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29. 助けて

遅くなって申し訳ないですm(_ _)m



 ヨッサンさんが帰って来たのは、夕日で空一面が色濃く染まる頃だった。


「父ちゃん! あのね、今日――」


 お出迎えのため、夕食の準備を一度止めてロビーへ向かうと、楽しげな様子でヨッサンさんに飛びつくトペくんの姿が見えた。


「おかえりなさいませ、ヨッサンさん」

「おお、娘さん。どうやらトペが世話になったようですいやせん。いつもは部屋で留守番させとるんですが……こんなにはしゃいだトペを見るのは久しぶりで……いやぁ、驚いた。そっちの娘さんも……」


 ちらりとヨッサンさんは、ユウハさんを見た。


「はじめましてヨッサンさん。あたしはユウハ。トペちゃんがいい子だからあたしも楽しく過ごせたよ。宿客同士だし、どうぞよろしく〜」


 私が厨房に立っている間、ユウハさんはトペくんの遊び相手になってくれていた。

 それにしても、ブンブンとヨッサンさんの手を取り握手しているユウハさんの対人能力が半端ない。


「おねえちゃんたちがね、街に連れて行ってくれたんだよ」


 ユウハさんの高いコミュニケーション能力のおかげもあり、トペくんも楽しい時間を過ごせたようで、街に出掛けたことも含め一日の出来事をヨッサンさんに一生懸命聞かせている。

 息子のテンションの上がり方に驚いていたヨッサンさんだが、元気な笑顔を見せられるとつられて破顔していた。


「すっかり娘さんたちに懐いたなぁ、トペ」

「うん。おねえちゃんたち、すごく優しいんだ」

「そうかそうかぁ」

「いやぁ、照れるよトペちゃん優しくて可愛いだなんて〜」

「がははははっ。店主の娘さんといい、こりゃあ、また面白い娘さんだなぁ」


 こうして繋がりが増えていくんだなぁ、としみじみ思いつつ、トペくんを勝手に街へ連れ出したことを咎められなくて安堵した。


 カランコロン。


 わいわいと賑やかなロビーに、ベルの軽やかな音が響く。

 全員が一斉にエントランスの扉を注目するなか、現れたのはキーさんとコンだった。


「あれ、ははは。なんだか知らない間に新しい顔が増えてるね」


 ゆるゆると締まりのない笑顔を浮かべたキーさんは、小型化したコンを背中に乗せている。彼はそうでもないが、コンは見知らぬ顔に興味を示していた。


 昨日の朝方、キーさんとは食堂で微妙な空気のまま話を終えてしまったけれど、まるで何も無かったかのように私を見て笑顔を浮かべていた。

というより、キーさんからしてみれば、あれは気にするまでもないことだったのかもしれない。


「おかえりなさいませ、キーさん」

「どーも、お嬢さん」


 特に変わった様子はない。だから私もいつも通りの対応に努める。


『コンもいるよ〜』


 身軽に床へ飛び降りたコンは、キュンキュン鳴きながら私の足元へ寄ってくる。


「うん、コンもおかえりなさい」


 手のひらを差し出すと、コンの湿った鼻先が指の腹に触れた。ピンク色の小さな鼻が可愛らしい。


「これはこれは……白狐の兄さんまでこの宿に泊まってたんですかい」


 現れたキーさんに、ヨッサンさんは隠すことなく驚いた様子で瞳を大きくさせていた。トペくんもぱちぱちと瞬きを繰り返し、キーさんを見上げて口を開けている。

 ユウハさんも「わあ、凄い」と関心を持っているようだった。


 師匠から白狐の亜人が珍しいということは聞いていたけれど、三人の反応で真実だと知ることができた。


「他の白狐の亜人と会ったのは、確か5年くらい前だったか」

「へえ、ぼくの仲間に会ったことあるんだ。それはそれでなかなか珍しいけどね」

「がはは。森で迷っていたところを、ちょうど案内してもらいやしてねぇ。……トペは覚えてるか?」

「……ううん」


 トペくんは、キーさんの美しい毛色に目を奪われている。確かに色素も薄くて、独特な雰囲気のあるキーさんは、儚く浮世離れして見える瞬間がある。

 子どもは純粋で素直であるが故に、こうして綺麗なものを前に言葉もなくじっと見つめてしまうのだろう。


「まあ、トペは寝てたからなぁ」

「はは、そうなんだ。なら、きみが白狐の亜人を見るのは、ぼくがはじめてなんだねえ」


 ぼうっと見上げるトペくんの頭を、キーさんはぽんぽんと撫で回した。


 ヨッサンさんの話からでも分かるように、白狐の亜人というのはかなり希少な種族なんだ。

獣人からも一目を置かれているようなので、前に師匠が言っていたことはだいたい正しかったのだろう。べつに疑っていたわけじゃないけどね。


「この子ギツネちゃん可愛い! 懐っこいねぇ! あなたの契約獣なんだよね?」

「うん、そうだけど。きみは誰?」

「昨日からここでお世話になってる旅人のユウハだよ。よろしくキーさん」

「旅人……? へえ、そうなんだ。こちらこそよろしく」


 ユウハさんを意外そうな面持ちで見返すキーさんは、すぐに調子の良い笑顔に切り替えていた。


 人間のお客さんであるユウハさんと亜獣人のお客さんとの顔合わせ……これまでのコクランさんや、ヨッサンさんたちの反応を思い返し、少なからず危惧していた私は、スムーズに顔合わせが済んだことにほっと胸を撫で下ろした。


