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49. またのお越しを心より



 カノくんが目覚めたことにより、シュカちゃんはより一層に元気を取り戻したように見えた。


 兄妹の間には、今も苦しめるトラウマのようなものがあって、完全には癒えていない。

 私も深くは聞いていなかったけれど、シュカちゃんの話によると、自分の行動が原因で村の仲間や両親を失ってしまった。だからシュカちゃんは未だに後悔の念に駆られているようだった。

 それでも、今回のことでカノくんとシュカちゃんの間にあったわだかまりが、少しはなくなったのではないかと思う。

 お互い顔を見合わせ笑い合う姿を見れば、むしろそうであって欲しいと願わずにはいられない。

 でも、もともと二人とも兄妹想いだったからね。お互いのために魔術薬を求めたり、カノくんは目覚めた瞬間にシュカちゃんを気にかけていたし。あまり心配はいらないのかもしれない。


 またカノくんは、娼館がクビになっていたことには驚いていたけれど、どこか安堵したようにも窺えた。

 それを機に従業員として勧誘はしたけれど、返答を訊くのはカノくんの体調が完全に治ってからにしようと思う。それまではゆっくり考えて欲しい。


 ここだけの話、シュカちゃんは結構乗り気である。

 ずっとカノくんだけ娼館で働かせていたことに罪悪感があったようで、自分にもできることがあるならばやりたいと、私に言っていた。

 そりゃ確かに、シュカちゃんの年齢で娼館は危ないもんね。カノくんも働かせる気はなかったようだし。

 ……そういえば、カノくんって何歳なんだろう? シュカちゃんは、トペくんと同い年らしいが。カノくんの年齢は聞いていなかった。

 見た目的に、十二歳とか? あとで教えてもらおう。


 カノくんが目覚めたことは、その日の夕食時に他の滞在客の方々にも伝えた。

 キーさんは、食事付きの滞在ではないため、食堂にいなかったので伝えられなかったけれど。食堂に遊びに来ていたユウハさんを含め、コクランさん、グラン、ヨッサンさん、トペくんは、その報せに喜んでいた。


「よかったなぁ、トペ。ここを離れる前に、良い報せが聞けて」

「うん、よかった」


 ほんのり寂しそうにしたトペくんに、私も気持ちが移りそうになった。


「そっか、そうだよね。明日で……」

「……うん」


 耳をしゅんと下げたトペくんは、私の言葉にこくりと頷く。

 ヨッサンさんと、トペくんの滞在日数は四日間。

 明日の朝、チェックアウトとなっている二人は、次の目的地へと旅に出る。

 ……お別れの日だった。



 ◆



「カノおにいちゃん、早く元気になってね」

「ありがと、トペ。バードックスのときも、街で会ったときも。それから、シュカとも仲良くしてくれてたんだよね、本当にありがとう」


 クマ商人親子のチェックアウト日。

 出発前の挨拶にと、トペくんは律儀にカノくんのもとへ訪れていた。

 基本はお客様が旧館に立ち入ることはないけれど、こんな日ぐらいはと、私はトペくんを旧館の部屋に案内したのだ。

 先ほどまでヨッサンさんも一緒にいたけれど、彼は一足先に外へ出て荷物をまとめていた。


 ベッドで安静のカノくんとも別れの挨拶を済ませ、私はシュカちゃんと共に、二人を見送るべく建物の外へと出た。


「なんだかあっという間だったなぁ。こうも良くしてくれた場所は、本当に初めてで……娘さん、お世話になりやした」

「こちらこそ、ありがとうございます。初めて泊まっていただいた獣人のお客様が、ヨッサンさんとトペくんで嬉しいです」


 荷物はすでに揃っている。

 前の人生でもそうだったけれど、仲良くなったお客様とのお別れのときは、なんだか感傷的になってしまう。

 車や電車で気軽に移動できる地球とは違い、本当に最後かもしれないこの世界ならなおのこと……心がぽっかりと空いたような寂しさを感じた。


「いろいろと至らない点もあったと思いますが、この宿を選んで頂きまして、本当にありがとうございます」

「ルナンおねえちゃん」


 深くお辞儀をすると、トペくんが私の目の前までやって来て名前を呼んだ。

 顔を上げれば、少し照れくさそうな顔をしたトペくんが、両手にピンと広げた羊皮紙を持って立っていた。

 なにか、絵が描かれている。


「……トペくん、これは、」

「あのね、ルナンおねえちゃん。いっぱいいっぱい、ありがとう。ごはんも美味しくて、お風呂もあったかくて、ユウハおねえちゃんと遊んでくれて、ありがとう。それとね、シュカと、カノおにいちゃんを助けてくれてありがとう」


