27. 騒動
切れなかったので長めですm(_ _)m
ユウハさんと隊長さんたちは、昨日の夕方に偶然同じ小料理屋で相席になったらしい。
酔いが回り調子づいていた隊長さんが、隣で大量に注文した料理を頬張るユウハさんに目をつけ、「俺に勝てたら全部奢ってやる」と勝負を挑んだ。
同じ席に居たリズさんとラッセさんは何度か止めたが、ノリノリでユウハさんも勝負を受け、結果勝ちを頂いて早々に店を出ていってしまったのだとか。
「あの後なんだよ〜。お菓子屋さんハシゴしちゃったの」
「なにぃ! あんだけ俺に奢らせといて、まだ食ってたのかっ」
「だから、奢らせたって言い方しないで欲しいなあ。あたしは正々堂々勝負して、勝っただけだもん」
「この人の言うとおりじゃん、隊長。自分でお小遣いすっからかんにして、本当にダメな大人代表って感じ!」
「今月苦しくても僕は貸さないんでー」
大人気なく悔しがる隊長さんには、リズさんとラッセさんも白い目で見ている。
和気あいあいと会話をするのはいいんだけど、どうしてもトペくんが気になってしまう。
「……」
トペくんは私の腰に両手を添え、遠慮があるものの抱きついてきている。
ユウハさんもさり気なく私の隣に立ち、トペくんを庇っていた。
「まあいい……過ぎたことをガタガタいつまでも言うのは男のする事じゃないよな。ああ、そうだ」
「いや、蒸し返してきたの隊長でしょー」
自分に言い聞かせている隊長さんに、この場にいた私たちは同じことを思ったに違いない。
それをラッセさんが代表して突っ込んでいた。
「もー、友達と来てるのにごめんね。うちの隊長ったら相当悔しかったみたいで。お姉さんも引いたでしょ?」
気を遣ってなのか、リズさんが私に話を振ってきた。
「いえいえ、仲が良さそうで見ていて楽しかったです」
とはいえ、無難なことしか言えない。
露天商として接客しているときは顔も見えていなかったので気楽だったが、今は少し緊張する。
まあ、大丈夫だよね。印象操作の首飾りもしていたし、私とあの露天商が同一人物だって勘づかれはしないはず。
「この人はルナンさん。あたしがお世話になってる宿屋の店主さんだよ」
ユウハさん……紹介してくれたんですね。そうだよね、ここまで話し込んでたら自己紹介しないのも不自然だし。
「宿屋の店主さん!? 女将さんじゃなくて、店主さんってことだよね?」
「そうです。月の宿という――」
「えっ、この貼り紙の……?」
間髪入れずにリズさんが先ほど貼ったばかりの貼り紙を指さした。
あきらかに『亜獣人宿泊可能』の文字を注視しているリズさんとラッセさんに、私はただ笑みを浮かべた。
言葉には出さないが、この二人は『亜獣人宿泊可能』に微妙な反応を見せている。何か事情を把握している素振りの隊長さんも、あえて触れないでいるようだった。
「号外ー! 号外だー!」
そんな野太い男の声が街中にこだましたのは、会話も途切れ誰かの一声を待っていた時だった。
大量の紙束を脇にかかえた数人の男たちが、道行く人々に手渡していっている。
「なんだろう? ルナンさん、あたし達も貰おうよ」
ユウハさんは男の一人に数枚の硬貨を払い、記事のようなものを一枚買い取った。隊長さんたちも同じように三人で一枚のものを共有して見ていた。
「魔女……」
確認した紙面に、私は思わず声をもらす。
「えー! 魔女の生き残り!? これ、かなり凄いよねラッセ!」
「アトラディカ王国の辺境にある集落に、魔女の生き残りを発見、王家が保護したって。魔女って実在したんだねー」
「それは当たり前じゃん」
「……アトラディカか」
興奮するリズさんの横で、隊長さんは思案げに首をかしげていた。
「ねえ、ルナンさん。どう思う?」
肩がびくりと震える。思ったよりも動揺しているみたい。
ユウハさんは私の顔を覗き込みにっこりと笑っていた。
「どう思うというのは……どういうことですか?」
「だってほら、アトラディカ王国とこの冒険者街も統治領土のひとつのリュアーシ王国はかなり前だけどかなり対立してたでしょ?」
私は紙面にもう一度目を通す。
魔女というのは間違いなくリリアンのことだ。約一ヵ月ほど前に、私たちが住んでいた村に王子殿下が直々に訪れリリアンを連れて行った。
他国のことだから情報が一ヶ月遅れで届いたのだろうか。それともしばらくは魔女の生き残りの事実を隠していたのかもしれない。
どんな意図がそこにあるのか定かではないけれど、過去対立関係にあった国が、強大な力を持つ魔女を手に入れた。
ユウハさんはそのことを、どう思う? と訊いている。
「確か……アトラディカ王国とリュアーシ王国はお互い休戦協定を結んでいたはずですよね。魔女一人を迎え入れたところで、そう大きく事態が変わるのでしょうか」
「変わるんじゃないかなあ。魔女って、いるだけで国を優位に立たせる存在だったっていうし。その力は計り知れないもの」
なんてことない顔で言うユウハさんに、私はただ笑顔を貼り付けて相槌を打った。
……魔女、凄すぎない?
