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28. 帰路の話



 一悶着あったものの……無事買い出しを済ませた私は、ユウハさんとトペくんと一緒にペンションへと戻っていた。


 私がトペくんを探しに走って行ったあと、ユウハさんは隊長さんたちと掲示板の前ですぐに別れて追いかけて来ていたらしい。

 やはり勝ち逃げについて最後まで根に持っていたと、面倒くさそうに笑っていた。


「ルナンさん、どうしたの? 浮かない顔してるよ」


 帰路にある森の道を歩いていると、ユウハさんが体を傾け尋ねてきた。


「ああ……えーと」


 一瞬言いよどんでしまった私は、少し先を歩くトペくんの後ろ姿を見つめた。


 トペくんは私のお手伝いがしたいからと、買い出しの荷物を一つ持ってくれている。軽い物を渡したけれど、落とさないよう慎重に歩を進める姿が堪らなく可愛かった。


 この距離なら大丈夫だと、私は話を切り出した。


「トペくんに聞かれたら思い出してまた心配してしまうかもしれないから控えていたんですけど……さっきの騒ぎのことが気になってしまって」

「ああ! 亜人の男の子だっけ。種族はうさぎだったって」

「はい」

「わわっ」


 あ、トペくんがまた転びそうになった。


「トペくん、大丈夫ー?」

「だいじょーぶだよ」


 やっぱりあのズボン大きいんだよなあ、と思いながらも話を続ける。


「薬を探していたみたいなんです。妹が熱を出したって」

「そういえば、トペちゃんもあのとき浮かない顔してたよね。それが原因だったんだ。それでルナンさんも気になってるんだね」

「気になると言うか……まあ、そうですね」


 確かに気になっているのは事実だ。けれど私の場合、トペくんのように純粋な気持ちで心配しているのとは違うと思う。


「『オレのせいで、妹が同じ熱にかかった』って、言っていたんです、その子」

「つまり、最初はその子がかかっていたけど移ったってことかな?」

「恐らく、そうじゃないかなと」

「確かに心配だね。にしても、亜人の子が熱かあ……ちょっと厄介だし、気の毒かも」


 ユウハさんの表情がぐんと険しくなる。


「厄介、ですか?」

「そうでしょ? だって亜人は、というか亜獣人にぴったり効く薬なんて今の世の中飛び回って探したところでそう見つからないよ」

「え――」

「人間と違って亜人も獣人も、血統が複雑でしょ? 普段は病に罹りにくいけど、それって全く病気の耐性も無に等しいわけなのね。もうただの風邪でも場合によっては命とりだよ」


 淡々と話すユウハさんは、横にいる私の面食らった顔にも気づいていない様子だった。


「……」


 思い出すのは、うさぎの亜人、あの少年の姿と。

 もう一人。

 先日の露天で熱病に効く魔術薬を買ってくれた、煤で汚れた布を被った小さなお客様。

思えばこの二人は、似たような布を被っていたような気がする。

 自分の中で点と点が繋がったような、そんな感覚があった。


「兄妹かぁ……」

「ルナンさん?」

「すみません。独り言です」


 もし、自分の予想が当たっていたとして、今も魔術薬を探し回っているのだとしたら――。


「あの、ユウハさん」

「どうしたの?」

「亜獣人に効く薬がないと言っていましたけど、魔術使いが作った完成度の高い魔術薬も意味ないんですか?」


 故郷の村では、亜獣人関連の書物は数冊ほどしかなかった。亜獣人には魔術薬が効きにくいなんて初耳だったので、快く答えてくれているユウハさんを頼ってしまっている。

師匠は訊けばなんでも教えてくれるというよりは、どっちかというと経験から知れ若者タイプなのだ。面白がって隠されることもしばしばあるので、こうして話してくれる人は貴重だった。

 そして、嫌な顔一つせず、ユウハさんは教えてくれた。


「いくら優秀な魔術使いでも、限りはあると思うよ。なにせ魔術使いは根本的に足りないものがあるから」

「何か必要な物があるんですか?」

「うーん、それはねー」


 ふと上を見上げたユウハさんは、細めた目をこちらに向けて言った。


「血だよ。魔力も何もかも、力を起こすには術者の血が必要なの。で、亜獣人にも効く薬を作れる人の血っていうのが――」


 そこはかとなく、その先が感じとれた。ごくりと自分の唾を飲み込む音が聞こえる。


「魔女の血。つまり、魔女しか完璧なものは作れないってこと」


 そのあと、ユウハさんは付け足すように「もう世界には、ひと握りの生き残りしかいないみたいだから難しいけどね」と残念そうに肩をすくめた。


 亜獣人に魔術薬が効く効かないについて、当の本人たちは周知のことだが、逆に人間の認識は甘いらしい。

思いのほかユウハさんには博識な面があった。私がまだまだ勉強不足なだけかもしれないけれど、にしては人間と亜獣人の中立を保って言っている風だった。


 あのうさぎの亜人の少年が外を出歩いていたってことは、私が渡した魔術薬を飲んで体が回復に向かってくれたのだろう。だからって病み上がりに激しい行動をしてはぶり返す可能性もあるんだけど。

 それでも、あの少年を見たかぎり治ってはいた。

 だとすれば、魔女の血が影響するという、ユウハさんの話はすべて嘘偽りなく真実だ。


「ユウハさん、教えてくれてありがとうございます。実は私……生まれた時から今まで山奥の集落に住んでいたので、亜獣人について疎いところが多くて」


 これでよく宿屋を開けているなと洪笑されそうだ。本当に言われたら返す言葉もないんだけどね。


「本当に助かりました」


 そんな謝意を表す私の言葉に、ユウハさんはなんて事ないと首を縦に振って笑った。


「本当はね、亜獣人にも親切な宿って初めてだなって思ってたんだ。あたしは色んなところを旅してるけど、悲しい話も聞くから」

「悲しい話?」


 そう返した私に、ユウハさんは沈鬱な面持ちをしていた。ふと数メートル前を歩くトペくんを確認すると、私にだけ聞こえるように顔を寄せてくる。


「毛皮の部分をね、剥いじゃうんだって」

「え……?」


 ぞくりと寒気に似たなにかが背筋を這い上がる。

表情を読み取ったユウハさんは、眉尻を下げてただ静かに頷いた。


「一番酷かったのは、十数年前の話だったらしいけど。今もいるみたいなの、亜人の毛も、獣人の毛も、好んで剥ぎ取って剥製にするような人たちが」

「……」


 あまりのことに言葉を失った。

どう言っていいのか分からない。けれど、我慢できず私は手のひらを強く握りしめていた。


「おねえちゃん、見えたー」


 トペくんが嬉々とした動きで振り返る。

ビクッと肩が震えた私とは対照的に、ユウハさんは元気よく手を振っていた。


「ルナンさん、やっと着いたね!」


 木の葉の先に見える建物の屋根に、帰ってきたのだと肩の力が抜ける。

もうすっかり、ここが私の家なんだと実感した。


「こんな話、急にすることなかったね。あまり深く考え込まないで? そういう人たちがいるって話だからさ」


 獣人のトペくんがいる手前、これ以上の深い話は出来ない。


「はい、そうですね」


 ユウハさんの心遣いに、私は不自然にならないよう笑うので精一杯だった。




ありがとうございました。


変更のお知らせ。


冒険者の男女の名前。

ルズ→リズ

ルッセ→ラッセ



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