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42. 黒魔女さんの解決方法 その7



 あの後、隊長さんから無事(?)にサハグリトエの毒を譲り受けることができた。

 今は急を要すると隊長さんもわかっているのか、また後日、改めてペンションに顔を出すと言っていた。もうすでに胃が痛い。

 お越し下さった際には、騙していたことを詫びて深く頭を下げようと思う。もちろん、自分からサハグリトエの毒の代わりに、と提案したのだから魔術薬も作るつもりである。


 隣にいたユウハさんは、会話の流れで何となく事情を把握したようで、「ルナンさんもいろいろワケありなんだね」と、軽く労われてしまった。なんだろうあの察したような顔。


「ユウハさん。本当にありがとうございます、これで魔術薬も完成しそうです」

「お礼なんていいよ〜、あたしは付いて行っただけだからさ」

「……あの、」


 ペンションに戻った私は、入り口の前で足を止める。すると、ユウハさんも気づいて歩みを止めた。


「ルナンさん?」

「私が言うのもなんですが……ユウハさんは、どうしてそこまで私に協力的なんですか? 今回の件も、強引に私に任せて欲しいと言ってしまいましたが、普通なら信用できないと思うんです」


 ずっと引っかかっていたことだった。キーさんのときといい、彼女は大抵、私を庇護していた気がする。


「うーん、唐突だね〜。あたしはこの宿が気に入ったし、店主のルナンさんも素直に好きだなって思ったの。だから力になりたいって理由もあるんだけど、ねっ」

「わっ」


 するとユウハさんは、そっと私の手を両手で包み込むように握った。可愛らしい容姿の彼女は、笑うとまるで太陽の日差しのように温かい。

 いきなりの至近距離に、私は動けず固まっていた。


「今回のバードックスのことは──()()()()()()()、解決できると思うから。信じられるんだよ」

「え」

「それじゃあルナンさん、また何かあったら、いつでも声かけてねっ。今晩はずっと部屋にいるから〜」


 にっこりと微笑んだユウハさんは、一足先に建物の中へ姿を消して行った。


「……私なら、って」


 その言葉の意味を知るのは、数日後のことだった。


 

 ◆



「……とりあえず、完成、したかな」


 ユウハさんの言葉に後ろ髪を引かれる思いではあったが、自室に戻りなんとか4()()の魔術薬を作り終えることができた。


「どれどれ、ふむ、合格点とだけ言っておくかな」


 それぞれの瓶を覗き込んだ師匠が、まあよし、と首を縦に動かしている。上手くできているか心配だったから少し安心。ちなみに、満点は出たためしがない。

 

 まず、高熱でうなされているシュカちゃんに、瓶のうちの一本を手に取り飲ませることにした。

 熱病に効くとされる、透明の輝く緑青色の魔術薬。亜人であるシュカちゃんに、私の調合した魔術薬がどこまで効くのか、それが問題である。


「シュカちゃん、起こすね」

「…………ん、んん」

 

 小さな背中に手を回し、ゆっくりと体を起こす。だらりと根元から下がりっぱなしの耳が、反動で後ろに垂れてしまった。

 飲みやすいように口元へ瓶の飲み口を持っていき、少しずつ飲ませていく。

 

 徐々に、徐々に、強ばっていた表情が和らいでいった。

 唇の血色も良くなっている。しばらくすると、


「……おね、ちゃん?」


 ──うっすらと、シュカちゃんは目を開けた。ぼんやりとした視線が、ふわふわと宙をさまよっている。ビー玉のように丸くて赤い瞳に、目の前の私と、いつの間にか肩に乗った師匠を映して驚いているようだった。


「シュカちゃん、気分はどう?」

「……あ、あの、」

「私のことは憶えてるかな? ここは、私の部屋。それで──」


 キョロキョロと、動かせる範囲で視線を左右に動かすシュカちゃんは、だんだんと自分がどんな状況にいるのか理解していったようだった。


「あ! あの、あの! カノおにいちゃんが……!」

「ちょ、まだ寝ていないと駄目だよっ。いま、魔術薬を飲ませたばかりだから、身体(からだ)を安静にさせないと!」

「でも……」

「……大丈夫。お兄ちゃんは無事だったよ。でも、まだここにはいないの」


 不安そうにしたシュカちゃんを、どうにか落ち着かせる。カノくんの姿が見当たらないため、気が気じゃない様子だが、本調子じゃないので起き上がろうとしても力が出ないようだ。

 ただ、飲ませた魔術薬は効いているみたいだから、二、三日ほどおとなしく寝ていれば全回復すると思う。

 体内の病原菌は殺せても、体の気だるさなどは、しっかり寝ないとどうしようもない。一応それに応じた魔術薬もあるけれど、倦怠を治すにも薬に頼りすぎると抵抗力がなくなってしまう可能性もあるし。


「不安かもしれないけど、少しの間ここで休んでもらっててもいい? 今から、お兄ちゃんを迎えに行ってくるから」

「……あの、おねえちゃんは、」

「私は、ルナン。こっちの黒い猫は私の師匠……えーと、友達だよ」

「ほう、友とな。友か」


 師匠は妙ににやにやとした口ぶりで、耳元で言っている。

 うるさい。不服ですか、そうですか。だって今ここで師匠って言っても意味わからないでしょう。飼い猫って云うのもなんだし。


「……?」

「ああ、なんでもない。ごめんね」


 じろりと肩口にいる師匠を見ていると、シュカちゃんに不思議な顔をされてしまったので、笑って誤魔化した。


「急いでお兄ちゃんを迎えに行ってくるから、今はまだここでゆっくり眠ってて、シュカちゃん」


 私はシュカちゃんの額に手のひらを優しく乗せた。目元が隠れるかどうかまで覆い、じんわりと魔力を込める。

 一瞬、淡い光がシュカちゃんの体を包んだ。

 少しでも安らかな心地で眠れるよう、小さなおまじない程度の術を施したのだ。


「──あの。ルナン、さんは」

「ん?」

「こわい……人間(ヒト)、じゃない?」

「……それは、」


 シュカちゃんの額から手を退ける。

 すでに、すやすやと寝息を立て始めていた。


「……とりあえず」



 そろそろ頃合いだ。森にいるバードックスのところへ向かわないといけない。





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