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53. とある午後



 インターネットがなくても、人同士の口コミというのは馬鹿にならないんだなというのを、私はここ数日で実感した。


『オレンジ頭の女の子がここの宿のことを話していたんですけど……』


 開業当初よりもはるかに宿泊目的のお客様が訪れるようになった。

 その半分以上は他国から冒険者街目当ての方々なのだが、ペンションに来るお客様はみんな亜獣人である。


 オレンジ頭の女の子。その容姿で私がすぐ思いつく人物はひとりしかいない。

 つい先日……といってもかなり日が経ったけれど、このペンションを利用してくれた竜人の少女、ユウハさん。

 彼女は相棒のドラゴンと世界各地を巡っていて、その旅先でギルドなどに宿屋や飲食店の情報を伝えているらしい。

 この世界(アーツ)での口伝えというのは、本当に重要だ。その目で見た者が語るなら特に、信憑性は増すし、次の旅の参考にしやすいから。


 冒険者街を求めて多くの種族が集う一方、亜獣人たちの宿の確保は困難を極めている。

 亜獣人禁止の宿屋は利用できないし、北街区の亜獣人エリアだって数が増えれば収まりきれず溢れてしまう。

 旅先の疲れを癒すにしても、滞在する宿探しというのは本当に重大な案件なのだ。


 そのため、旅人同士の交流で情報交換をするのが一般的となっていた。

 ギルドに行けば、オススメ宿、オススメ食事処、などと冊子にして置いているところも増えている中、竜人であるユウハさんの情報は亜獣人からも頼りにされているらしい。

 亜獣人は匂いに敏感であるため、ユウハさんが竜人であると言わなくても分かってしまうのだ。


 結果としてなにが言いたいかというと、宿泊のお客様が増えました。それです。

 もちろん日によって変動はあるけれど、開いたときに比べると雲泥の差だった。



 今日も素泊まりで入った亜人のお客様二人と、獣人のお客様一人がチェックアウトされる。

 朝食を終えたコクランさんとグラン、そしてポンタさんは街へと出かけて行った。

 後片付けを済ませカノくんとシュカちゃんと一緒に少し遅めの朝食を摂り、業務の分担をする。そうこうしている間に時計の針は十時半を回っていた。


「店主さん、どうもお世話になりました」


 午前中の料金確認やら記録を記入していると、旅支度を整えた猫の獣人が二階の部屋から降りてくる。

 赤い毛並みの彼は、これから冒険者街に行くのだろう。灰色の外套を羽織り、長い猫の尻尾が隠れるようにしている。


「おはようございます、リックスさん。ゆっくりお寛ぎ頂けましたか?」

「はい。とても気持ちよく寝れました」

「それは良かったです」


 昨日は旅の疲れが前面に顔に出ていたけれど、一晩眠って疲れも取れたようで安心した。

 部屋のルームキーを受け取ると、リックスさんは私の顔を見てにっこりと笑顔を向けてくる。


「店主さん、ええと、ルナンさん」


 リックスさんは改めて私の名を呼んだ。

 どうしたのかと首を傾げると、彼は嬉しそうに口を開いた。


「獣人の私に親切にしてくれてありがとう。ここはとっても素敵な場所ですね」

「……いえ、そんな。旅の疲れが少しでも取れたのなら私としても本望です」


 亜獣人のお客様は、皆口を揃えて感謝の言葉を述べる。

 言われた私はと言うと、嬉しい気持ちが半分、複雑な気持ちが半分あった。自分としては当たり前の対応をしているだけなのに彼らにとってはそれが貴重で、ありがたいと感謝される。