 あ、これ。結構まずい。

 鼻の奥がツンと痛くなるのを感じつつ、私はトペくんが差し出した羊皮紙に触れる。そこに描かれていたのは──


「ブーンって、してくれてありがとう、おねえちゃん!」


 子グマのとびきりの笑顔は、初めてペンションの扉をくぐり訪れたときのあの子とは、まるで別人のようで。

 羊皮紙には、あの日の夜の絵が描かれていた。ミックスジュースで酔っ払い寝落ちしたヨッサンさん、それを浮遊させた私と、トペくん。

 羨ましそうにしていたトペくんを同じように浮かせると、それは嬉しそうにトペくんは笑っていた。思えばあれが心を開くきっかけだったように思える。


「あぁ、そうかトペ。前に夜ふかししてたのは、これを描くためだったんだなぁ」


 そういえば、トペくんとユウハさんと街へ出かけた日。トペくんはかなり遅くに起きてきた気がする。

 そっか、この絵を描いてくれてたんだね。


「ありがとう、トペくん。この絵、大切にするね」

「へへ……あのね、おねえちゃん」


 トペくんは、もじもじとしながら、私を上目に見つめると、小さなおねだりをした。


「最後にね、またブーンって、して欲しい」

「……っ、もちろん!」


 私は気が済むまでトペくんに空中遊泳を楽しんでもらった。


「シュカちゃんも、飛ぼっか」

「へ? わわわ! わー!」


 瞳をきらきらと輝かせていたシュカちゃんも一緒に、こうして旅先で仲良くなった子ども同士で最後に遊ぶのは、良い思い出になるだろう。


「いやぁ、本当に……娘さんには、感謝してもし切れませんねぇ」

「いえ、私はそんな」

「謙遜しないでくだせい。トペのあの嘘のない楽しそうな顔、本当に久しぶりなんです。ここに来て、トペは変わりやした。あっしはそれが嬉しいんです」

「……ヨッサンさん」

「きっと、ここで過ごした時間は、トペにとって大切な思い出になるでしょうなぁ。それを作ってくれたのは、他の誰でもない娘さんです」


 トペくんとシュカちゃんがはしゃぎ合っているのを眺めながら、ヨッサンさんは何度も私にお礼を言っていた。

 父親として、息子の成長が嬉しくて仕方がない。そんな思いがひしひしと伝わってくる。


「こちらこそ、本当にありがとうございます」


 感謝されっぱなしだが、お礼を言いたい気持ちは私も同じであった。

 宿を提供する立場にいる私だけれど、泊まりに来るお客様には、いつも多くのものを与えてもらっている気がする。

 だからこそ、宿泊業はやめられないのかもしれない。


「ユウハおねえちゃんにも、よろしくね。あと、コクランおにいちゃんと、グランと、猫も」


 ブーンという名の浮遊が終わると、興奮したままトペくんは次々に名前を言う。

 おそらく師匠は屋根の上で日向ぼっこをしながら、こちらの様子を見ているのだろう。


 いつの間にかトペくんは、私がせっせとペンション業務をしている間に、ユウハさん以外とも交流をしていたようである。

 今ここにいないのは残念そうにしていたが、旅にこういった別れは付き物だと子どもながらに理解していた。


「あと、キーおにいちゃんと、コンも!」

「う、うん。わかったよ」

「……? おねえちゃん、キーおにいちゃんのこと、嫌い?」

「ええ!?」


 キーさんと聞いて、生返事になってしまった私をトペくんは見逃さなかった。

 こてんと首を傾げながらの無邪気な質問に声がうわずってしまう。


「そんなことないよ。本当に」


 嫌いとか、そんな感情論で考えたことはなかった。バードックスの件以来、彼はまたいつも通りの飄々とした振る舞いを保ち続けているし。

 

「……あのね、おねえちゃん」


 よっぽど私が困った顔をしていたのだろうか。トペくんはコソコソと、私に耳打ちしてきた。


「キーおにいちゃんってね、ご飯が食べられないんだって」

「……え?」


 トペくんは、続けてコソコソと話す。


「でも、ルナンおねえちゃんのご飯は美味しいから食べてみてって、言っておいたよ」

「……。ふふ、そっか。ありがとう」


 とりあえず、笑ってトペくんの頭を撫でる。

どうして別れ際にそんなことを教えてくれたのかはわからないが、トペくんが知って欲しそうにしていたので、素直に頷いて聞き入れておいた。


「じゃあ、トペ。そろそろ行くか」

「……うん!」


 名残惜しそうにしていたけれど、それでもトペくんの表情は明るい。

 私とシュカちゃんは、森の道を歩いて行く二人に手を振って見送った。


「ルナンおねえちゃん、ありがとうー。シュカもばいばい!」

「ばいばい、トペ!」


 シュカちゃんも両手をぶんぶんと振っていた。


 別れは何度経験しても寂しい。平等におもてなしはするけれど、思い入れのあるお客様だと、やっぱり一層に寂しくなる。

 それでも笑顔で見送るのが、私の務めだ。


「また、来るね!」

「うん、待ってるね。それまで、元気でね」


 これが最後の別れにならないことを信じて、手を振った。

 次に会うときは、あのサイズの合わない洋服もぴったりになっているだろうか。それとも、もう着られなくなっているのだろうか。

 うん、会える日までのお楽しみにしておこう。



「──またのお越しを、心よりお待ちしております」



 小さくなった後ろ姿にお辞儀をしたあと、私はそっと呟いた。




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