いであるナヴェアは、シンたちと遭遇した場所からそう遠く離れていない位置に亜獣人宿泊可能の宿屋を営んでいる。
国内で理不尽な扱いを受け、クロノス国を目指す亜獣人たちの中間地点として、その宿は利用されているとナヴェアから簡単に説明を受けた。
逃走経路を確認する際に付近の建物にも目を向けていたシンだったが、ナヴェアの宿は見つけることが出来なかった。
その時は丁度、結界を張っていたため、シンが気づくことが出来なかったのではと、ナヴェアは話していた。
結界ならばシンも見覚えがある。似たようなものをノヴァも自分の家の周囲に張っていたから。
「他にお客さんもいないから、安心して過ごすといいわぁ」
ナヴェアの宿は、二階建ての小さな洋館のようだった。
「……?」
敷地内に足を踏み入れたとき、シンの鼻に付いたのは、なんとも言いがたい懐かしい香りである。心身を穏やかにさせてくれる匂いの原因を探してみるが、発見することが出来なかった。
部屋に案内してもらったシンたちは、老亜人の薬師から受け取っていた薬をセイランに飲ませ、時間を置いて様子を見ることにした。
セイランをコクトに任せ部屋を出たシンは、その間に宿内を隈無く調べ始める。
部屋数はそこまで多くなく、ナヴェアの言っていたとおり他に人の気配を感じないところを見ると、本当にシンたち以外に客はいないのだろう。
「あら、なにか入り用かしら?」
一階へと降りると、ナヴェアが魔術を使って室内の蝋燭に火を灯していた。
「魔術使いが、どうして宿を?」
魔女と似た、人間の中に生まれた奇跡の力。
有能な魔術使いは国からも重宝され、待遇が良く、生きていくのに困らないということは知っていた。
ナヴェアがどの程度の魔術使いか定かではないが、結界が使えるということは、かなり優秀な魔術使いなのではないかと推測される。
けれどナヴェアは、シンの問いにくすくすと可笑しそうに笑っていた。
「魔術使いだからって、城に仕えたい人ばかりじゃないのよ。それにあたしには、もっと別にやりたいことがあるんだもの」
「……やりたいこと?」
「ええ、それが……この宿を通して、多くの人に出会うこと」
「亜獣人も、人間も、関係ないの?」
「あたしにとって人間も亜獣人も大差ないわ。むしろ亜獣人には好感すら持っているの。だって、こんなに綺麗な耳と尻尾を持って生まれたんですもの」
ナヴェアの視線がシンの耳と尻尾に集中した。にっこりと笑えば唇の紅が艶めかしく輝き反射する。
亜獣人に好感を持っている。そんなことを初めて言われたシンは、どう反応していいのか分からなかった。
人間にとって亜獣人とは、人になれなかった醜い獣である。また亜獣人の種類によっては、短い発情期が起こってしまう。その被害が人伝に広がりより一層に嫌悪されていた。
「そういえば……あなたは契約獣がいないのね?」
「俺はまだ、ピンとくる子を見つけられてないから」
契約獣になった動物は、主人の血を分け与えられ、問題が起こらない限り主人の寿命が尽きるまで生きることができる。
主人が契約を破棄、または何らかの形で寿命以外の死を遂げた場合、契りは解消される仕組みとなっていた。
とはいえ生涯共に過ごす相棒はそう簡単に決められず、シンは今も契約獣がいなかった。
セイランとコクトも契約獣を連れていない。コクトは実家の領地で自由にさせ、セイランは元々契約をしていないという話だった。
「そう……白狐の亜人はとても珍しいから、連れて歩く白いキツネがどんなものなのか、見てみたかったわ」
「俺が白狐の亜人だからって、白キツネを契約獣にするとは限らないけど」
「……そう。それも、そうねぇ」
ナヴェアは少しだけ残念そうにして、灯し忘れた蝋燭に火をつける。
亜獣人の宿泊を受け入れているだけあって、ナヴェアは契約獣についても詳しいようだった。
「そうそう、夕食を部屋まで持って行くわね。あまり凝ったものは出せないけれど、あたしが焼くパンは、町でも評判なのよ」
宿から三十分ほど歩いた場所に、小さい町がある。人口は少ないが、冒険者や旅人が立ち寄るだけの設備は整っている場所だった。
その町でナヴェアはパンなどを売っているらしい。
身元が確かではなかったナヴェアだが、町にも顔を出しているというならば信用できるのかもしれない。とはいえ、自分の目で確かめるまでは気を抜けないが。
「最近お客さんが来なくて材料も余っていたの。だから消費できて大助かりだわ。だからお代も、宿泊代だけでいいわよ」
「それはさすがに、悪いから」
「あなた、律儀なのねぇ。でも良いの──だって」
ナヴェアは話しながら、最後の一本である蝋燭に火を灯した。
「これはあたしの、サービスだから」
ありがとうございました!




