6. 大歓迎です
亜獣人が宿屋で宿泊拒否をされる理由は、他種族同士のトラブルの原因となるため、使用後の部屋は多かれ少なかれ毛が落ちていて(特に獣人の毛と、亜人の相棒動物の毛)部屋掃除が大変であるため、亜人が連れる相棒の動物はさまざまなのでご飯の用意が困難になるため、などなど。
街の人に聞いた話によると、相棒の動物に与える食事を宿屋が用意できず、気に入らなかった乱暴な亜人が宿屋をめちゃくちゃにしてしまった……らしい。
それと男の亜人に看板娘が襲われそうになったという話も有名である。
と、ここまでが話を聞いたかぎりでの街の人いわく亜獣人トラブル問題の数々だ。
種族差別をしている人間が誇張した話もあるのかもしれない。
けれど人間の中でも力のない人たちからすると、自分の店を守るために面倒ごとには最初から関わらないでおきたいのだろう。
それはまあ納得のいく理由だ。私だってできることなら大きなトラブル関連は避けたいし。
この二ヶ月間、私は亜獣人と関わるどころか会話すらしたことがなかった。
街で見かける彼らは、口に出さなくても人間に無関心という空気を醸し出していたし、変に私から声をかければ悪目立ちしてしまう。
故郷の村から、妹から解放されたとはいっても、まだレリーレイクという慣れていない土地。
自分の思うがまま好き勝手な行動をするのは控えるべきかなと考えていたので、亜獣人を見かけても密かに見つめることに徹していた。
……まあ、あと一ヶ月もしたら我慢できずに我を通し始めていたと思うけど。
だって獣耳とか、いいよね。というかケモっていう響きがいいと思う。
かくいう私も前世は二匹の看板猫を飼っていたくらい動物は大好きである。動物たちが何を言っているのか理解できる今では拍車が掛かるほど。
――とにもかくにも、こうして亜人を目の前にすることも、亜人のお客様が来ることも初めてのことだった。
「お客様。ええと、ですね。先ほどは言えなかったのですが」
「……」
亜人の宿泊って、人間と同じようにすればいいのだろうか。
亜獣人にある決まりごととか、こうしておかなければいけないとか、事前準備が必要なのだろうか。
そのあたりのこと、情報収集のときにもっと聞いておくべきだった。
けれど同じ『人』が付く種族なのだから大きな違いがあるわけ……いやそうとは限らないのかな。
「――まない」
そのときふと、頭上から声が聞こえた。
「すまない、すぐに出ていく。亜獣人禁止の目印が見当たらなかったから訪ねてしまった。不愉快な思いをさせた……申し訳ない」
「お客様?」
「しかし、女性が夜間に一人というのは物騒だ。こちらの主人と時間帯の相談をしたほうがいい」
「はあ。……え、待って、待ってくださいお客様! どうなさったんですか、急に外に出て行こうとするなんて……すぐにお部屋をご用意するので少々お待ちください」
思わずローブの袖に触れると、フードの中から驚愕した息づかいが聞こえた。
掴んだ袖越しに亜人の男の体が強ばったような気がする。
顔を覗き込めばキラリと光ったふたつの瞳と、視線がかち合った。
「それは……いや、その申し出はありがたいが、こちらの主人が許可を出さないだろう」
「私がこの宿の主人ですから大丈夫です」
「……宿の主人の……奥方ということか?」
「いえ、そうではなくて……ここは私一人で運営する宿ですので、お客様の言う宿の主人とは私のことだと思うのですが……」
「女性が一人で……!? それも、女将なのか?」
「はい。月の宿の店主、ルナンと言います。ご挨拶が遅れてすみません」
「そうか、女将だったか」
女将といえば女将なのだが、ニュアンス的に店主と言ってもらいたい。なんだか女将と呼ばれるのは照れくさいというか。変なこだわりだけれど。
それにしても、女主人はそんなに珍しいのだろうか。
フードで顔が隠れていても、男が仰天している様子なのは何となくわかった。
確かに防犯の面で女だと頼りない部分が出てくるかもしれないけど、いざとなれば魔女術で対処できると思う。
「当宿は種族関係なく受け付けてますから、宿泊も大歓迎です」
「……すまない、感謝する」
遠慮がちにフードを取った亜人の男は、ぎこちなくも柔らかな笑顔を浮かべて私に礼を言った。
さっきからこの人、謝ってばかりだな。お客様に謝らせてむしろこちらがすみませんって感じなんだけど。
『すまない、すぐに出ていく。亜獣人禁止の目印が見当たらなかったから訪ねてしまった。不愉快な思いをさせて……申し訳ない』
ふと、さっきの会話を思い出す。
もしかしたら、私が考えているよりもずっと、亜獣人というのは世間で息苦しい思いをしているのかもしれない。
村にいた頃は、魔女の存在を隠していたので他の村との交流もそこそこだった。
山奥の人間の集落にわざわざ亜獣人たちが立ち寄ることはなく、この世界で初めて亜獣人を見たのは、レリーレイクに来てからだ。それも遠目に。
この亜人の彼も、慣れているような態度で宿を出て行こうとしていた。
私を怖がらせないようにという気遣いが感じれるほどに声の大きさを落として、何度も謝っていたのだ。
なんだろう……なんだかな。
それは少しやるせない気がする。そこまで亜獣人のこと知っているわけじゃないけど。
「まだ濡れていますね。タオルをどうぞ」
「ありがとう、店主」
ぽたぽたと、彼の前髪の毛先から水滴が落ちている。
私がまだまだ余っている積まれたタオルをずいっと前に差し出すと、亜人の男は少しおかしそうに顔を和らげた。