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52. 迎える季節


お久しぶりです。

二章が始まります!

よろしくお願いします!



 パンが焼ける香ばしい匂いがただよう食堂に、眩しい陽の光が射しこんだ。

 朝食の準備に取り掛かっていれば、キィ、と扉がゆっくり開かれる。

 時刻は朝の七時。このペンション『月の宿』を拠点宿(ホーム)としている滞在中のお客様が姿を現した。


「おはようございます。コクランさん、グラン」


 黒い毛並みの亜人──コクランさん。そして彼の契約獣である、黒いライオン(黒獅子)のグランである。


「おはよう、店主」

『ルナンおはよー』


 小型化したグランは一目散に私の足元へ駆け寄ってきた。

 ぱたぱたと尻尾を振りながら、前足をあげてアピールしている。へへへ、朝からすでに可愛い。


「……」

「っ、すみません、失礼しました」


 視線を感じてコクランさんを見ると、柔らかい表情でこちらを見ていた。

 ダラしない顔を晒してしまったようだ。コクランさんが遠慮げに笑っている。


 全身を覆うローブを身につけたコクランさんは、すでに準備万端の様子だった。いつも通り朝食を摂り終えたら付近の島々に足を運ぶのだろう。


「本日の朝食の卵料理は、ふわふわのオムレツをご用意します。お口に合えばいいんですけど」

「あぁ、楽しみだ」


 そう短く答えたコクランさんの耳が左右にひょこひょこ動いていた。あまり多くを語らないお客様だけれど、結構分かりやすい。


 初めの頃はフードを取ることすら躊躇していたコクランさんだが、ここ最近は人間である私の前でも獣の耳を見せることに慣れてきたらしい。

 ローブは頑なに取らないけれど、それでも進歩であった。


「カノくん、コクランさんとグランが来たから──」


 厨房にいるカノくんに弱火で温めていたスープを用意してもらおうと声をかけたが……そこにはすでに器に移されたミネストローネが置いてあった。


「はい、出来てるよ。仕上げはこれで大丈夫?」


 注がれたミネストローネには、粗挽きの黒胡椒と、細かく刻んだパセリがまぶしてある。

 

「うん、色合いもちょうどいい感じ。カノくん覚えが早いね! さすが!」

「うっ、今そういうのいいから、早く持って行って! 冷めちゃうじゃん」


 照れを隠したカノくんは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 とはいえ、お世辞抜きで本当に様になってきたと思う。カノくんはペンションで働き始めてからまだ日が浅いけれど、調理補助の覚えも早く、気配りもできていた。