歴史上で魔女が人々の争いに手を貸し、それによって戦況が大きく左右されたという話は誰もが周知のことだ。
人々は今もなお、魔女が遺したものをひとつでも解読しようと躍起になっている。それが探究心、好奇心からくる純粋なものならいいんじゃないかと思う。
けれど、国同士の軋轢が生じる問題なら誰にだって気分の良い話ではなくなる。
「お恥ずかしい話ですが、私はあまり情勢に詳しくないので……今は、軌道に乗ってもいない宿の経営で手一杯です。難しいことは偉い人にお任せします」
「……ルナンさんって、面白いこと言うね!」
私が出した答えに、ユウハさんは愉快に笑った。
何となく、師匠と契約を結んだ幼少の頃を思い出した。確か私はあの時も師匠に同じようなことを言ったっけ。
そんなことより、ペンション経営がしたい、と。
「――おねえちゃん、あれ」
後ろから服の裾をちょんっと引っ張られる。ずっと待たせてしまっているからトペくんが痺れを切らしたのかもしれない。
「ごめんね、トペく……トペくん!?」
振り返ると、ぴったり私の腰にくっついていたはずのトペくんの小さな後ろ姿が見えた。
「あれ、ルナンさん。トペちゃんは?」
「急に走り出してしまって……すぐに追いかけます!」
「あれ、もしかしてずっと隠れてた子? どっか行っちゃった? ラッセ顔見た?」
「見てない」
ユウハさんたちの返答を聞き終える前に、私は全速力で走り出していた。
「いた……!」
人混みをうまく掻い潜りながら、やっと見えてきた後ろ姿に安堵の息をつく。
ピタリと立ち止まったトペくんの意識は、ある露天に向けられていた。
「トペくん、急に走って行ったら危ないよ! 転んで怪我したらどうするの」
「あのね、あの……ごめんね、おねえちゃん。あのウサギのおにいちゃん、困ってるから」
トペくんの肩に両手を置いた私は、その体勢のまま前を向いた。
「あれ、あそこは」
私が毎回露天を開いているスペースだ。今は別の露天商が陣取っていて、客と何やら揉めている様子だった。
「だーかーら……うちは薬草売りだって言ってんだろ! 魔術薬なんて高価なもん取り扱ってねぇっての」
「嘘つくな! ここで買ったって妹から聞いてるんだからね! ひとつだけでも売ってくれたっていいだろっ」
露天商は外套を深く被り顔を隠していた。丈は随分と短いが私の露天商スタイルとかなり似ている。けれど体格は布越しでも分かるほどがっしりとしているので、雲泥の差だった。
露天商に食ってかかる客も、煤で汚れた布のような物を身につけている。うまく縫いつけて出来たような形のそれは、お世辞にも綺麗とは言えない。
「あの小さいほうの子が、ウサギのお兄ちゃん?」
「うん。さっき、耳が見えた」
トペくんは心配そうに様子を見続けている。
「オレのせいで、妹が同じ熱にかかっちゃったんだ! もうずっと苦しそうでっ……薬が必要って言ってるじゃん! この、極悪人!」
「んだとぉ!? とっとと帰れ商売の邪魔だ!」
「うっ……!」
露天商に蹴られた少年は、鈍い声をあげて地面を転がった。
その衝撃で隠していた頭の布がずるりと外れ、見えたのは長い耳。ああ、本当にうさぎだった。
顔の直径とほぼ同じ長さの耳は、露天商に突き飛ばされ痛みを受けたせいかへにゃりと垂れ下がっている。
暖色系のクリーム色の髪は、くせっ毛なのかふわふわと柔らかそうで。鈴を張ったような真紅の瞳も相まって可愛らしい顔立ちをしていた。
私が想像していたうさぎの亜人の耳は、もっとピンと立っていて顔の二倍の長さはあるものだと思っていたけれど、これはこれでリアルだと勝手に納得してしまった。
