2. 月の宿
アーツでの亜人と獣人。
亜人→見た目がほぼ人間（主に耳と尻尾、また種別によって特徴がでる）
獣人→頭がほぼ獣（全身毛で覆われているか、種別によって皮膚などに特徴がでる）
あれから二ヶ月後。
中央大陸に位置する『リュアーシ王国』の所有する島の一つ『レリーレイク』は、またの名を『冒険者の街』と別称され賑わっていた。
レリーレイクの周囲の島々には、ダンジョンと呼ばれる魔窟が点在するほか、魔鉱石や魔獣、肉食植物など冒険者魂をくすぐられる大地がいくつもある。
また他の島や国へ行き来可能な船が数々あるため、多くの冒険者たちの拠点にもなっていた。
レリーレイクの人口の半分は人族、つまり人間。そして次に多い種族が亜人、その次に獣人なのだが、どちらも人間との関係はお世辞にも良好とはいえない。
理由は数世紀前に起こった大勢の種族がいがみ合う争い……『世界大戦』の影響が、今も根強く残っていることが原因だとされていた。
さて、冒険者街の西門から出て少し歩くと、小さな森が見えてくる。
木陰でわかりづらいが、よく確認すると整備された道があり、真っ直ぐ進むとソレはぽつんと建っていた。
『月の宿』
安直に宿主の名前から付けた宿屋――またの名をペンションと云う。
外観は趣のある古びた洋館ではあるが、しっかりと清掃がされている。
三階に屋根裏風の客室が三部屋、二階に七部屋ある本館の後ろには円形屋根の旧館が建っており、前後に並び渡り廊下で繋がっていた。
その他本館には八角形の展望台もあり、天気の良い日に森林浴をするのも気持ちがいいことだろう。
入り口の扉を開けるとカランコロンと涼しげなベル音が鳴ってお客様の来店を知らせる。
入ると吹き抜けになった開放感のあるエントランスロビーと、ラウンジ、カウンター。
ほのかに木の優しい匂いが香ってくる。
くつろげるラウンジには、ソファとハンモックがあり、冬はロビー全体を暖められる大きさの暖炉があった。
「おかえりなさい、師匠」
カウンターに腰掛けた状態で、扉に細い隙間を作って入ってきた黒猫に、私は笑みを浮かべた。
……ああ、今日もお客様が誰も来ない。
思えばここは、ところどころ西洋要素の強いファンタジーな異世界。
一般的な連絡手段といったら手紙か口伝え。インターネットなんてあるわけないので、「予約していた〇〇です〜」という流れには決してならないのである。
そして森の奥にひっそりとあるため、どうしたって人通りがない場所にそう簡単にお客様が入ってくるわけない。月の宿に泊まろうと思わなければ本当に。
そう確信したのは、このペンション『月の宿』を開業したその日であった。
……いや、開業準備を進めているうちに薄々気づいてはいました。なんせ資金に余裕があったわけじゃなかったし、冒険者街の中の物件は値段が恐ろしく高いか、条件に合わないものばかり。
できれば一括払いで済ませたかった私のお眼鏡にかなっていたのは、いつの間にか無人となっていたこの建物である。
私の事情を含め、どことなく前世に経営していたペンションと似た雰囲気があったり、ボロボロで修繕費が凄まじくかかるため十年以上前から買い手がつかず、プラスしてワケあり物件でタダ同然の破格の金額。格安だったということもあって購入を決めてしまった。
本館の後ろには旧館、おそらくガーデニングしていたのであろう庭園と畑もあり、薬草を育てるには打ってつけの環境だ。
だから……この場所を選んだことに後悔はない。後悔はないんだけれど、お客が来ないことにはペンションとして機能しないのである。
清々しいくらい機能、しないなぁ……。
「ちょっと薬草園見てくるから、受付番よろしくね、師匠」
「わかったわかった。相変わらず猫使いが荒いことだ」
「師匠の大好物も採ってくるから」
「ここはわしに任せろ」
ラウンジのソファにだらりと寝転がった師匠は、無駄に良い声を出して頷いている。
その反応に苦笑しつつ、重い腰をあげ、カウンターから出た私は薬草園へと向かった。
