39. 黒魔女さんの解決方法 その4
思いがけない彼の言葉に辟易する私に、キーさんは再び問いかけた。
「コンの話だと魔女の肉体の一部を持ってくるってバードックスと約束したらしいね。なぜわざわざ嘘までついた? 魔女の肉片なんて、普通の人間が持ち合わせているわけがない代物だっていうのに……まさかお嬢さん、そういう物を集めたりしてるってことかな。例えば──そう、収集家とか」
……肉体の一部と肉片はえらい違いだけど。そんな突っ込みすら出来やしない。
冷たく吐き出された言葉に、私は途方に暮れるほかなかったのだ。
遠回りな言い方をされているが、これだけはわかる。キーさんは何か勘違いしていると。
「ねえ、きみ。やめよ? そんな言い方するなんて、例えが最悪だよ」
ムッとした顔をするユウハさんが、私を庇うようにキーさんの前に出た。
身長差のある二人が、お互いを視界に入れ向き合っている。
一触即発……とまではいかなくても、空気が悪くなっているのは嫌でも伝わってきた。その原因を作ってしまった私は、どうするべきかと視線を泳がせ周囲を確認する。
「……!」
コクランさんと目が合った。彼はキーさんとは友人だと話していたが、この現状には戸惑っているようである。
キーさんが過剰に問い詰めてくることに関してなにか心当たりがあるのだろうか。眉を顰めるその顔は、いつも申し訳なさそうにしているほうが多いと感じる彼にしては珍しく険しくて、少しだけ怒っているようにさえ見えた。
「ふう……まったく。ルナン、なにか気の利いたことを言って誤魔化せ」
キーさんとユウハさんのやり取りに呆れを滲ませた師匠が、器用に前足で耳を掻きながら言ってくる。
無茶振りすぎるよ師匠。あの話をコンに聞かれていたのに、どう説明して切り抜ければいいんですかー!
「……ぼくは、きみに訊いているんじゃないんだけどなぁ」
「そう、それはごめんねっ? でも、尋ねるにしても聞き方がなってないんじゃない? そんな追い詰めるように言うなんて、ルナンさんもびっくりしちゃうよ」
「追い詰めてるつもりはないよ。邪魔しないでくれる? 子どもに用はないんだ」
「じゃ〜ま〜!? 子どもってなに!? 本当に子どもはどっちかなぁ? さっきから聞いてれば偉っそうに小僧──」
え? ユウハさん……なんか口調が荒れてきてません?
「あの、お二人とも……」
白熱し始める口論に圧倒されるも、このままではまずいと私は二人の間に割って入ろうと動く。
「キー、いい加減にしろ」
それはコクランさんも同じだったようで、キーさんを諌めるように彼の肩に手を置き言い放った。
「……少し落ち着いてくれ。先ほどから私情を挟みすぎだ。いつものお前らしくもない」
「……! コク、ラン」
ハッとして私たち三人を順番に見たキーさんは、自分の手のひらで口元を覆い隠すと気まずそうに目を逸らす。
そうして、ふう、と呼吸を整えると彼は素直に頭を下げてきた。
「……確かにそうだった。ごめん。お嬢さんたちも」
「まぁ……あたしはいいけど〜」
険悪な空気が払拭されたのには一安心だけど、コクランさんの一声でこうも変わるとは驚きだ。
大人しくしゅんとしてしまったキーさんにユウハさんも追及する気は起きなかったようで、なんだったんだろうと肩を竦めていた。
私、まったく仲裁できなかったな……。
師匠も頼りなさげにこちらを見上げている。そんな顔しないでよ。猫のジト目は心にくるものがある。
とはいえ、親切にも肩を持ってくれたユウハさんには素直に感謝したい。
しっかりしなければと、私は心の中で呟いた。
「ユウハさん、ありがとうございました。……それとキーさんも誤解させてしまって申し訳ありません。たしかにあなたが疑うのも無理ないです。皆さんやトペくんにも、本当のことを言っていなかったのは事実ですから」
「それじゃあ、ルナンさん。キーさんが言ってる、魔女の肉っていうのは……本当のことなの?」
「魔女の肉というより、魔女の肉体の一部……という話だったんですけどね。つまり、体の一部ならどこでも問題ないかと。本当のことを言えなかったのは、条件の話をすればトペくんが不安になってしまうかと思ったからです」
本心半分、嘘半分。
ここでトペくんを出しにしてしまうのはどうなのだろう。
今日一日で誤魔化しっぱなしの口はいい加減疲れてきたけれど、自分が言い始めたことなので弱音を吐いてはいられなかった。
「……条件として、それは承諾するべきだったのか? あきらかに約束した物が悪すぎるだろう」
コクランさんの言い分はもっともだ。
躍起になって条件を受け入れたわけではなかったが、助けたいがために考え無しのままバードックスに二つ返事をしたと思われてしまってもしょうがない。
「詳しく説明するのは難しいのですが……大丈夫です。確証もないので信じて欲しいとは言えませんが、危害は加えさせません。店主として、お客様の安全は守ります」
「いや、信じる信じないを言っているわけではないんだ。店主、俺は──」
「お願いします。どうか、私に任せていただけないでしょうか」
私はガバッとこれまで以上に深く、丁寧に最敬礼をした。
苦し紛れの言い訳よりも、こちらのほうがまだ誠実(?)だと思ったからだ。
「ルナンさん……じゃあ、これだけは言っておくね。なにかあたしに出来ることがあったら、遠慮なく頼って」
「……はい! ありがとうございます」
自分の強引な気持ちが通じたか定かではないが、それ以上コクランさんもユウハさんも、そしてキーさんも口を挟むことはなかった。