他の亜人にも言えるけれど、うさぎの種類で変わってくるのかもしれない。
「なっ……亜人の餓鬼だと! 帰れ帰れ、お前に売る商品なんて一個もねえ!」
露天商は耳を公の場で晒したうさぎの少年を見下ろしながら罵声を発していた。
「そこまでにして頂けませんか」
もう一発蹴りを入れようとでもしたのだろうか。私はうさぎの少年に向かって足を上げた露天商の前に立ちはだかり無意識のうちに睨みつけた。
……睨んではいるけど、思ったよりこの商人の男が大きくて怯みそう。いかん、弱気になっちゃダメだ。
「なんだ嬢ちゃん、部外者は引っ込んでてくんねーか。こっちは営業妨害されて大損なんだからよ」
「はい、見てました。確かにこの子にも謝らなければいけない部分はあったかもしれません」
「……っ」
背後でうさぎの少年が身動ぎする気配を感じたけれど、真っ直ぐ前を見続ける。
「ですが、往来の場でこれ以上騒ぎを起こし続ける方が不利益を被るとは思いませんか?」
そして、露天商の視線を大通りへと向けさせた。
怪訝な顔をして離れた場所から様子を窺う通行人たちは、露天商とうさぎの少年を交互に見ている。
うさぎの少年に対して嫌悪感を表に出す人間もいたが、私が仲介に入っているからか、露天商の乱暴な言動にも注目していた。
「く、くそぅ……」
露天商の後ずさりする姿に少しだけ可哀想に見えてくる。この人も露店売りを稼業にしているなら客足の低下は痛手だろう。
だからって男の子を蹴ったことは許せないけどね。蹴ることないと思うんだ。蹴ったら駄目でしょ。
「薬草を売るなら右大通りのほうがいいですよ。あそこは魔術薬とか、調合薬の材料を販売しているお店がけっこうありますから。ここより客足も伸びると思います」
露天商は驚いた様子だったが、それを聞くと私に小さく会釈をして露天を右大通りへと移していった。
ちなみにここは中央大通り。冒険者ギルドが多く犇めくため、魔術薬といった完成品のほうが求められやすい。あとは食材かな。
とりあえず大事にならなくて良かった。
膝の震えは何としても隠しておこう。トペくんに見られたら恥ずかしい。
「お、おにいちゃん。大丈夫?」
「……」
後ろにはうさぎの少年に手を差し出すトペくんの姿があった。
つい先ほどまで露天商が亜人に対する暴言を吐いていたというのに、気にした様子はなくケロッとしている。トペくん強い子だ。
「……ありがと」
毛に埋もれたふにふにの肉球をじっと見たあと、少年は素直にトペくんの手を取った。
「うんしょ」とかけ声を出すトペくんからしてみれば、この子はお兄さんなのかもしれないが、私よりは幼く見える。
「お腹蹴られてたよね。怪我はしなかった?」
トペくんを手伝おうと、私も少年に手を差し伸べる。――しかし。
「……っ、触んな!」
出した手は強く弾かれてしまった。
その勢いで立ち上がった少年は、トペくんの時とは打って変わり鋭い視線を向けてくる。
「オレは助けてなんて言ってない! 意地汚い人間が勝手に助けた気になるなよ!」
「そんなこと」
「人間なんて、人間なんて……! くそっ、くそ!」
それだけを言い残して去っていった少年の目元は、瞳の色とは別に赤く腫れていて。
「おねえちゃん。あのうさぎのおにいちゃん、泣いてた」
「……そうだね。お腹でも、痛かったのかな」
「早く良くなるといいね」
「そうだね。トペくんは優しいね」
「おねえちゃんも、やさしいよ」
「ありがとう、トペくん」
心配そうに人混みへと消えていった少年を見つめるトペくんに、私はそう返すことしかできなかった。
ありがとうございました。
少し騒がしくなりそうです。




