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5. 亜人のお客様





 最低限に灯されたロビーの明かりだけでは、入って来た人の姿を詳しく確認することは叶わなかったが、かなりの高身長であることと、その体格から男性という予測は付いた。

 全身を真っ黒なローブで包み、何かがぎゅうぎゅうに詰め込まれた麻袋が手に握られていること以外、その男の格好はあまりにも軽装である。少なくとも、これまで見てきた冒険者よりは格段に。この人が冒険者かどうかはわからないけれど。


「っい、らっしゃいませ、こんばんは」


 驚いてフリーズした頭をたたき起こし、出迎えの言葉をかける。ちょっと声が裏返ったかも。


「……外の」

「はい」

「外の看板を見た。……迷惑は承知のうえで頼みたい。部屋を貸していただけないだろうか」


 はっきりとした聞き取りやすい男の声。宿泊希望のお客様だったことに心底私は安堵する。

 全身黒ずくめだから少し警戒していたのかもしれないが、大変失礼なことをしてしまった。そもそも相手の姿がよく見えないのは私が明かりを消したからだろうに。

 そして素泊まり受付の時刻がほんのわずかに過ぎてしまっているからか、男の声はどこか遠慮がちである。


「この大雨では大変だったでしょう。大したおもてなしはできませんが、どうぞ今夜はゆっくりと体をお休めください」


 大雨というか、なんだか台風になってきてません?

 強風で窓ガラスは嫌な音を立てているし、気のせいじゃなければ雷まで聞こえるような。

 こんな天気じゃ外を歩くのも大変そうだ。一歩出たら一瞬でびしょ濡れだろう。


「……」


 ……びしょ濡れって、この人ものすごく濡れてる! こんな雨の中やって来たんだからずぶ濡れになるに決まってるじゃん!

 私はカウンターの引き出しからタオルを何枚か取り出し慌てて男の方へと近寄った。

 うわ、近づくとさらに背の高さが際立つな。


「ずぶ濡れでは風邪を引いてしまいますから、どうぞこちらをお使いください。足りなかったらまた持ってきますので……って、あの? どうされました?」


 私は目の前の男の様子に素っ頓狂な声を出してしまった。

 どういうわけか、彼は後ずさりをしている。


「いや、その……あまり俺に近寄らないほうがいい」

「はあ」

「……すまない、まず始めに確認を取るのが先だった」

「けれど、濡れていますし……」

「っ! 頼む、待ってくれ」


 私が近寄ろうとすると、男は一歩後ろに下がる。

 手を前にして制止するように、私が近寄ることを頑なに拒んでいるようだった。

 もしかして、パーソナルスペースというやつだろうか。距離感が近すぎて不愉快に思われたとか。

 それにしては過剰反応過ぎる気がしないでもない。

 ちなみにラウンジのハンモックで身を丸めた師匠は我関せずと動かないが、聞き耳は立てているようである。


「……すまないが、こちらの宿主に確認を願いたい」

「確認ですか」


 どうやらこの人は私が宿屋のオーナーだと初めから思っていなかったようだ。夜勤担当のバイトだと勘違いしたのかもしれない。

 けれど、わざわざ宿主に確認を取らなければいけないことってなんだろう。

 えっと、安全な人ですよね、お客様?


「失礼ですが、確認とはなんでしょうか」

「それは――」


 男が口を開いた途端、凄まじい轟音と、眩しい光、そして吹き飛ばされそうな突風が私の体を襲ってきた。

 目が眩んでしまい反射的に保護の術を自分に掛けようとしたが、落ち着いて確認するとその必要がないことはすぐにわかった。


 キィキィと軋んだ音を立てる扉が、前後にゆらゆらと激しく動いている。ただ扉が開いてしまっただけだったのだ。

 おそらくお客様がしっかりと閉めていなかったのだろう。だから外の突風が入り込んできて、そのタイミングで雷が鳴ったんだろう。

 あぁもう! 本当にびっくりした!

 

「お客様、大丈夫ですか? 強い風で驚きました……ね……」


 雷の光は消え、またぼんやりとした明るさで男を照らすロビーの照明。

 入り口の扉を閉めながら、横に移動した男に視線を向けた私は、あ、と思わず口から声をこぼした。

 瞬きを繰り返しながら、私は目の前に佇む男をじっと凝視する。


 ひょこひょこと。

 左右対称に頭にくっついている――ほんのり丸みを帯びた三角形の立派なお耳が動いている。

 薄暗い室内でも見失わないさらさらの黒髪と、銀色にも薄水色も見えるキレ長の目の縁に収まった瞳。


 綺麗に整った顔から、徐々に視線を下へ落としていくと――これまた立派でふわふわと柔らかそうな長い尻尾がこんにちは。心なしか毛が逆立っているのは先ほどの大きな雷鳴のせいだろう。


 扉から舞い込んできた突風により顔を隠していたフードが外れ、ローブの裾口がめくれ上がってしまったんだ。扉を閉めて風は収まったが、私はめくれた瞬間に見えた尻尾を見逃さなかった。


「……っ!」


 しまったという仕草でフードを深くかぶり直した男だが、色々と手遅れである。もう私は見てしまったのだ、心躍らせる素晴らしい毛並みを。


 このお客様は、亜人だ。



 

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