 娼館で下働きをしていた経験もしっかり身になっているのかもしれない。相手が何を求め、どう動いて欲しいのか察知する力に長けているようだった。


「頑張っているようだな」


 ミネストローネを運ぶと、コクランさんがふっと笑みを浮かべた。

 厨房での私とカノくんの話し声が聞こえていたのだろう。少しだけ微笑ましそうに、コクランさんは厨房に視線を送っていた。


「ええ、本当に。カノくん、本当に頑張ってくれてるんですよ。もう大助かりです。それに妹のシュカちゃんも──」

「ルナンさん、水やり終わりました!」


 噂をすればなんとやら。

 食堂の扉を開けて入ってきたシュカちゃんは、明るい顔をしてこちらに近寄って来る。


「あ、コクランお兄さん、グラン! おはようございます」


 慌ててぺこりと頭を下げたシュカちゃんに、コクランさんは「おはよう」と優しく声をかけた。

 食事を摂っていたグランも顔を上げ「きゃん!」と小さく吠える。


「外の水やりありがとう、シュカちゃん」

「えへへ」


 ここで働き始めてから、シュカちゃんは驚くほどしっかりとした子に成長している。

 自分にできる範囲の仕事を丁寧にこなして、カノくん同様に覚えが早かった。

 お給料が発生する仕事という役目があるおかげで、責任感が芽生え始めたのかもしれない。


「くぁ〜おはようございます……」

「あ、ポンタさん。おはようございます」


 次に食堂に入って来たのは、狸の獣人ポンタさんだった。

 丸々と張ったお腹に、オシャレで被っているという頭の緑の葉っぱがチャームポイントの彼は、一ヶ月間の長期滞在予定のお客様である。


「すぐに朝食のご用意をしますので、お席でお待ちください」

「はいー。やや、コクランさんもおはようっス」

「ああ、おはよう」

「きゃんきゃん!」

「はいはいグランもっスねー。おはようおはよう」


 まだ眠たい様子のポンタさんは、むにゃむにゃと口を動かしながら近くの椅子に腰を下ろした。


「シュカ、カノお兄ちゃんにスープ頼んでくるっ」

「うん、ありがとうシュカちゃん」


 私が言う前に行動に移したシュカちゃん。

 お冷を置いて、料理を運んで、もう頼もしすぎて感動。

 とはいえ、私も今日の朝の目玉であるオムレツを作らないとね。


 厨房に入り、小さめのフライパンを手に取った私は、火をつけてあらかじめ準備していた材料を手元に寄せた。

 オムレツの材料はシンプルに、卵、牛乳、バター、塩となっている。

 どれも物価は高いけれど、この間の市場で安く大量買いができた。

 フライパンが温まってきたらバターを投入し、その直後に牛乳と塩を混ぜて溶いた卵を入れる。綺麗な黄色のふわふわ半熟オムレツはスピードが命。モタモタしているとすぐに焦げ目がついてしまうので加減が必要だ。

 熱しながら素早く卵をかき混ぜ、火が通ったらフライパンを傾けて形を徐々に整えていく。

 トントン、トントン、と軽く揺らし、その流れのまま綺麗に焼けた状態で皿に移した。


「うん。綺麗にできたかな」


 外側はしっかりと焼けているのに、中身は良いとろとろ具合に仕上がった。近ごろ気温が高くなって暑いので、さっぱりめのソースを添えて、完成。


「シュカ、持って行く!」


 横にスタンバイしていたシュカちゃんが、素早く一皿目のオムレツを運んでくれた。

 さて、ポンタさんの分も作らないと。


 他の料理はすでに出来上がっていたので、私がオムレツを作っている間はカノくんとシュカちゃんに配膳を任せた。まあ、オムレツってあっという間に出来ちゃうけどね。

 働く人の数が潤っていると、ちょっとしたところで余裕が生まれるからありがたい。


「ルナン、戻ったぞ」

「お帰りなさい、師匠」


 二皿目のオムレツが出来上がったところで、厨房の裏口から散歩に出ていた師匠が帰って来た。

 ちなみに衛生面を考慮して、よく森に散歩へ行く師匠には浄化の術をかけてある。

 この浄化の術が本当に便利で、浴場の掃除や、客室の見えにくい毛や埃を一掃してくれるのでいつも助かっていた。


「あ、師匠だ。キュウリそこに用意したから」


 配膳から戻ってきたカノくんが師匠にそう言う。


「うむ、よろしい」

「うわぁ、ほんっと偉そう」


 顔を引き攣らせながら、カノくんは師匠の前にキュウリが入った器を置いた。

 カノくんも私と同じく、すっかりキュウリ係が板についてきたようだ。

 なんだかんだ良好な関係を築いているようで嬉しい。


「うーん。それにしても……」


 本日の朝食メニューをすべて配膳し終え、私は一息ついた。二人がいるから仕事のスピードが格段に上がっている。

 カノくんとシュカちゃんが従業員になってくれて、本当に良かったと思う今日この頃。


「最近は本当に暑くなってきたね、師匠」


 私はキュウリを頬張る師匠にそう声をかけた。


 村を離れ、この土地にペンションを開いてから数ヶ月が経過している。

 そんな冒険者が集う街『レリーレイク』は、季節が移り変わり、夏本番を迎えようとしていた。



 



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