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26. 遭遇




 昼時の冒険者街は、混雑する時間帯で一、二を争うほど、人が溢れ返っている。


 冒険者に加え、行商人や見物客が道を行き来し、お祭りでも開催されているんじゃないかと錯覚してしまう。

 落ち着いてゆったり散策したいというなら朝方か、夕方のほうがおすすめなのだが、店を見てまわる場合は昼時が一番いいタイミングだろう。


 ただ、トペくんが一緒だということを考えるといつも以上に周囲に気を配らないといけない。

 今のトペくんは、ローブを深く被り、ブーツをしっかりと履いている。これは旅でいつもしている格好なのだとか。

 これなら見ただけで獣人と気づかれることもないだろうけど、なにがあるかわからないので注意が必要だった。


「ユウハさん、本当に大丈夫なんですか? トペくんも一緒に連れて来てしまって」

「大丈夫大丈夫。あたしが責任持つから!」


 どーん、と自分の胸に拳を当てるユウハさん。地球で宿泊客のお子様を勝手に外へ連れ出したら問題になること間違いなしだが、この世界ではそういった管理がかなり甘いらしい。

 それにトペくんも、初対面のユウハさんには驚いていたが、やはり寂しかったのだろう。初めて自分の意思で「行きたい」と言葉にしていた気がするから。


 実を言うと冒険者街に向かう前に「部屋にトペくんを一人にさせるほうが心配じゃない?」と、ユウハさんに痛いところを突かれていた。

 師匠もいるし対策はしているけれど、それらを詳しく話すことは出来ず、結局は勢いに押されて今の状況に繋がるというわけだった。


 受付のカウンターに書き置きと、ヨッサンさんとトペくんの部屋にも、トペくん直筆の手紙を置いてきてはいた。

 万が一にもヨッサンさんが早めに帰って来た場合、誘拐とかの心配はされないと思うが、やっぱり人様の子を連れ出すのは抵抗がある。

 森の入口の境界線も、鈴も、いつも通りに準備してある。師匠にも頼んでおいたから多少は安心なんだけど。


 ……いや、でも何かあったら絶対に守ろう。もう保護の術でもなんでも行使して、気を抜かずにいないと。

 ああ、だけどトペくんあんなに喜んでる。ズボンが大きくて転ばないかとハラハラしちゃう。


「トペちゃんはしゃいじゃって可愛いねえ〜」


 それには激しく心の中で同意した。

 でも、ユウハさんのこの反応。気になっていたけれど、ユウハさんは亜獣人に全く偏見がないみたいだった。

 当たり前のように小熊のトペくんと接し、態度の変化も見当たらない。

 その事には心底ほっとしたが、ユウハさんって、ペンションのお客さんの中でも上位にいるくらい謎多き人のような気がする。


「おねえちゃん! あれ! あれなに?」

「あれはねー……なんだろう」


 トペくんが指差す方向の屋台を確認するも、私も分からずトペくんと顔を合わせて首を傾げた。

 見たことない屋台だ。最近になって新しく冒険者街に入ってきたのかもしれない。


 ホットドッグに清潔にした木の棒を刺して、さらにチーズやらソースやらをコーティングしたようなカロリー爆弾な屋台メニューだけど、客足は良いのか冒険者を中心に人集りが出来ていた。


