41. 黒魔女さんの解決方法 その6
小料理屋『バネッサ』──美人女将が亭主とともに切り盛りする店内は、夕方になるといつも冒険者の客で溢れかえっている。
料理担当の亭主はどんなに混んでいようと厨房から顔を出さず、ある意味この店の不思議のひとつとして常連客は面白がっていた。
そこまで広い建物ではないので、女将のバネッサひとりでも十分に回るのだが、見る限りかなり繁盛しているように窺えた。
「いらっしゃい! あら、そっちの子は昨日も来てくれた子だね?」
「こんばんは〜、昨日はごちそうさまでした」
店内に入った私とユウハさんを笑顔で出迎えてくれた女将バネッサさんは、辺りを見回して眉尻を少し下げた。
「ごめんね、今ちょっと満席なのよ。外の立ち飲みテーブルなら空いてるんだけど、可愛い女の子ふたりをむさ苦しい男達の間に入れるのもね……」
その言葉に後ろから「ひでぇよバネッサちゃーん」と酔っ払いが合いの手を入れてきた。かなり出来上がっているようで。
「ごめんね女将さん。今日はちょっと人を探しに来たんだ〜。時間はそんなにかからないと思うから、いいかなぁ?」
「ああ、そうだったのね! いいとも、また今度いらっしゃい。そっちの子もね!」
「はい、ありがとうございます!」
ガヤガヤと騒がしい店内で、聞こえるよう大きめにバネッサさんにお礼を言った。厨房から出来上がった料理を運ぶバネッサさんの邪魔にならないよう壁に寄りながら、席に座る客の顔をひとりひとり遠目で確認していく。
「いないみたいですね」
「もう帰っちゃったのかな。ん〜、あの人が所属してる冒険者ギルドってどこだったかなぁ……」
簡単に見つかるとは思っていなかったけれど、小料理屋以外でパッと思いつくところが浮かんでこない。だからといってしらみ潰しに冒険者ギルドを渡り歩くのはあまりにも無謀だし、居るとも限らない。こうなれば開いている露店に駆け込んで新鮮なアカドクソウの液を売ってもらい……って、この時期に売ってるかなぁ、うーん。
「なんだぁお嬢ちゃんたち〜。可愛いねぇ〜オレと一緒に飲もうぜぇ」
次の手を考えていた私の肩に、近くに座っていた酔っ払いの男ががっちりと触れてきた。ああ、お客様、完全に出来上がっていますね。あしらい方は心得ていますが。
「すみません、いま少し急いでいて──」
「おいおい、入り口で女を引っかけるなよな。場所を選べっての場所を」
ふと、自分の体を影が覆った。慌てて振り向くと、捜していた隊長さんと、リズさん、ラッセさんが立っていて。隊長さんの只者ならぬ存在感に、酔っ払いの男はそそくさと椅子に座り直してしまっていた。
「……! 隊長さん!」
一番手前にいる隊長さんに近寄ると、彼は不思議そうな目で私を見下ろした。
「んん? お前、たしか宿屋の店主だっていう……」
「ルナンと申します」
「あっ、ほんとだ! ルナンさん」
「でも、なんでここに?」
隊長さんの背後からひょっこりと顔を出すリズさんとラッセさん。どうやら三人とも私のことは覚えてくれていたようである。
ここでは邪魔になるので一旦店内から出た私たちは、店の通りの隅まで移動した。
まずどこから言えばいいのかな。いきなり「サハグリトエの毒持ってますか! ください!」とも言えない。
「急なんだけどね〜、サハグリトエと戦ったって聞いたんだけど本当? それならサハグリトエが放出した毒とか採取して持ってたりしない? どうしても必要なんだけどね、もし持っているなら譲って欲しいんだけど。お代はいかほど?」
隣にいるユウハさんがすべて言った。
ユウハさん、ぶっこみ過ぎ! でもとっても頼もしい!
