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36. 黒魔女さんの解決方法 その1



 ()()()()()()()()を持ってこい。

 通常ならば無理難題すぎる父バードックスの意地の悪い提案に、私はしかと頷いた。


「わかりました」


 一瞬、あたりが沈黙に包まれ──。


『……んだと?』

「……なっ、はっ?」


 二つの声が重なった。

 条件を呑むとは思っていなかった。そう言いたげな目が、前と横から向けられる。


「あなたの言った条件を守れれば今回の件、許してもらえるんですね?」

『許すとは』

「さすがは誇り高いと謳われるバードックスさん! 私、とても感服しました」

『だから、なん』

「ならば、その御心に添えるように……」


 少し仰々しくなり過ぎたかなと思いつつ。ぐっと踵裏に力を込め立ち上がり、私は父バードックスを見据えた。


「──必ず、()()()()()()()()を持ってきます」



 ◆



「な、に……勝手なこと言ってるんだよっ!!」


 精一杯の力を振り絞り、カノくんは立ち上がった私の体を突き飛ばした。

 とはいえ、力の残っていない今の彼の体では、少しよろける程度の衝撃である。


 にしても師匠のおかげだろうか。毒によって話すことすら難しそうだったのに、先ほどよりはカノくんの滑舌が良くなっている気がした。


「うわっ。ちょっとカノくん、傷に響くから」

「うるさい! オレが、いつ、助けを乞うことを言った!」


 頑なに拒む姿勢を見せるカノくんは、少し動いただけでも息切れしてしまっている。これでは楽な体勢にしようと手を貸したとしても振り払われてしまう。


「魔女の体の一部を持ってくるとか、バカじゃないの……? あんた、魔女を知らないわけじゃないでしょ。伝説になってる魔女が一人生きてたってだけで世界が揺れてるってのに、そんなの何年経っても持ってこられるわけないじゃん……! だいたい、こんなところで人間に命を助けられるくらいなら、死んだほうが──」


 結構口が回るね、カノくん。

 今にも死にそうになっているよりは安心できるんだけど。さっきから死んだほうがマシとか、ちょっと選ぶ言葉がいただけない。


「……カノくん」


 だいぶ喋れるようになっているカノくんに、また振り払われるのを覚悟で手を添えた。


「――いい加減にしてくれる?」


 いやいやと言い続けるカノくんに、私は静かに口を開いた。

 ちょっと声が低すぎたのだろうか。

 カノくんの肩がビクリと反応したのがわかった。


「命を粗末にするな、なんて偉そうなことを言うつもりはないの。自分ひとりだけの命なら、どう決めたっていいのかもしれないけど」


 本音を言うならば、簡単に死ぬより、あがいて生きていたい。

 私はそう思うけど、それはあくまでも私の話だ。

 カノくんにまで、押し付けるつもりなんてなかった。だけど。


『……たすけて』


 彼の命は、ひとりだけの寂しいものじゃない。

 帰りを待っている、誰かがいる。


「でも、違うよね。さっきも言ったけど、シュカちゃんはどうするの? ここでカノくんが死んだら、あの子はきっと悲しんで、独りぼっちになるんじゃないの?」


 シュカちゃんの話からして、おそらく家族はカノくんだけなのだろう。

 他人が首を突っ込んでいることも、余計なお世話なのかもしれないことも、わかっている。それでも、ここまで来たら見過ごすほうが難しい。


「それに、正直に言うと私だって宿泊施設を提供してるわけだからね、その近所の森で人が食べられるなんて勘弁して欲しいの。それも顔を知ってる子が食べられたなんて……夢見が悪すぎると思わない?」


 にっこりと笑った私に、カノくんは若干引いていた。あんぐりと口を開けたまま、なにを思っているのか私の顔をじっと見ている。


「ねえ、カノくん。そんなに()()の私が信じられないなら、助けられることが嫌なら──」

『おい、なにのんびり話し込んでんだ。オレはそこまで許容してねぇぞ』

「……」


 言おうとした言葉の先は、綺麗に遮られてしまった。時間も限られているので、そろそろ動かなければいけないと思っていたけれど。


 深呼吸して、ふう、と息を吐く。


「ちなみに、彼を連れて行くのは」

『ダメに決まってんだろーが。話聞いてたか? そいつの息の根が止まる前に、条件のモノを持ってこいって言ってんだよ!』

「……はい、わかりました」


 試しに訊いてみたが、やはりカノくんを連れ帰ることは難しそうだった。

 念のために保護の術の強化をしなおす。さっきよりも平静を保てるようになったので、カノくんを覆う保護はさらに強固なものとなった。


 あとは、この父バードックス次第である。本当に約束のとおり私が戻って来るまでカノくんの命を保証してくれるなら……。


 違う、信じるんだ。大丈夫。

 だって魔獣は、約束を(たが)えるような生き物ではないと、小さい頃に故郷の森に住む魔獣に教わったんだもの。

 それに師匠が口出ししてこないということは、約束に関しては信用できる。そういうことなのだろう。


「……カノくん、とりあえずこれ被ってて。冷えるといけないから」


 薄い生地ではあるけれど、無いよりはマシだと上着をカノくんの膝に掛けた。

 

「それと、これ。明るいほうが心細くならないでしょ?」

「……これ、魔術?」


 月の光の珠を、カノくんの目の前に一つに出す。

強く眩しいものではなく優しく温かな光に、カノくんも思わず目を奪われた様子だった。


「それでは、バードックスさん。よろしくお願いします」


 私は誠心誠意に頭をさげる。態度ひとつであっても大切なことだ。

 

『……ふん、知るか』


 父バードックスは、そっぽを向いてしまった。

 知るかって、ちょっとちょっとあなた。


 ついでに彼の下で身を隠す赤子バードックス──ジュニアちゃんを確認してみると。


「きゅい、きゅい」


 また、何かを伝えようとしているみたいに、パタパタと丸く愛らしい小さな羽を動かしていた。


「……?」


 立ち去る間際に、私はふと周囲を確認してみる。地面には、先ほど見つけたカノくんがジュニアちゃんを傷つけてしまった採取用ナイフ。

 その近くには不自然に茎が折られた草が落ちていた。

 あれは、カノくんが採取しようとした薬草?


「きゅい、きゅぅぅ……」

『ジュニア、痛いよな。すまねぇな、もう少しの辛抱だかんな』


 いまだにジュニアちゃんは、か細く鳴き続けている。傷が痛くて鳴いていると言うよりは、訴えているような。


「……」


 ──ジュニアちゃん、もしかして。



ありがとうございました。

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