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54. 聞きたいこと



 少しだけ気まずい空気の中、私たちは歩幅を合わせて森を抜けた。

 

「キーさん、お先に街へ行ってください。私は少しやることがあるので」


 看板を綺麗にしたいのでキーさんに先へ行ってもらうよう言うと、彼は不思議そうな顔で私の顔を見返した。

今日は敵意のようなものをひしひしと感じはしないが、作業を見られているのも落ち着かなかった。


『ルナン〜?』


 コンが鼻をヒクヒクとさせながら私の足もとに近寄ってくる。純粋なその瞳が「今から何するの?」と語っていた。

 キーさんを見ても同じような感じで、先に行こうとはしなかった。


「……えーと、看板を掃除するんです」

「看板って、それのこと?」


 ペンションの目印ともなっている薄汚れた立て看板に目をやるキーさんに私は頷いた。もうきっとこの一人と一匹は、私が何をやるのか気にしている様子なので、離れる気が無いのだろう。

 私はぎこちない足取りと動きをしながら立て看板の前までやってくると、両手をかざした。


「……!」


 ぽうっと光が小さな範囲に出現すると、キーさんの驚いたような反応を横から感じた。

きらきらと輝く光の粒子が看板を包み込み、汚れていた部分があっという間に綺麗になっていく。


「普通に布で拭いてもよかったんですけど、雨風に晒されて腐ったりもしますから、保護も兼ねて魔術を使ったんです」

『わ〜。きらきらだ〜』


 まだ残っている月の魔力の残りが気になるのか、コンは上を向いてはしゃいでいる。


「えーと……大したことなかったですよね? 待たせてしまって申し訳ないです」

「……いや、いいものが見れたよ。ありがとう、お嬢さん。ところできみは、杖を持っていないの?」

「杖、ですか? そうですね、私は持っていないです」


 魔女術の練習で杖を握ったことはない。高度な魔術を扱う魔術使いならそれらしい杖を持っているという話だが、割合的に杖を扱う人の方が珍しいと思う。

 冒険者街にいる魔術が使える冒険者も、杖を握っていない人がほとんどだ。

 あのガチムチな肉体で杖とか似合わない気もするし、冒険者が戦闘で扱う攻撃系の魔術なら、剣に纏わせたりするのが主流だったはず。


「そっか、どうもありがとう」

「……いえ」


 彼から、バードックスのときのようなひしひしと伝わってくる威圧感はない。

 キーさんの心境の変化のすべてを素直に受け入れられるほど単純ではないけれど、顔を合わせるたびに気が滅入るくらいなら今のほうが何倍もマシである。

 何はともあれ、このままキーさんが穏やかでありますように……心の中で両手を合わせながら、私は彼に声をかけた。


「用も済みましたので、行きましょうか」


 隊長さんとの待ち合わせの時間も迫っている。



 冒険者街までの短い道のりは、思いのほか気楽なものだった。

 というのも、中身のない会話をただただ繰り広げるキーさんに、私も中身のない返答を繰り返すという本当に中身のないものだったから。

 なにか意図があるのかもと勘ぐってもみたけれど、疑い過ぎると自分が疲れてしまうのでやめた。


 いつも通っている西門の近くまでやって来る。そこを通り抜ける前に、キーさんはコンを肩にかけていた袋に誘導した。


「コン」

『は〜い。ちょっとお昼寝〜』


 そう言いながらコンは袋にモゾモゾと入っていく。コンはこの袋が気に入っているらしい。よく見ると中の生地が柔らかそうな綿で作られていた。


 すっぽりと空間に収まる様子を見ていると、コンのつぶらな瞳と視線が合った。

 

