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ペンション「月の宿」のお客さん sideカノ



 日の出とともに起きる朝はやっぱり気持ちがいい。

 ここ数年は昼夜真逆の生活をしていたから余計にそう思う。


「う〜ん……」


 反対側の壁に寄せて置かれたベッドでは、いまだ夢の中にいるシュカが寝返りを打っていた。


 気持ち良さそうに眠っている姿にほっとする。

 起こすには早いので、オレはそっと身支度を整えて部屋を出た。


「あ、カノくん。おはよう」

「おはよ、ルナン」


 食堂に入ると、厨房からルナンが顔を出す。

 こんなふうに朝の挨拶をされるのにも、やっと慣れてきた。


 ――オレの名前は、カノ。

 もとは北街区の娼館で下働きしてたけど、ひと騒動あって魔女が開く『月の宿』という場所で、妹のシュカと一緒にお世話になっている。


 魔女の名前はルナン。魔女は魔女でも、黒魔女っていう特殊な魔女なんだって。その話しはルナンの使い魔であり、師匠だという黒猫からされたんだけど。名前も「師匠」だったり、使い魔なのにルナンとは師弟関係だったり、いろいろと変わってるなって思う。


 でも、やっぱりいちばん変わってるのは、ルナン本人だ。


 世間では血筋が途絶えて絶滅したとされている魔女が、こんな森の中にいるなんて。公に知られたらレリーレイクどころか、国中が大騒ぎになること間違いない。


 街中じゃなくても客商売をするならバレる可能性は絶対にあるのに、そうまでしてやりたい「ペンション」っていうのは、ルナンにとって特別なものなんだろうな。


 ルナンはオレとシュカの恩人だ。

 魔女でも人間でもそれは変わらないし、ルナンがお人好しな性格なのも薄々わかってきた。


 しかも亜獣人にすごく好意的で、オレやシュカの耳が反応するたびにそわそわしてるのにも気づいてる。


 けど、そんなルナンを周りはどう感じているんだろう。


 嫌な話だけど、亜獣人が疎まれてばかりの世の中で、亜獣人でも大歓迎だと言っているルナンはかなり珍しい。


 だからこそ、いま滞在中の二人がどんな印象をもっているのか気になった。

 

「……店主がどんな人間か?」

「うん」


 気になったので、冒険者街から帰ってきたコクランさんを呼び止めて聞いてみることにした。

 コクランさんは驚いたように目を見開いて、それから困ったように笑う。


「……正直、よくわからないな」


 こう言ってはいるけど、表情は明るいというか、少なくとも信用しているような感じがした。


『ルナンはね、いつもおれのこと撫でてくれて、ご飯もおいしいよ』


 コクランさんのそばにいた契約獣のグランが「ガウガウ」と鳴いた。言葉が分からないオレの代わりに、コクランさんは通訳をしてくれる。


「……グランも店主を良く思っているようだ。とくに彼女が作る料理を気に入っていると言っている」

「そうなんだ」


 グラン"も"ということは、コクランさんもそうなんだろうけど。

 たしかにここまで種族関係なく親身に接してくれる宿はほかにないし、裏がないとわかれば誰だって重宝したくなる場所だと思う。


「よくわからないとは言ったが……店主ほど亜獣人や契約獣に好意的な人間を見たことがない。グランやコンを前にしたときの考えはある程度察せるようになったな」


 コクランさんはほのかに口元を緩めて思い出し笑いをしていた。


 ルナンは平常心を保って接するように心がけているけど、たしかにグランやコンに触れているときは感情がほとんどだだ漏れだ。


 ……でも、なんとなくわかった。コクランさんはルナンが魔女だということを知らないし、ルナンがなにか隠し事をしているのには察しているけど、それでもルナンを信じようとしているということが。

 

「あ、キーさん。おかえり」


 夜の九時を回り、屋外のランプの灯りを弱めていると、冒険者街から帰ってきたキーさんと鉢合わせた。


「やあ、カノくん。仕事ぶりが様になってきたねぇ」


 ここで働くことになって改めて挨拶をしたときから、キーさんは社交的に接してくれる人だった。でも、なんていうか……ルナンを前にしているときのこの人は、つい最近までのオレみたいに強ばっているときがある。


「それに、お嬢さんともうまくやれているみたいだ」

「うん。仕事も丁寧に教えてくれるし、娼館のときとは待遇が全然違うよ。ルナンには本当に感謝してるんだ」

「へえ、そう」


 軽く相づちを打つキーさんは、それから「頑張ってね。同じ亜人同士、応援しているから」と言って建物内に入っていった。


 今日はコンを連れて出かけていないみたい。すれ違い間際、かすかにしたのは娼館で嗅いでいた甘い香の匂いだった。


 どうやらキーさんはいろんな場所に行って情報収集をしているみたい。それが仕事でもあるのか、よく娼館にも出入りしているようだ。この時間に帰ってきているので、深く利用はせずに会話程度で切り上げているんだろうけど。


「……悪い人では、ないんだけどな」


 ただ、ルナンのことを怪しんでいそうだなってだけで。


 亜人のオレからするとキーさんが疑心的になるのも理解できる。


 北街区でも亜獣人の人身売買の噂は聞いていたし、こんな街はずれにある良心的な宿に最初から疑いなく入る人は少ない。自己防衛のためにも、ある程度は警戒しておかないと痛い目に遭うのこっちだからだ。


 ルナンにいくら気を張ったところで意味がないのはわかっている。ルナンがこの街はずれで宿を開いたのは、予算の関係と自分の正体を隠すのに都合がいいからで、たぶんキーさんが考えているような物騒なことにはならない。


 でも、それはオレがルナンに助けられて「魔女」だと知ったから考えられることで、この事実を隠している以上は付きまとってしまう問題なんだと思う。


 ……なんというか、ルナンって訳ありなお客さんを引き寄せやすいのかな。


 シュカに聞いたけど、この前まで泊まっていたお客さんも竜人だったっていうし、コクランさんやキーさんも普通の亜人とはちょっと違う気がする。


 魔女がそういう体質なのか、ルナンが厄介事に巻き込まれやすい星のもとに生まれたのか、それはわからないけど。


 オレも厄介事を持ち込んだ末に従業員になった身だ。


 これからもきっと個性的で厄介なお客さんが来ることもあるだろう。


 魔女の――黒魔女が開くペンションなんだから、従業員のオレもそれぐらいの覚悟はしておかないと。


 

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