「あれはトロリットっていうんだよ」

「トロリット、ですか?」

「そうそう。中も外もチーズたっぷり入ってて、すっごく美味しいよ〜。あ、食べたくなってきた。昨日も食べたけど……日付変わってるし関係ないよね!」

「ユウハさん、食べるんですね」


 またお腹を下しそうな予感しかないけれど、本能には逆らえないらしい。


「おいしそう……」


 トペくんも物欲しそうに見つめていた。

 自分の鞄から金袋を出し、硬貨を確認している。


「あたしが買ってあげる! おいでトペちゃんっ」


 ユウハさんは楽しそうにトペくんの手を取ると、トロリットの屋台へ駆け出して行った。

 まだユウハさんに慣れないのか、私のほうを振り返って「おねえちゃん!」と訴えている。

 けれど、それよりもユウハさんの動作が素早く、あっという間に屋台の人混みへと入って行ってしまった。


「だ、大丈夫かな……」


 トペくんも怯えているというよりは、照れている感じなので嫌ではないんだと思う。


 二人が戻って来るまでの間に、私は近くの掲示板に月の宿の宿泊プランを書いた紙を貼ることにした。

あとは冒険者ギルド内の大掲示板にも貼れたらいいんだけど、そこまで行くには少し距離がある。


 私も屋台のほうに様子を見に行こうか考えていたら、貼ったばかりの掲示板の前で立ち止まる冒険者が現れた。


「“月の宿”……? これ、あのダンジョンの近くじゃねーか」

「あっ、本当だ! いつの間に出来てたんだろ?」

「亜獣人の宿泊も大丈夫って、変わった宿だねー」


 この声は……と顔を横に向けると、あの三人組がそこに居た。

 先日の露天販売で、最後に魔術薬をすべて買い取っていった隊長さんと、共にいたリズさんとラッセさんだ。

 魔術薬の仕入先を執拗に尋ねられたりしたけど、結局あれからまだ露天は開けていなかった。ちょっとだけ、至近距離にいられるのに緊張してしまう。


 とはいえ、今の私の姿は性別不明の露天商ではない。ペンション業務時に着用している腰巻きエプロンを外しただけの、素顔を晒した姿である。この人たちが私に気づくことはないだろう。

 そう、高を括っていた。


「ルナンさーん! トロリット買ってきたよ〜! これルナンさんの分ねっ」


 ブンブンと手を振り、トペくんと仲良く並んでこちらに戻ってくるユウハさん。その通る声は、私の近くにいた三人組の耳にもしっかりと聞こえていた。


「おかえりなさい。わあ、わざわざ私の分まですみません。お代は……」

「いいよいいよ〜。無理に付き合って貰ってる自覚はあるからねっ。これはほんのお礼の気持ち」


 ……自覚、あったんだ。

 あまりの清々しさに笑いがこぼれてしまう。


 強引に連れてこられたのは確かだけど、私も無理なら無理だとはっきり伝えることくらい容易にできる。それをしなかったのは、単純に近い年の子と街へ出かけることに惹かれていたからなのかもしれない。


「おねえちゃん、これ美味しいよ」

「うん、トペくん。持って来てくれてありがとう」


 出来立ての湯気立つトロリットをトペくんから受け取り、ふうふうと何度か風を送る。

 火傷しない程度に冷ましてから、表面からもチーズがとろけ出ているトロリットの先端を一口かじった。


 口内に溢れ出る具の肉汁と、絡まりあったチーズの相性は文句なしに抜群で、自然と口角が上がってしまう。


「ね、ね? 美味しいよね!」

「はい、本当に美味しいですね」

「んむむ、のびる」


 伸ばしても伸ばしても、なかなか切れてくれないチーズにトペくんは悪戦苦闘していた。うん、可愛くていつまでも見ていられそうだ。

 でも可哀想だから手伝ってあげよう。


「あーー! お前! 昨日の食い逃げ女じゃねーか!」


 その聞き覚えのある声は、またもや隣からだった。

もうどこかに行ったのだと思っていたのに、先ほどの三人は今もなお、同じ場所で立っていた。

 大声を出したのは隊長さんで間違いない。


 刮目する隊長さんは、わなわなと震えた腕をあげ人差し指をこちらに向けている。


「はえ、あたしのこと?」


 当てられていたのは、ユウハさんだった。

 口いっぱいに頬張っていたトロリットを一気に飲み込んだユウハさんは、じぃっと隊長さんを確認すると、ケラケラとお腹を抱えて笑い出した。


「わあ、昨日の人だ。っていうか人聞き悪いなあ。食い逃げじゃなくて、勝ち逃げだもんね?」


 心外だと言い返すユウハさんだが、私とトペくんはなんのことやらさっぱり理解できず蚊帳の外となっていた。

 さすがのトペくんも三人には警戒しているのか、今は私の後ろに隠れて絶賛人見知り発動中だった。


「あ、ごめんね二人とも。この人は……ええと、あたしも詳しく知らないんだけどね。昨日、大食い勝負してあたしに負けた人!」

「いいや、あれは接戦だったろ! 次の勝負を挑む前に勝手にトンズラかましやがって! あれは無効だ無効!」

「えー……大人気ないね」


 ユウハさんのこのドン引き具合、初めて見たよ。





本当はサクッと一章を終わらせる流れの話に持っていきたかったのですが、せっかくだからとわちゃわちゃさせちゃいました。

ほんの少しお付き合い頂ければ幸いです( ⌯᷄௰⌯᷅ )

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