『……ルナン、またね〜』


 きゅんきゅんと鳴いてきたので、胸の前で小さく手を振る。コンは私から目を離さない。

 気にはなったが、キーさんが空気を含んで優しく袋を閉じたことによりそれまでとなった。


「こんにちは」

「ああ。って、ちょっと待て! その後ろのは連れか?」


 気を取り直して西門を通り抜けようと門番さんに挨拶すれば、背後のキーさんを見て慌てて呼び止めた。今日は顔見知りの門番さんはいないようだ。


「どうも、こんにちは〜」


 耳も尻尾も隠さないで歩いてきたキーさんは、かなり目立っている。

 ほかの通行人は、キーさんを避けるように門をくぐり抜けていた。

 嫌悪をあらわにする人々の視線を前に堂々としているキーさんに、少し心配になる。


「この人は──」

「はは、違うよ。ぼくが道に迷っていたから、案内してもらっただけ」

「……そうか。ならとっとと北街区に行ってくれ。通行人を怖がらせるなよ」

「え? キーさ……」

「はいはい。騒がせて悪いね」


 軽い調子のキーさんを見る通行人の目は冷たい。

ひらひらと片手を振って門をくぐり抜けるキーさんは、そのまま近くの物陰へと歩いて行ってしまう。


「獣め、とっととくたばっちまえ」

「なっ……!」


 流れのまま彼の背中を追う私は、後ろから聞こえてきた差別意識の強い言葉に現状を再確認した。

 同時にやるせなさと、憤りを感じる。


 私は亜獣人たちが浴びている人間からの差別をすべて知っているわけではない。

 だけど、自分に向けられたものじゃないとわかっていても悲しくなってくる。

 亜獣人たちは、いつもこんな思いをしながら生きているなんて、やっぱり私には受け入れ難い。


 それでもここで私が声をあげて反論したところでなにも変わらない。むしろキーさんに迷惑をかけてしまう。

 私はぎゅっと両の手を握りしめて、湧き上がってくる感情を堪えた。


「お嬢さん──って、なにその顔」

「なんのことですか」

「うーん、そうだねぇ。初めて見る顔してるよ。面白い顔」


 私が聞こえたぐらいなんだから、亜人であるキーさんがさっきの中傷を耳にしていないはずがない。


「顔はいつもどおりですから、お気になさらず」

「……あんなの、虫の羽音と変わらない。気を荒立てるだけ無駄。それに、あれぐらいは可愛いもんだよ」


 そんなに私の顔は不満を持っていたのだろうか。キーさんはくすくすと首をかたむけ笑っていた。


「可愛い、ですか」

「はは、物が飛んでこないだけ生ぬるいと思わない?」

「飛んでくるんですか!?」

「まあ、避けるけど」

「……」


 あの悪意のある発言にもキーさんはどこ吹く風である。

 もう、慣れてしまったということなのかな。そう考えると切ない。


「あったあった」


 キーさんを見ると、なにやらごそごそと肩掛け鞄を漁り始めている。

 取り出したのは、暗い緑色の外套だった。

 

「……丈の長い外套も持っていたんですね」


 全身を覆い隠すコクランさんとは正反対に、キーさんは常に耳と尻尾が見えている。

 こうして体全体を包めるほどの物も持っていたんだ。


「普段は滅多に使わないんだ」

「そうなんですか……」

「そうしたほうが、目立つからね」

「目立つ……?」

「そう、目立つ」


 にっこりとしたキーさんは、貼り付けたような笑顔をしていた。



 *꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙



 外套を纏ったキーさんは、後ろにある覆いもすっぽりと深く被った。

 大きな耳と長い尻尾を隠せば、一目見て亜人だと気づかれることはないだろう。隣を歩いていても、門のときのような嫌な視線は感じない。

 代わりと言ってはあれだが、万人に受けると思われる綺麗な顔立ちをしているキーさんは、すれ違う女性たちの足を高確率で止めていた。


 どこまで一緒にいるんだろう。冒険者街に入ってからもしばらく同じ方向を進んでいる。

 隊長さんと待ち合わせしている東街区の宿屋までは、あと少しかかるはずだ。


 ……ここまで来ると、おっかなさよりも、疑問のほうが勝る。


「キーさんに、少しお聞きしたいのですが」

「ん。なんだい?」


 ダメもとで言うと、思いのほか普通な反応が返ってきた。

 この調子ならいけそうだと、私は意を決して彼に尋ねる。


「キーさんが私をよく思わない理由は、私が魔術使いだからですか?」

「──」


 横を向きながらそう言うと、目尻が切れ込んだキーさんの黄色い目が、きらりと光って見えた。

 街の通りを歩いているので立ち止まったりはできないけれど、凝視されているのがひしひしと伝わってくる。


 キーさんとこんなことを話そうと思ったのは、単なる思いつきだった。

 ペンションで一対一で向かい合うような状況だったら出来たか分からないけれど、今なら大丈夫。


 街のほどよい喧騒と、話し声。こうもざわざわとした場所だからこそ、臆せずに言えたんだと思う。


「はは、お嬢さんて、ぼくが思ってた感じと違った。はっきり聞いてくるとは思わなかったなぁ」

「私もそのつもりでした。今回は、こうして聞ける機会ができたので」

「へぇ、そう」

「……キーさん。私は月の宿の店主として、むやみやたらとお客様個人について深く知ろうとは思いません。快くお話いただくならまだしも、図々しく自分から聞き出すことは立場的に控えるべきだと考えてはいます」


 歩幅が少しずつ遅くなっていく。それでも同じ位置にキーさんが並んでいるということは、彼もスピードを落として、話を聞いてくれているということなんだろう。


「なので、ここからは店主ではなく、一人の人間として質問をさせてください」


 一呼吸置いて、周囲のざわめきに掻き消されないように、はっきりと。


「私のなにが、そこまで気を張らせてしまっているんですか?」


 



ありがとうございました!

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