40. 黒魔女さんの解決方法 その5
シュカちゃんをロビーから旧館の最上階にある自室へと浮かせて運んだ私は、これから行う手順を頭の中で練り上げていった。
まず、私が調合するべき魔術薬は、四種類。
シュカちゃん用、カノくん用、あと念のためジュニアちゃんの切り傷用と、そして──。
「よし!」
「おい、ルナン」
脳内のシミュレーションが終了すると同時に、師匠から声が掛かる。
弾かれたように振り返ると、熱し途中の調合鍋の横に座った師匠が、尻尾の先を器用にシュカちゃんへ指し示していた。
「兎の娘はここで寝かせていいのか? あれだけ下手に正体を隠しておっただろうに」
「下手は余計だって……」
がくりと肩を落とした私は、ベッドで眠るシュカちゃんに近寄り、汗が浮き出た額に冷たく濡らした布を置いた。
「……まあ、何かあったとき、そばにいたほうが安心だし」
「お人好しだな」
「そんなんじゃないよ。ただの自己満足……というか自分勝手なだけ。結局はお客様に迷惑をかけてるし」
魔術薬の作製と並行して残しておいた夕食の支度を終わらせようとしたのだが、夕食付きのお客様全員から「いらない」と断られてしまった。
雑に訳すと、こんな緊急事態に呑気に作ってる暇あんのか、だと思うんだけれど、おそらく気を遣ってくれたのだろう。
「……事情もあってファンタジーな世界とは言えど、サービス業としては最低最悪だ……」
もちろん本日分の料金はしっかり返金させていただくけれど、人員不足は本当に痛い。管理者失格。
だが、うじうじと考えている時間が今は惜しい。今日を乗り越えてから思う存分に反省するとして、魔術薬をすべて完成させよう。
私は頭で考えた手順通りに調合を進めていった。
調合鍋で熱していた土台となる調合液を小さめの鍋に四等分に分けて、それぞれの材料を順番に投入する。
失敗は出来ないので師匠に熱し具合と色味を確認してもらいながら、丁寧に、丁寧に、均等にまざるよう混ぜ込んだ。
「あとは時間を間違えなければこの三つは大丈夫……あとは」
私はちらりと、カノくん用に熱していた小鍋を覗き込んだ。
「駄目だ……やっぱり発光しない」
カノくん用に、父バードックスから受けた毒を浄化するための魔術薬の調合を行っているのだけれど、なかなか上手くいかない。
仕上げにアカドクソウという葉の茎から絞った液を一滴垂らし、一瞬だけ表面が発光すれば成功なのだが、先ほどから何度試してもそれが見られなかった。
「……あああ、どうしよう。アカドクの液が効かないなんて」
まずい。本当にまずい。
おそらく新鮮度が関係しているとは思うが、さすがに村からの旅路でたまたま見つけたアカドクソウの液では期限が過ぎていたのか。ほかの調合では使い道があるんだけれど。
「これが使えないとなると、あとは、えーと……なにがあるんだっけ」
慌てて本棚にある魔術薬(魔女仕様)の書物に手を伸ばし、ペラペラと解毒のページをめくった。
「ああ、そういえば。あいつの方がバードックスの毒の浄化には効果覿面じゃったな」
本をめくる私の横で、師匠は心当たりがあるのか尻尾を揺らしながら言った。
私はまったく見当が付かないんだけど、アカドクソウ以外であったっけ。もうアカドクソウを頼りにしていたからアカドクソウ以外なにも出てこないんだけど。
「あーあれだ、あれ。肉食植物の、サハ……」
「……ん?」
肉食植物と聞いて、ちょっと待てよと私はページをめくる手を止めた。
そしておそるおそる、思いついたその名前を口にしてみる。
「もしかして──サハグリトエ?」
私の口から素早く出た名前に、師匠はスッキリした様子で目を細めた。
「ああ、そうじゃった。そいつだ。吐き出す液はたしかに猛毒だが、バードックスの毒を打ち消す効果がある。まあ、ある意味アカドクソウよりも手に入れるのは困難だが……」
油で油を落とす要領に近いかもしれない。サハグリトエの毒の成分は、バードックスの毒も打ち消す効果があると、村で読んでいた書物にあったはず。
「サハグリトエか……」
「当てがあればの話だがのう」
どこに生えているのか分からないアカドクソウを暗がりで闇雲に探し回るよりは、可能性があるほうに行ってみた方がいいかもしれない。
どちらにしろ今あるアカドクソウの液は全滅だったし。
「… 当てなら、あるかも」
「おお、そうか」
「ちょ、ちょっと師匠! 調合鍋見張ってて! こっちはあと五分経ったら火を消してくれればいいから!」
「騒がしいやつじゃな。はあ、あいわかった」
「シュカちゃんは……うん、大丈夫。まだぐっすり眠ってるね。それじゃあ行ってきます!」
「ああ、気をつけてな」
ローブを被り、忙しなく私が向かう先は、夜の冒険者街。
「あ、ルナンさん!」
建物を出たところで声をかけられた。
「……ユウハさん?」
外のオレンジ色の照明に照らされ現れたのは、驚いた様子のユウハさんだった。
「どうしたの? なんか慌てて走ってたから声かけちゃったんだけど〜」
「ああ、それはサハグリトエの毒を……」
「毒?」
「ええと、──あ!」
説明途中にも関わらず、ユウハさんの顔を見て私は声をあげた。
「あの、ユウハさん。隊長さんたちと勝負したっていう小料理屋の場所を教えていただけませんか?」
状況が飲み込めていないユウハさんは、ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせ私を見据えている。
「……」
大事なことなのだと伝わったのかもしれない。
しばらくして、ふぅっとため息を吐き、ユウハさんは笑顔を浮かべた。
「……うん、わかった。案内するから、向かいながらルナンさんが何をしてるのか、話せるところだけでも少し教えて欲しいな」
……魔術薬を作っていることは言っても問題ないと思う。もうユウハさんたちには、私は『魔術使い』だと思われているんだし。
「はい、わかりました」
「うんっ。こんなことで役に立てるなら、お安い御用だよ! じゃ、早く行こう?」
「……ありがとうございます」
ユウハさんの屈託ない笑顔と親切さに、誤魔化しっぱなしの自分の心が、少しだけズキリと痛んだ。
ありがとうございました。
サハグリトエあたりのくだりは、「17. お薬完売」の回で出てきます。




