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43. 黒魔女さんの解決方法 その8

※途中で三人称。

視点変わります。



 必要な物を肩掛けの布鞄に詰め込み、なるべく音を立てないように旧館を出た。


「見られているな。いち、に……全部で三人か」


 抜き足差し足忍び足……と、中庭を通っていると、そばを歩いていた師匠がさり気なく口にした。

 中庭は本館の客室の窓から見ることができる。つまり、滞在中の誰かが窓から私たちをこっそり覗いているのだろう。


「どうしたい? ルナン」

「……誰かはだいたい予想がつくよ。森に入られたら危ないから、師匠は私が戻って来るまでここで見張っていてもらえる?」


 師匠はこくりと頷くと、中庭の入り口に設置された照明の上に飛び乗り、丸いおしりを埋めた。暗さも相まって遠目に見るとひとつのオブジェのようだ。


「ありがとう、師匠。行ってきます」

「明日の朝は、きゅうり三昧じゃな」

「そうだね。前菜からデザートまで全部作ろうか」

「わかっとらんな。きゅうりは生に限る」


 やれやれと師匠は頭を振った。きゅうりのことで修行不足だ、みたいな反応をされても困る。

 そんな会話を挟んだおかげか、わずかに緊張がほころんだ。


 中庭を出て、今度はしっかりと飛行用の箒を手に取る。

 客室からの視線には気がつかなかったけれど、念のために森に入ってから箒に跨った。

 箒の持ち手に添えた自分の手が、若干震えている。大丈夫だと言い聞かせていても、やっぱり怖いものは怖い。

 父バードックスさんはすっごい怒っていたし。

 こんなの虚勢でも張っていなければやってられない。

 

「……ふう。…………よし」


 地面を強く蹴り、浮遊する。

 魔術薬の瓶を詰めた布鞄を大切に抱え、私は住処へと急いだ。



 *꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙‬


 中庭を出て行ったルナンの姿を、コクランは心配そうに見つめていた。

 追いかけようとも思ったが、彼女の後ろを歩いていた黒猫と目が合う。その瞬間、なぜか体が動かなくなった。


「あれ、コクラン。やっぱり起きてたんだ」

「……お前もだろう」

「コンはぐっすりなんだけど、そっちも?」

「ああ、ここは寝やすいらしい」


 部屋を出ると、ちょうどキーと鉢合わせする。

 就寝時以外ほとんどローブを羽織っているコクランとは違い、さらに軽装となっているキーはふんわりと尻尾を動かした。

 それを視界の端に映したコクランは、ピクリと眉を動かす。


「キーは……よく耳も尻尾も隠さずにいられるな」

「ずっと旅装備なんて息苦しいしさ。それにぼくは、コクランより慣れてるつもりだしねぇ。……そういう、周りの嫌な視線に」


 コクランとキー……二人は、亜人の中でも特殊な環境下に置かれ生きてきた。

 幼少期の頃、コクランは痛みと隣り合わせの生活を余儀なくされていた。鞭で打たれ、暴言を吐かれ、食事はいつも砂利の混じったスープがほとんどである。

 

 キーは、そんな自分を苦しい環境から救い出してくれた者のひとりであった。

 彼とは付き合いも長いほうであるコクランだが、時が経っても謎多き人物であるのは変わりない。

 人一倍に人間……というよりも、女の魔術使いを避け、憎んでいるというのはコクランも察しがついていた。

 また、人前で食事をしたがらず、体格のわりにかなり少食であることも推測される。


「……キー」

「ん? どうかした?」


 コクランはふと思い返す。

 彼は初めて会ったときから、自分に親切だった。まるで兄のような人物だ。

 名も無き『王子』と呼ばれていた頃、自分すら知らなかった『コクラン』という名を呼んでくれたのも彼である。

 まるですべてを見透かしたように、飄々と生き、そして救い出してくれた者。


 ……だが、今回のことについて、コクランは少し見過ごせない思いであった。


「彼女に対して、なぜあんな言い方をしたんだ?」


 キーは、瞳をぱちくりと動かすと、卑屈な笑みを浮かべた。

 さわ、さわ、と。尻尾の先がわずかに動き始める。


「……ああ、お嬢さんのことか」

「今までのお前なら、無関心を装うか、上手くかわしていたはずだろう。なぜ、彼女に……店主にだけはあんな態度をとっているんだ」

「ずいぶんと肩を持つねえ、コクラン。快く滞在を受け入れてもらえて、もうほだされたのかい?」

「……からかうな」


 くすくすと小さく笑ったキーが纏う空気はどこまでも冷たい。これ以上、深く掘り下げては危険だと感じてしまうほどに。

 彼と縁のない者なら、ここですぐに引き下がっていただろう。

 しかし、コクランは違った。


「俺は、店主が今まで見てきた類の人間と全く同じだとは思わない。たしかになにか隠していることはあるようだが……」

「……」

「ただ、グランに対しても、俺に対しても、それに、キーにだって、彼女の誠意は常に真っ直ぐだ。今回だって──」

「はははっ、だから駄目なんだよ。危険なんだ、コクランは」


 コクランの言葉をわざとらしく遮り、お腹を抱えたキーは笑いだした。

 パタパタと動かした白い尻尾。これは完全に苛立ちの感情を表している。


「お嬢さんが素直なわけじゃない。きみが素直だからそう捉えられるんだよ、コクラン。この世界はそんなに甘くない。なにを考えているのか理解できない連中は山ほどいる。それこそ、善人の皮をかぶった凶悪者も。忘れたわけじゃないだろう?」

「それは……」


 鬼気迫るキーの様子に、コクランは口ごもった。顔は笑っているはずなのに、気配はあきらかにそうではない。


「……っと、いけないいけない。こんなことを言いたいんじゃない。コクランは、そのままでいいんだ。きみはこれからも、やりたいことをやって、自由に楽しく、明るいところで生きて欲しい」

「キー」

「それだけが、今のぼくの願い」


 そうして、吹っ掛けた話を切ってしまうのは、いつもキーだった。

 よくわからない、彼の願いとともに。

 

「どうしてそこまで、俺に――」

「それは秘密だよ。これくらい謎が多いほうが、男は好まれるって知ってる?」

「……」


 またそれか、とコクランは呆れた。もう何度となく聞いた躱すときの常套句である。


「だけど、これだけはわかっていて欲しい」

「……?」


 変わって真剣な眼差しをコクランに向けたあと、キーは廊下の窓から外を見る。

 忌々しそうに、けれどどこか懐かしそうに、空に浮かんだ青白い月を見上げた。


「痛い目を見るのは、いつだって信じていた側だ。騙す側は自分の利益しか見ていない。いつの時代も……それは変わらないね。だからコクラン、優しいきみには――ぼくのように、なって欲しくない。絶対に」


 理由(わけ)も話さず、ひとりよがりな願いだとは分かっている。

 それでも真実を話すには、まだ早い。


(打ち明けたとき、きみはぼくを恨んで、失望するかもしれない)


 そうだとしても、時が巡れば話すだろう。

 愚かであった、自分の過去を。


 あの女が受け入れてくれたことに感謝し、疑わず、信じてしまった、いつかの少年(自分)のことを。

 痛い目を見て死なせてしまった(死んだ)、過去の大馬鹿者のことを。


 これは罪滅ぼしなのだ。

 きみの大切な人たちを死なせてしまった。

 きみを大切にしていた人たちを死なせてしまった。

 コクランを、ひとりぼっちにさせる原因を作った。


 取り返しのつかない、過去のぼくが起こした、罪。



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