 だから毎回、「亜獣人の(こんな)自分に」と前置きするお客様たちを見ると切なくなった。


「お気をつけて。またのお越しをお待ちしております」

「ありがとうございます。これから冒険者街も人がたくさん集まってくるだろうから、ルナンさんも頑張ってくださいね」


 外に出て他愛ない会話を挟みつつリックスさんを見送る。

 手を振ると、少し先を歩いている彼は振り返してくれた。木のアーチの影で後ろ姿が見えなくなる頃、私はそっと手をおろして、先ほどの会話を振り返る。


「……人がたくさん集まる?」


 どういうことだろう。



「あぁ、それ。夏の大市場祭(バザール)のこと言ってたんじゃない?」


 本日のチェックアウトがすべて完了し、館内の清掃があらかた終わったあと。

 日課である薬草園と菜園の手入れをしていると、同じく収穫を手伝ってくれていたカノくんが教えてくれた。


「夏のバザール……って、なにそれ?」

「そっか、ルナンは春のバザールのときはまだレリーレイクにいなかったんだ」


 カノくんは収穫バサミでキュウリを取りながら意外そうな顔をしている。


「バザールのときはね、船がいっぱい停まって、本当にお祭りみたいなの!」


 と、近くの落ち葉を掃いてくれていたシュカちゃんが楽しそうに口にした。


 大市場祭(バザール)……一年を通して各季節の訪れと共に開かれる大々的な貿易。その季節特有の品物が各国から集まるのはもちろん、それ以外にも珍しい品々が並ぶだけあって賑わっているらしい。

 期間はおよそ二週間ほどで、そろそろ街全体が夏のバザールに向けて準備に取り掛かるそうだ。


「北街区もその期間は特にお祭り騒ぎだよ。よそ者の出入りが何倍にもなるし、それだけお金が動くから。娼館も大忙しだった」

「へ、へぇ……」


 娼館での日々を思い出してどこか達観した様子のカノくん。かなり大変だったようだ。


「まあ、ギルド主催で闘技場が開かれたり、国の偉い人間も視察に来るからそれなりに盛り上がるよ。稀な装備品もここを狙って売り出したりする商人も多いし、ある意味稼ぎ時ってやつ」

「本当に凄いんだねぇ……あんまり想像つかないけど、人が集まるってことは、それだけ宿泊者も増えるんだよね」


 東街区の宿屋通りもさらにてんてこ舞いになるんだろうなぁ。

 ここは街の外れの森の中にあるペンションだし、どうなるのかは分からない。でも、人数が大幅に増えたときのために対策はとっておいたほうがいいよね。


 とはいえ、繁忙期は前の世界で何度も経験している。

 近くに観光地があったので、大型連休のときは満室でいつも忙しかったけれど、乗り切った日には心地よい疲労感と達成感があった。

 

「夏の大市場祭かぁ」


 街がどんな雰囲気になるか、少し気になる。

 時間が空いたら見物に行けるだろうか。



 ◆



「じゃあ、カノくんとシュカちゃん。少しの時間だけど、よろしくね」


 薬草園と菜園の手入れを終わらせた私は、外出用のローブを衣服の上からさっと纏う。

 二人には店番をお願いしながら、少し早めの休憩に入るように言った。いわゆる中抜けってやつだ。

 宿泊希望のお客様が来たらカノくんが対応できるようにはなったけれど、念のためにペンションの建物まで続く森の入り口には、魔女術で境界線を引いておくことにした。こうすれば私もすぐに帰れるから。


「師匠もお留守番よろしくね。あ、そうだ。昨日の夜に冷やしておいたスフレが保存庫に入ってるから、三人で食べてね」


 冷気を発生させる魔鉱石を埋め込んだ保存庫は、気温が上がってさらに重宝している。


「子どもじゃないんだから、おやつとかいいのに」


 カノくんがちょっと不満そうに口を尖らせて言った。でもふわふわの丸みを帯びた尻尾が左右に揺れている。素直じゃないなぁ。


「えへへ、ルナンさんの作ってくれたおやつ、シュカ大好き! 行ってらっしゃい!」


 シュカちゃんはぱぁっと花が咲いたように笑顔を浮かべて、見送ってくれた。


 今日はこれから冒険者街で約束があった。というのも、少し前にバードックスの件でサハグリトエの毒を譲ってくれた隊長さんに約束の魔術薬を届けに行くのだ。

 主に傷を治癒する魔術薬と、状態異常の回復薬を同じ数だけ調合した。あとは活力薬も五本ほど。

 隊長さんたちがしばらくギルドの依頼で街を離れていたから、魔術薬を渡すのがこんなに遅くなってしまった。

 

