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31. 子グマの願い



 うさぎの亜人の少女は、名前をシュカといった。

 そして、シュカちゃん口から出たお兄さんの名前が、『カノ』というらしい。


「カノ、お兄ちゃん……」


 シュカちゃんはソファから身を乗り出そうとしたが、体が言う事を聞かず悔しそうに顔を歪めた。


 ……ああ、もう。つべこべ考えないで、とりあえずここはキーさんの魔術薬を使うべきなのかもしれない。


「はやく、はやく行かないと。お兄ちゃんが……!!」

「な、泣かないで」


 不器用ながらも、トペくんはシュカちゃんを慰めようとしていた。だけどシュカちゃんが泣き止むには、根本的な問題を解決しなければどうにもならない。


「ルナンさん、どうする? この子……シュカちゃんの話を聞く限り、そのカノくんってお兄ちゃん、もうかなり森の奥に行っちゃったかも」


 平静な態度のユウハさんが、私にそう言った。


 運良くバードックスの住処の近くを通らなかったとしても、日が暮れてから森を歩くのは危険なことで。大袈裟ではなく、一歩間違えれば死を招く事態となってしまう。

 そして、かりに力のない者が魔獣と遭遇すれば、待っているのは確率的に――死。それが常識であり、この世界で魔獣と対面するということは、そのくらい命懸けのことだった。


「シュカの、せいで……また、しんじゃったら。おにっ、ちゃん……お兄ちゃん、やだよぉ……」


 シュカちゃんは錯乱している様子で、「死んじゃう」「シュカのせいで」「カノお兄ちゃん」と繰り返した。

 シュカちゃんのせいで、また、死んじゃう? 言葉を整理すると、とても穏やかではない一文ができあがった。


「お兄ちゃん……シュカ、まだ……」


 そして、またシュカちゃんは気を失ってしまった。結局、キーさんの魔術薬を飲ませることとなった。飲まないよりはと、その場にいた全員の判断で。


「……」


 眠る前のシュカちゃんの言葉に、いち早く反応していたのは、トペくんだった。

 両の耳をピクリと動かし、心配そうな顔から一変、唇をきつく噛み締めると――。


「ルナンおねえちゃん」

「わ、トペくんっ」


 ぎゅっと、私の腰にしがみついてきたのだ。


 ふわふわと柔らかな毛に覆われる頭を、ぴったりと私の体に密着させ、その体勢のままトペくんは口を開いた。


「シュカのお兄ちゃん、きっとあのうさぎのお兄ちゃんだよ。あのね、同じ匂いがするの」

「うさぎのお兄ちゃんって、あの街で会った?」


 うん、とトペくんは頷く。

 やっぱり、そうなんだ。露天で騒ぎを起こしていた少年と、シュカちゃんは兄妹で間違ってなかったんだ。


「あのね、ボク知ってるから。お兄ちゃんが、いなくなって悲しくなるの。死んじゃったら、もう会えないって」

「ト、トペ!」


 慌てたヨッサンさんが、トペくんの体を抱き寄せようとする。けれど、トペくんは首を激しく横に振るって頑なに動こうとはしなかった。


「あのね、だからね」


 すると、トペくんはふっと上を向いた。


「トペくん?」


 純粋で真っ直ぐな――まん丸の瞳とかち合うと、トペくんは縋るように呟いた。


「――おねえちゃんの魔術で、たすけられる?」


 泣きそうな顔を浮かべたまま、トペくんは私に願った。

 何を、どう助けてと言わないのは、トペくんもどうすればシュカちゃんのお兄ちゃんが助けられるか思いつかないからなのだろう。森は危険だと教えられたばかりだし、今どんな状況かさえわからないのだから。


 トペくんが知っている魔術の知識とは、とても不確かで不鮮明なものなのかもしれない。魔術が使えるからといって、この状況がどう変わるかもわからない。

 けれど、魔術とは魔女にならって人々が発見した希望の力。

 だから、シュカちゃんのお兄ちゃんを助けて欲しいという願いを、助けられる可能性がある魔術(魔女術)が使える私に伝えたのかもしれない。

 トペくんと出会って時間はそう経っていないけれど、この中で、父であるヨッサンさんを除き私を信じてくれたから。


「む、娘さん……魔術使いだったんですかい!?」

「……はい、そうです」


 驚愕したヨッサンさんに尋ねられ、私は静かに頷いた。

 正確には魔女、だけどそれは言わずに。


「……そうだったのか」


 瞠目するコクランさんと。


「なるほど、確かにそれなら納得かも」


 どこか納得したように言ったユウハさん。


 ヨッサンさん以外の宿泊客三人も、各々反応を示していたが、私が魔術を使えると知って、恐ろしく魔力の気が変わったのはキーさんだった。


「――へえ、そう。魔術使い」


 一瞬、何の感情もない背筋が凍るような無表情を浮かべたかと思うと、次には普段の飄々とした薄笑いをしていた。

 顔に出そうとしていない、きっと隠しているのだろう。

 だけど、キーさんの私に対する認識が、この時から変わったのは確かだった。


「それで、あの。ヨッサンさん、トペくんが言っていることは……」

 

 キーさんの目から逃げるように、私はヨッサンさんの方を向く。

 トペくんはいまだに私の体にしがみついていた。


「…………あっしには、トペともう一人、息子がいたんです」


 伏し目がちに頭の後ろを掻きながら、言いづらそうにヨッサンさんが口を開く。

 隠そうとしている素振りはない。ただ、トペくんに気を遣っているのか、チラチラとこちらを見ていた。


「もう二年も前のことです。流行り病だったんですが……あっしらの看病の甲斐なく……だからきっと、トペは今……重ねてしまったんですわ。この子の兄と、ヨーダを――」


 トペくんの兄の名は、ヨーダくん。

 四歳上のヨーダくんに、トペくんはとても懐いていた。


「そうだったんですか……」


 仲の良い兄弟だったと微笑ましげにしたヨッサンさんの目に、影が落ちている。


 トペくんは、失った自分のお兄ちゃんと、シュカちゃんのお兄ちゃんを重ねて泣きそうになっていたのだ。

 トペくんが今も身に付けているサイズの合わない衣服。それは兄であるヨーダくんが着ていたものだった。



ありがとうございました。


シュカちゃんが現れてからここまで、時間的に数分の出来事ですので、病人いてその状況で悠長に話している余裕あんのか、と思わないで……ください。許してください。


また、更新のたび反応をくれる読者様、いつもありがとうございます( ¨̮ )!


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