ユウハさんにはカノくんに使う解毒の魔術薬を作るため、サハグリトエの毒が必要だということは説明してある。バードックスの毒に侵され、カノくんが苦しんでいるということも。
「なんだよ急に、どういうことだ。その口ぶりだと、俺たちがサハグリトエと戦ったって、誰かから聞いたのか」
もちろん知っている。この間の露店のとき、サハグリトエの毒にあてられた彼に魔術薬を売ったのは他の誰でもない私である。そして、その時の会話の中でサハグリトエの毒を採取していたことは把握済みなのだ。
けれど、なにやら隊長さんは警戒しているようだった。情報漏洩を気にしているのだろうか。冒険者は数も多いため、お互いでライバル意識を持っている者も少なくない。
不正行為などが行われないように、誰がどの依頼を受けたのかは、基本的に受付やギルド関係者以外に話してはいけない規則となっているギルドがほとんどだ。
私の場合は完全に通りがかりで会話を聞いたようなものなんだけど、案外この人は警戒心が強いようである。
「ええと、それはね〜、深い事情があるんだよねぇ」
「だーから、その事情ってやつを聞かせろ。かりに目当ての物を持ってたとして、はいそうですかで渡すほど俺は単純じゃねーよ」
「えー、隊長って基本単純だよね」
「つーか単細胞」
「うるせぇお前ら」
リズさんとラッセさんのおかげでまだ穏やかな空気ではあるが、あきらかに隊長さんは私たちのことを怪しみ始めていた。そりゃそうだ。突然現れて、自分たちが持っているブツを寄こせって言うんだもんね。
ユウハさんもなぜサハグリトエの毒が必要か、なんのために使うかは知っている。けれど、私が隠した素振りを見せるのでどこまで隊長さんに伝えていいのか悩んでいるようだった。顔には出てないけど、おそらくまた気を遣わせている。
さすがにここまでしてもらって、自分が黙っているわけにもいかない。
私は隊長さんたちの前に一歩出た。
「サハグリトエの毒が必要なのは、私です」
「そうか、それで?」
「ある子どもが、バードックスの毒にやられて今も危ない状態で、解毒の魔術薬を作るためにサハグリトエの毒がどうしても必要なんです」
「魔術薬って、おまえ」
「はい、私は魔術使いです」
隊長さんの目の色が、疑いからほんのりと驚きに変わり始める。
「……事情はわかった。だが、いったいどこで聞いたんだ? 俺たちがサハグリトエの毒を採取したって」
卑怯な輩だと、採取して冒険者街に戻って来たところを狙う連中もいるらしい。だから確認のため隊長さんも尋ねているのだろうけれど。……あれだけ大声で通りで話していれば、耳を塞いでても聞こえるって。もう筒抜けだったよ皆さん!
とは言えず。
「実は、隊長さんがサハグリトエの毒にやられて、露店の魔術薬を買われているのを、たまたま(というか目の前で)見ていたんです」
「嘘だろ……あれ見られてたのか」
「あ! 一気飲み隊長のとき?」
「僕たちもちょっと騒ぎ過ぎたしねー」
そうそうホストみたいなノリで魔術薬を飲ませていたとき。
「ああ、たしかにお前らの悪ふざけが過ぎてたな。はあ、わかったよ……ちょっと待ってろ」
「わ、ちょっと隊長!」
隊長さんはゴソゴソとリズさんの背負うリュックを漁り始める。サハグリトエの毒が入った瓶を取り出すと、色味を確認するよう小刻みに振っていた。
「もー! 乱暴すぎ! それに、それはもう売り手が付いてたんじゃなかったの!」
「そーそー、かなり高値で取引できたって高笑いしてたくせに」
「え、そうなんですか!?」
「あーー……そうだった」
もう売り手が決まっているなんて。喉から手が出るほど欲している物が目の前にあるというのに、まさかこのままでは譲っていただけない?
「こんなこと聞くのは失礼だと承知していますが、いくらで取り引きを……」
いや、お金だけの問題じゃない。一度売ると決めたのに取り消すなんて、信用にも関わってくるだろうし。
「まあ、売り手って言っても知り合いなんだけどな。よく質のいい魔術薬を見つけては高値で取引させてもらってる……っと、まあ話せるのはここまでだけどな」
「隊長が自分で話したくせ」
「ばかなの?」
「おーまーえーら」
隊長さんは二人に優しめな鉄拳をくらわせている。それを横目に、もう仕方がないと私はある提案に打って出た。
「では、今回そのサハグリトエの毒を譲っていただく代わりに──質のいい、ご希望の魔術薬をお渡しするというのは可能でしょうか」
「なに?」
おふざけをやめた隊長さんの顔つきがガラリと変わる。
「おいおい、お嬢さん。いくらお前が魔術使いだからって、その力量はたかが知れてる。宿屋を営んでるくらいだろ? 正直、魔術薬の生成に実力があるとは思えねぇな」
おちょくるのも大概にしろ、そう言われているようだった。だけどめげない。
「──私の作る魔術薬の効果なら、すでに隊長さんも、それに、リズさんやラッセさんも知っているはずです」
「なんだって?」
「え?」
「それって?」
リズさんとラッセさんは顔を見合わせ、首をかしげていた。言っている意味が理解できないようである。
「まいど。また見かけたらよろしくね」
ちょっと露天商バージョンの口調と声に寄せて言ってみた。やはり印象操作の術が掛けられていない状態だと、微妙だ。
「ん? どういうこと?」
もちろんユウハさんもさっぱりだ。
勿体ぶらずに言おう。
「この間の露店で隊長さんたちに魔術薬を売った露天商人……あれ、私です。あのときは取り引き先があると言いましたが、魔術薬を作っているのも私です。なので……」
どうにかして、そのサハグリトエの毒を譲ってくれないか。そう尋ねようとして、
「なんだってーー!?」
「「えーーーー!!」」
「ええ!? ちょっ、急になに、ルナンさんどういうこと?」
驚き叫んだ三人と、ユウハさんの戸惑う声によって、私の言葉はかき消されたのだった。




