45. 黒魔女さんの解決方法 その10
2話投稿です!
『お、まえ……魔女、サマ、なのか?』
自分の髪の束を差し出した私に向かって、恐る恐る父バードックスが尋ねてきた。
「魔女さま?」
つい聞き返してしまった。だって態度があきらかに違いすぎるから。
カノくんを見ても同じ。私を凝視したまま完全に動きを止めてしまっている。
『う、嘘だろ……マジか、マジなのか。本当に魔女サマだと、魔女サマだって? オレ、なんて言ってたんだ……?』
ぶつぶつとその場で自問自答を始める。魔女だということをカミングアウトして、何かしらの反応があるとは予想していたけれど、これは考えていなかった。
威勢のいい声は弱々しく、威嚇で何度も羽ばたかせていた翼はしゅんと下げられていき、尻尾は丸めてお腹に触れる勢いである。
『いや、そんなはずねぇ……魔女サマなわけがねぇ!』
信じられないのか、信じたくないのか、父バードックスは焦り混じりの声をあげた。
『テメェ、嘘吐くなんていい度胸だな!?』
『うそじゃないよー』
──そこで、頭上から気が抜けそうな声音が聞こえてきた。
『その子さー、れっきとした魔女だからー。それより新顔の坊や、ちょっと森を騒がせすぎー』
パタパタパタと、軽い羽音が近づいてくる。
見上げると、月の光を背にしてこちらに降り立ってくる一羽の梟の姿があった。
「主さん!?」
ふわふわの毛を纏う、かなり丸っこいフォルムのフクロウは、紛うことなきこの森の主だった。
『やあやあー、魔女ルン。げんきー?』
主さんは「ポポッ」と可愛らしく鳴いて、私の頭の上に着地した。通常のフクロウよりも幾分小さめな主さんは、頭に居てもまったく違和感がない。それこそ羽根のように軽い。
「え、ぬ、主さん……どうしてここにいるんですか? たしか別の森で集会があったんじゃ」
『そだよ。でも、うちの子たちが呼びにきてくれたからね、もどってきた。主だからね』
主さんが現れたことによって、森全体の空気ががらりと変わった。
先ほどまで流れていた不穏な空気が払拭され、主さんを中心に穏やかな空間が出来つつある。
『で、そこの坊や。ボクと会うのは初でしょー。ボクがこの森の主だから、よろー』
『あんたが、主さまなのか?』
『うんうん、それでー、魔女ルンは正真正銘の生き残り魔女だからね』
主さんは私の頭を「ポッポッ」と鳴きながら跳ねている。
後ろにいるカノくんには、この状況がどう映っているだろうか。
普通の動物たちと違い、森の主というのは特別な存在だ。
主となる動物は、森の大樹より魔力を分け与えられ、大樹に代わり親となる。その瞬間から森の生き物たちは、主となった動物を神聖な生き物として敬うのだ。
特別な存在の主は、通常の動物とは違い、人間にも自分の思いを伝えることができる。つまりはバードックスと同じで、主さんの言葉はカノくんにも理解できていた。
『子を傷つけられて怒れるのはりっぱだよねー。だーけーどー、ほかの子たちを怖がらせたらだめー』
パタパタと頭から飛び立った主さんは、父バードックスの周辺を浮遊している。
主さんに諭され、父バードックスは完全に正気に戻ったようで、耳をへにゃりと曲げていた。
『まー、あとは奥さんとはなしてちょーだい。なんかすごいおこってるからー』
『……なにっ』
主さんの言葉に恐怖に染まった顔をした父バードックス。
赤子が産まれたバードックスは、母親が狩りに、父親が子育てと役割がわかれている。奥さんとは……つまり。
『いやー、ほんとーに偶然、集会の森で会ったんだー。はなしをきいて、一緒にかえってきたよ』
『ど、どこに……!!』
慌てて父バードックスが尋ねた瞬間──ヒュッと横を吹き抜けた風とともに、その大きな図体は、跡形もなく姿を消した。
「……え。え?」
足元にいたジュニアちゃんは、そこにいる。だが、父バードックスの姿だけがない。
どういうこと? なにが起きたの?