 大荷物ではないので、露天商時に使っている荷車の出番はない。

 ついでに冒険者街へ向かいながら森の入り口に設置したペンションの案内板を綺麗にしておこうと思いついた。

 傷まないようにニスは塗っているが、それでも外に立ててあるものなので汚れやすい。建物まで続く森の入り口の看板がさびれていると、やっぱりお客様目線では入りにくくなってしまうと思うので、二日に一度は磨いていた。


「……あ」


 外へ出ると、白い何かが目に付いた。

 ──キーさんだ。彼はこのペンションを拠点宿として利用している白狐の亜人である。

 隣には契約獣である白キツネのコンがいた。


 コクランさんとは違って隠すことなくさらけ出した立派な毛並みの白銀に輝く狐の尻尾が、風を受けてゆらゆらと揺れている。

 キーさんもこれから冒険者街に向かうようだったが、扉の開く音がしたため彼は足を止め、肩越しに振り返った。


「おはようございます、キーさん」


 私が挨拶をすると、キーさんはほんのり瞳を開いた。


『ルナンおはよ~』


 キーさんよりも早く挨拶を返したコンは、来た道を引き返して私の足元に寄ってきた。


「コンも、おはよう」

『ルナンもお出かけするの~? コンもだよ。キーちゃんとぼーけんしゃ街行くんだ~』


 コンは猫のようにすりすりと私が差し出した手のひらに擦り寄ってくる。

 ……あああ、可愛すぎる。はたから見たら「キュンキュン」って鳴いただけなのに、めちゃめちゃ言葉が詰まってて面白い。


「……おはよう、お嬢さん。きみもこれから出かけるの?」

「はい、冒険者街まで。知人と約束がありまして」


 私の言葉にキーさんは少し考えた素振りをする。

 コンの艶やかな毛並みを堪能しながらも、彼を前にすると無意識に構えている自分がいた。


 うーん。これはよくない。あからさまな態度になってしまうのも嫌だし。

 そう考えながらも、頭の中ではモヤモヤとしている。


 ……正直に言うと、私はキーさんに少しばかり苦手意識が付いてしまっていた。接客業でありながらこんなことを思っていたらよくないのは重々承知している。

 表には出さないように注意しているんだけどね、一度ついてしまった苦手意識を払拭させるのは難しい。こればっかりはどうしようもない。

 だからといって感情云々で業務を疎かにはしないつもりだ。私の気持ちの問題なので、仕事中は頭の中から私情すべて追い出して対応している。


 うん、大丈夫。頭を空っぽにして。いつも通りいつも通り。


「キーさんもこれから冒険者街に向かわれるんですか?」

「そうだよ。……んー、向かう場所は同じだし、途中まで一緒に行こうか」

「あ、そうですね。──え?」

「ん?」


 わずかに首を傾けたキーさんは、私を見据えている。

 一緒に行こうかって言った?

 キーさんが?


『いいね~、ルナン行こ~』


 手首にするりとコンの尻尾が巻きついた。

 どうやら空耳ではないらしい。


「……い」

「ん? なに、お嬢さん」

「いえ。そうですね、それでは、途中、まで」


 上手い返しが咄嗟に出てこず、私はキーさんの隣に並んだ。言葉が突っかかりすぎて恥ずかしいんだけど。


「……」


 長身のキーさんを少し見上げる形で横から盗み見るが、特に変わったところはなかった。


 うーん、よくわからない人だなぁ。




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