 ――みんながこうなればいいのにな。本当はこんなことで心配する必要がないくらい、種族間のわだかまりが消えれば上手くいくのに。

 魔法あり冒険ありの不思議な世界であっても、現実となればなかなかシビアなもんだ。


 けれど、今回の滞在客の面々が、こうして問題なく同じ空間にいる。それはもしかして、この世界の常識ではかなり凄いことなのかもしれない。

 今ここにいないコクランさんだってそうだ。あの人もユウハさんに態度を変えるような人じゃないから。



 ◆



 窓の外は、すでに日が落ち暗闇が広がっている。


「……あ!」


 残りは仕上げのみだが、残していた夕食の準備に戻ろうかと時間を確認したところで、私ははっと声を出した。


 ――いけない、忘れていた。今朝、師匠に言われていたことをすっかりと。


「ルナンさんどうしたの?」

「すみません、皆さん。ひとつお伝えしておかなければいけないことがあります」


 私は森の奥で子育て中のバードックスのことをこの場にいる全員に伝えた。情報源は森の入り口の前を通った冒険者の言葉と誤魔化し、とりあえずペンションの建物より奥にはいかないようにと。

 バードックスの危険性は皆が周知のことだったようである。森を住処にしているのはやはり珍しいことらしい。


「おねえちゃん、ボク食べられない?」


 ……食べっ、んな物騒な。そんなの私だって怖いよ!


 トペくん以外の三人は理解していたようだけど、この子のバードックスに対する認識は曖昧なようだ。

 言い忘れていたこともあり、私が少し焦っていたから不安を煽ってしまったのかもしれない。


「ごめんねトペくん、怖がらせちゃって。食べられないから安心して。バードックスはね、この森の奥の奥のどこかを家にしてるの。だから、突然知らない人が家の中に入ってきたらビックリするでしょ?」

「うん、する」

「だからね、驚かせないように森の奥に行かなければ大丈夫。この辺はまだ森の手前だから安全なんだけど、建物の後ろから先はいかないようにね」

「そっか、わかったっ。父ちゃん、森の奥に行ったらダメだよ」

「お? おう、そうだな。父ちゃんも気をつけるぞトペ」


 私の説明にトペくんは安心したようで、ヨッサンさんの身を案じて注意していた。なんとも微笑ましい親子である。


 森の奥にはいかないこと。それさえわかってもらえれば大丈夫だろう。伝える前に滞在客の誰かが森を散策していたりなんてしたら……肝が冷えるわ。


「――あ」


 一安心した私の斜め横に立っていたキーさんが、ぽつんと声をこぼして入り口に視線を移した。


 カランコロン。

 また、扉が開く。全身を覆う黒いローブで、誰なのかすぐにわかった。


「おかえりなさいませ…………っ、コクランさん?」

 

 言葉を詰まらせた私は、フードで隠れたコクランさんの顔よりさらに下の――彼の腕に横抱きされている何かに焦点を合わせる。

 ボロボロの白とは言えない汚れた布でくるまったそれは、形からしてきっと人なのだろう。


「ど、どうしたんですか? それは、子ども……ですか?」


 コクランさんが抱えているのは、小さな子どものようにも見える。


「店主、すまない。森の道に倒れていたんだ」


 コクランさんは、自分の顔を覆うフードを上げた。そして眉間に皺を寄せたまま、また抱えた子どもに目を落とす。


「倒れていたって……!」


 その時、ずるりと子どもの体を覆っていた布がずれた。滑るように床へ落ちていったボロ布が隠していたのは、確かに子どもだった。

 子どもは子どもでも――うさぎの亜人の、である。


「うう、う……」


 その子は下唇を強く噛み締めて、呻き声を漏らした。


 だらりと垂れた長い耳。暖色系のやわらかいクリーム色のうさぎの耳は、床に落ちた布と同じくところどころ土が付着していた。

 似た色の癖が強い波打った長い髪も同様に清潔さは失われ艶も消えている。


 ――この子、どこかで。


「……けて」


 思わず手を伸ばそうとすると、女の子はかすれた声で言葉を紡ごうとしていた。


「たす……」


 細く、ほんの少しだけ開いた深い赤色の瞳は潤んでいて、ついには涙が肌を伝う。


 この子は言った。

 たすけて、と。




ありがとうございました!

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