その場で起こった現象に目を疑っていると、今いる位置から遠目に確認できる大岩に衝撃音が轟いた。
『──あなた! なんてことしてるのよ!』
『ギャン!』
ようやく土煙の奥で、大岩に体を叩きつけられている父バードックスの姿を発見した。
近くにはもう一匹、似たような姿形の生き物が佇んでいる。
きっとあれが、母親のバードックスだ。絶対にそう。あなたって言ってたもん。
『わたしがいない間に! こんなに騒がせて!!』
『へぶっ』
突然現れた母バードックスは、自分の尻尾を器用に使って父バードックスを殴り倒している。
怖い。大きな魔獣の夫婦喧嘩とか、地響き起こしているし、かなり怖い。
『いたっ、いてぇ! しょうがねぇだろっ、ジュニアが怪我してっ』
『……ハッ、そうよ! ジュニア!』
母バードックスは、ぐるりと方向転換すると、うずくまっているジュニアちゃんの元へ走った。すなわち、こちらに近づいて来ている。凄まじい迫力だ。
『ジュニア、ジュニア。ママよ』
「きゅい、きゅうう……」
『よしよし。パパが怒りっぱなしで怖かったでしょう。怪我をしたのは、ここね。よく頑張ったわね。偉いわ』
母バードックスは、ジュニアちゃんの身体を優しく舐めた。母親に甘えた声を出すジュニアちゃんは、安心したのか、母バードックスにすり寄っている。
「えっと……」
置いてけぼりをくらっている私は、切った自分の髪の毛を見つめ、ふと思う。
──これ、もう必要ないんじゃない?
魔女の肉体の一部です、とか言って渡そうとしたけど、もういらない流れじゃないのこれ。なにそれ、自分の髪の毛を握りしめて私ってば何してるんだろう。
『よっこいせー』
悶々とした思いで立ち尽くしていると、再び主さんが私の頭の上に乗ってきた。
そうだ、主さんにお礼を言わないと。
「主さん、ありがとうございます。集会なのに戻って来てくれて」
『どういたしましてー。魔女ルンにも怪我なくてよかったよかった。あっちの主から、どうぞ魔女ルンをよろしくって言われてきたからねー』
「あっちの主って、どういうことですか?」
『鹿っちだよ。魔女ルンがまえに住んでた村の森のー。集会の場所、そこだったからー』
私が生まれた村の森の主は、鹿だった。立派な角を生やした温和で優しく、かなり長生きの鹿さん。
今回の集会、まさかそんなに遠くまで行っているとは思わなかった。主さんはともかく、呼びに飛んでいった鳥たちはヘトヘトだろう。
『みんな魔女ルンのことばっかり聞いてきてねー、元気にしてるか気にしてたー』
ちょっと、ジーンときた。
森のみんなは元気にやっているのだろうか。
「主さんから、みんなの話が聞けて嬉しいです。ペンションも開いたっていうのもありますけど、村にはなかなか近寄れないので」
旅立ちのとき、最後の手向けにと川を作ったはいいけど、その後どうなったのだろう。まあ、私が知ったこっちゃないっていうのが素直な気持ちである。
森のことは気になるけれど、村に愛着があるかと問われれば「ノー」と答えてしまうくらいには、関心がない。
「……あ、そうだ! カノくん!」
怒涛の展開にすっかり頭から抜けていた。
今のうちに布鞄からカノくん用の魔術薬を取り出し、飲んでもらおうと彼のところへ急ぐ。
「カノくん?」
そばに寄って片膝をつき、目線を合わせる。私をぼうっと見返すカノくんは、心ここに在らずな様子でいた。
「カノくん、ちょっと! まだ毒は全身に回ってないよね!? カノくんしっかり!」
「…………あんた、魔女なの?」
ようやく瞬きをひとつ落としたカノくんは、ただただ瞠目している。
その真っ直ぐな瞳に、憎しみをはらんだ色は見当たらなかった。
「……うん、そう。魔女だよ。今、街で噂になってる魔女の生き残りは、私の双子の妹」
私は嘘偽りなく伝えた。公には隠しているが、こうなっては隠すほうが至難の業である。というか絶対に隠せないしね。
「これ、飲んでくれないかな。術で毒の回りは遅くなってるけど、もうぎりぎりなんだ」
「じ、術って、え、なん」
いまいち反応が薄いので、半ば強引に私は魔術薬の瓶の蓋を開けてカノくんに握らせる。
「はい。飲んで!」
その勢いのまま、ようやくカノくんは、魔術薬をこくこくと飲み始めた。
