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37. 黒魔女さんの解決方法 その2



 バードックスが付けた印の外側へ出ると、緊張から解放されたのか、足元から崩れるように腰を抜かしてしまった。


「……はぁっ。怖かった……」


 まだなにも解決していないというのに、住処から離れただけでこれである。

 呼吸を落ち着かせようと胸をとんとん叩いていると、肩に乗っていた師匠が前足を私の膝に乗せてきた。

 ひんやりとした肉球が気持ち良い。そういえば、久しくあの薄ピンクのむちむちを触っていない気がする。


「よう頑張ったのう。とはいえ、ここからが本番じゃが……」

「師匠〜!」

「ぐっ……まったく、先の威勢の良さはどこいった」


 堪らず師匠を抱き込むと、やれやれと言った顔を向けられた。


 あれだけの大物な魔獣に、本気の殺気を向けられたのは初めてだったのだ。魔獣の暮らす森は、故郷でも出入りしていたのはいえ、状況が違いすぎる。どれだけ私がぬくぬくと過ごさせていただいたのか、この時あらためて再確認できた。


「こら、そろそろ離せ。気を緩めるのは些か早すぎるぞ」

「はい」


 足の裏の肉球でぐいぐい頬を押される。口には出さないが、こんなのただのご褒美──さあ、気持ちを引き締めよう。


「まず、ペンションに戻って報せないといけないよね」

「そうじゃな。あやつらも待っとるようだしのう」

「でも、どう伝えよう──あ」


 服の内側のポケットが、もぞもぞと動き出す。

 そこから、ヒョイっとリスが顔を出した。


「ごめんなさい。そういえばずっとここに……」


 慌てて手のひらにリスを乗せ謝ると、リスは「いいよー」と言って首を器用に横に振ってくれた。むしろ父バードックスの殺気に当てられ硬直していたので、ポケットに入れてくれて感謝していると言っている。


「まだ怖いかもしれないけど、しばらくはバードックスも大人しくしてくれると思います。森のみんなにも、さっきのことを伝えてもらっていいですか?」


 リスはこくこくと大きく頷いた。


 とはいえ、木の葉の茂みから私と父バードックスの様子を窺っていた生き物も多いだろう。案外、早く話は伝わるかもしれない。


「……伝わるといえば」


 今さらながら、はたと気がついた。

 

 ここまで森が大騒ぎになっているということは、当然、この森の(ぬし)さんの耳にも入っているはずだ。

 大事となる騒動の場合、仲介に入って怒りを冷まさせるのも森の主の務めとなっている。今回は主さんが口を出したって何らおかしくない事態だ。

 いくらバードックスであっても、森を住処としているのならば、主の存在は無視できない。この森の主さんの性格ならば、私より早くバードックスのもとに訪れているだろうに。


「あの、リスさん」


 とめどなく溢れた疑問を、リスに聞いてみると。


『主さま、集会だよ』


 それは……本当にタイミングが悪い。


 集会とは、森の主を務める者たちが、その都度に決められた場所に集まって近況報告をすることを目的として開かれるもの。いわば森の主たちの交流会の場だった。

 超速と定評のある数羽の鳥が、主さんを追ってバードックスのことを報せに飛んだらしいが、すぐには戻って来られないだろう。


 主さんを頼れない今、私がやれることをするしかない。うん、腹は決まってる。


「それでは、気をつけて」


 再度リスに森への伝達をお願いし、私はペンションへ戻るべく箒に跨がった。

 知っている場所とはいえ、夜の帳に包まれる鬱蒼とした空間は、不安を煽ってくるようで肝が冷えてしまう。

 だけど、バードックスの住処に残されたカノくんのほうが心細くて堪らないはずだ。別れ際に強く言ってしまったけれど、あの顔は本心で死にたいと思っているわけじゃなかった。

 彼の意地が邪魔をしているのだとしても、生きて帰りシュカちゃんに会ってから、また考えてほしい。


「急いで帰らないとね」


 右へ左へ草花を傷つけないように飛ぶことしばし──前方に見える草むらが、ガサガサと不自然に動いた。

 

「……なに?」


 ここからではよく確認できない。

 箒に乗ったまま速度を落とし、ゆっくりと近づく。月の光の珠を草むらに向けて照らすと、見覚えのある黒い毛並みが姿をあらわにした。


『あ。ルナン、いた』


 私は慌てて箒から降りると、尻尾をぶんぶん動かしたその子のそばに寄った。


「グラン……! どうしてこんなところに?」


 しかも大きいサイズのグランだ。普通のライオンより若干大きめの立派な身体が、猫のように擦り寄ってくる。


『コクランの代わりにルナンを捜してたんだよ。ルナンってば、行くの早いよ。オレ見失っちゃった』


 人の気配にバードックスが反応して暴れる可能性があるからと、コクランさんはグランを探索に行かせたらしい。

 コンも捜してくれていたようだが、先にグランが私を見つけたと言っている。


『戻ろうルナン。みんなも凄い心配してる』


 ぐいぐいと腰を押してくるグラン。戻る最中だったからいいんだけれど。ちょ、どうしたのグラン?


『乗って、オレの背中』

「……え? 乗れって言ってるの?」


 察した風にグランに尋ねると、ガウガウ鳴き声をあげた。

 乗っていいの? 人様の契約獣に、大丈夫!?


『どーぞ』


 私が狼狽えている間に、グランは乗りやすいように体勢を低くしていた。驚いて固まっていると、グランから催促した「ガウ」をいただいてしまった。


「本当に乗ってもいいの? コクランさんがなんて言うか……」

『コクランが見つけたら乗せて連れて来いって言ったからだいじょーぶ。オレ、乗せるの上手(じょうず)だから安心していいよ』

「……」

「ルナン、乗れ。のんびりしている暇などないぞ」


 ……師匠もこう言っている。

 確かに迷っている時間すら、今は惜しい。


 覚悟を決め、自信満々に鳴き声を発したグランに、私はそっと手をかけた。



ありがとうございました。

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