あんなに頑なな態度を取っていたのに……魔女という、人間以外というだけでこうも変わってくるのか。ついていけなくて流されているのもあると思うけれど。
「けほっ、ごほっ!」
すべてを飲み干したカノくんは、何度か咳き込んだ。そういえば、病みあがりなんだよね。もともと熱もあったのに、毒にやられて災難だな。
「あっ……」
魔術薬が効いてきたのだろう。カノくんの肩にかけてあった父バードックスの噛み傷が、徐々に薄くなっていった。
よかった。シュカちゃんにはちゃんと薬の効果は出ていたけれど、カノくんも同様に効果があったようだ。
「こんなに、効き目があるなんて……本当にあんた、ま、魔女……」
「うん、そう」
思わず苦笑いがこぼれた。そこまで信じられないのか。まあ、そうか。魔女となれば世界が揺れるらしいもんね。街で配られていた号外のリリアンの記事も凄かったし。
カノくんは気まずそうにしながら、私と目を合わせようとしなかった。私は魔女だが、魔女とは人間の括りになるのかで迷っているのかもしれない。
人間と言われれば私は人間である。亜獣人に種族があるように、私は言ってしまえばヒト科の魔女である。超ややこしい。
──とりあえず、魔女ったら魔女! うん、そう! 正直私も生まれてから今まで曖昧な区別で生きてきたから! ここまで人間として憎まれるのも初めてだったのでね!
「言いたいことは色々とあるだろうけど……それはペンションに戻ってから。今は……」
やらなければいけないことが、終わっていない。
私は、母バードックスとジュニアちゃんとの距離を縮めた。
そして、ひとつ声をかける。
「こんばんは、バードックスさん。はじめまして」
ジュニアちゃんの体を舐めていた母バードックスは、ふっと首をこちらに向けた。
『ああ、魔女様……! 挨拶が遅れてごめんなさい』
「いいえ。ご挨拶の前に、まずはその子の怪我を治しましょう。調合した魔術薬を持ってきているんです」
「きゅい…………きゅきゅ?」
母バードックスの足元に縮こまったジュニアちゃんは、自分のことを言われていると気がついたらしい。私のほうをじっと見つめ、次に起こす行動を待っているみたいだった。
もっと近くに寄っても大丈夫かと、母バードックスを見上げると、こくりと頷かれた。魔女効果半端ない。
「カノくん! まだ動くのが辛いかもしれないけど、ちょっと一緒に来て」
私はカノくんにそう言って、手招きをした。
「え!? なんで、そんなの……」
かなり躊躇している。さっきまで父バードックスの殺気を浴び続けていたのだから、腰が引けても仕方がない。
母バードックスの許可は頂いたし、父バードックスも今はおとなしく大岩の前に座って、私たちの様子を眺めていた。おそらく、母バードックスからぼっこぼこにされていたのでまだ動けないのだろう。
「カノくん。どうしてジュニアちゃんが、カノくんに飛びかかって来たと思う?」
おずおずと、私のところまで歩いて来たカノくんに、そう尋ねた。
「…………わからない」
申し訳なさそうに、ジュニアちゃんを見ながら答えたカノくん。今まで低い姿勢でいたから気がつかなかったけれど、カノくんの尻尾ってとんがりがあるんだ。モコモコしているけれど、先っぽがある。毛が多いハムスターの尻尾みたい。
その尻尾がしょん、と下向きになっているところを見ると、ジュニアちゃんを傷つけてしまって罪悪感にさいなまれているようだ。
「カノくん。ジュニアちゃんが飛びかかる前、なにをしていたんだっけ?」
「それは、薬草を刈ろうとして……シュカの熱が下がらないから、ちょっとでも抑える薬草を……あ、そうだ! シュカは!」
「シュカちゃんは大丈夫だから。魔術薬を飲ませて、今は眠ってる」
「なっ……そう、なんだ」
魔術薬の効果はカノくん自身が体験したので、そこはあまり疑ってはいないようだったが、安心はできていない様子である。
早くシュカちゃんの元に行きたいのだろう。足がそわそわと動いていた。
「シュカちゃんが心配なのはわかるよ。ただ、そのためには今ここでわだかまりを無くしておかないと」
「……うん」
「ありがとう。わかってくれて」
頷くカノくんに、私は話を再開した。
ありがとうございます。




