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17. お薬完売

ブックマーク、ありがとうございます!



 露天を開いて一時間も経たないうちに、冒険者街は通常の賑わいを見せ始めた。

 どこからか、焼きたてのパンの薫りが風に乗って流れてきた。客引きのかけ声もいたる所から聞こえて、いよいよ本格的に栄えてくる。

 これから出立する冒険者も数えるのが億劫になるほど増えていた。武器屋や防具屋、薬屋の数は冒険者街だけあって多い。旅支度または装備を整える冒険者はそういった店舗を行ったり来たりと流れ歩いていた。


「まいどあり」


 私はぺこりと頭を下げ、その後ろ姿を見送る。

 順調に売りさばき、食料品は今のお客で完売となった。

 大きさや、色艶の良さなら他にも負けていないと思っている自分の育てた野菜が売れるのは気分がすこぶるいい。

 初めて売れたときも、本当に売れるんだと嬉しくて喜んだ記憶がある。


「いってて……ったく、酷い目に遭った」

「もー、しっかりしてくださいよ隊長」

「あたし達まで巻き添えくらいそうだったじゃないですかあ」


 荷車の下のテーブルを折りたたんで片付けていると、くたくたになった様子の冒険者たちの会話が聞こえてきた。

 朝方に早く出立して近くの島のダンジョンから戻ってきたのだろう。隊長と呼ばれる短髪のイカつい男は、肉食植物の吐いた毒液が右ふくらはぎにかかったようで、左右に立った年若い男女の肩に掴まりゆっくりと歩行していた。

 両隣に支えてもらってはいるが、隊長の体格が立派過ぎるのでどちらも押し潰されそうになっている。あれでは共倒れしそうだ。


「早く薬を買わないと。もお、隊長おもーい」

「元はと言えばリズ! お前が持ってきた回復薬を落として全部割ったせいだろがっ!」

「リズも悪いけど。隊長も駄目だよ、ひとりでサハグリトエの口の中に突っ込むからー」

「そーだそーだ。ラッセの言う通り。欲張って毒を採取し過ぎなんだよー」


 ポコン、と可愛らしい音が女の子の頭から鳴った。続けて拳を握り締めたままの隊長が「お前が同調すんな!」と叱り始める。

 なんというか、楽しそうな光景だ。

 隊長と呼ばれる男は本気で怒っているわけでもなく、子どもに接するような感じでリズという赤茶色の髪の少女に説教を垂れている。それを宥めるラッセという少年も同じ赤茶色の髪をしており、髪型に違いはあるものの二人の顔はよく似ていた。

 

 私はまた瓦礫の塊に座り、そんな冒険者三人の様子を伺っていた。

 元気そうで何よりだけど、あの隊長さんサハグリトエの吐いた毒をふくらはぎに被っちゃったんだよね? 

 範囲が狭いとはいえ、そうのんびりとじゃれ合っている場合ではない気がするのだが。重傷だとさすがに笑ってはいられないけど、生傷をたくさん作って帰ってくる冒険者たちは平気そうな顔をしている人ばかり。そんな彼らを見ているからか、冒険者というのはタフな人たちが多いイメージが付いてしまった。


「あ、あそこ! とりあえずあの露天で薬を買って応急処置しましょー」


 ふたつに結んだ髪をフワッと揺らした少女が、こちらを指さしてそう言った。

 なるほど、うちですか。

 だが、隊長の顔はどこか嫌そうだった。


「ギルドはすぐそこなんだぞ。わざわざ効くかもわからない露天の薬なんて買えるかよ」


 聞こえてますよ。

 隊長さんは露天商の扱う薬に抵抗があるご様子。

 そういえば、どうして隊長と呼ばれているのだろう。冒険者ギルドの人で間違いはないようだけれど、隊長? リーダーとは違うのかと疑問に思った。


「そんなこと言って、どうせこの間の活力薬がお腹に当たったこと根に持ってるんでしょー。僕たちは止めたのに、あの露天はヤバそうだって」

「三日三晩腹痛とか凄いよねえ。隊長にそこまでさせちゃうなんて、ある意味劇薬?」

「なんだとリズ! 戻ってこい!」


 薬で腹痛を起こすとかそれ薬じゃないだろう。

 えらいことを聞き耳で知ってしまい、どこの誰かわからない隊長さんには同情した。

 そうしている間にもリズという少女は小走りで私が開く露天に近寄って来る。結果、ひとりで隊長さんの体を支えているラッセという少年は今にもギブアップしそうな顔で耐えていた。


 サハグリトエの毒なら持ってきた魔術薬で対処できそうだ。

 座っていた瓦礫から離れた私は、必要な魔術薬を思い浮かべながら少女を待ち構える。


「いらっしゃい」

「こんにちは! あのね、毒を治す薬はある?」

「お客さんたちの話、少し聞いちゃったんだけど、サハグリトエの毒だね」

「そうだよ」


 少女は話が早くて助かったー! と嬉しそうに笑っていたが、その後ろにいる隊長さんは「どこから聞かれてたんだ……?」とバツの悪い顔している。

 ごめんなさい、全部聞いてました。


 立ったままでは辛いと思うので、私はさきほどまで使っていた瓦礫に座るように勧めた。

 訝しげにする隊長さんを横目に、魔術薬が置かれる棚から何本か選んで取り出す。


「ここで処置する? できるけど」

「いいの!? やったあ、助かるー」

「リズ、勝手に決めるんじゃねえ。おいあんた、その薬は本当に効き目があるのか?」

「なくはない……としか言えないなぁ」

「もう隊長担ぐの疲れたしさ。やってもらいましょうよー」


 どうも意見が合わないらしい。

 それほどお腹を下した薬が隊長さんの中でトラウマになっているのだろう。


「サハグリトエの毒には麻痺と、育ちようによっては肌が溶ける場合もあるんだけど……溶けてはないみたいだね」


 隊長さんのふくらはぎは火傷のような色になっている。おそらくこれから麻痺が全身に回って体を動かすのが難しくなってくると思う。

 だいたい二十日は麻痺状態が続くと書物で読んだけど、早めに処置をすれば人体を脅かすような怪我ではない。


 処置をしても大丈夫か隊長さんに視線を送ると、悩んでいるのか見つめ返された。

 そのあとお代はどのくらいなのかと尋ねられたので、必要な魔術薬の小瓶を合わせて換算した値段を言えば、余計に悩まれた。

 値段は相場に合わせてあるので高くはないと思う。高くないから断り方が見つからない隊長さんは口ごもってしまったようだ。


 それにしてもサハグリトエの毒に当てられているわりに元気だな。普通の人だったら動けないし喋れなくなってくるのに。

 がっしりとした両腕を組み、うむむむと唸る隊長さんに、無理にとは言わないと引けば覚悟を決めたような顔つきで「よろしく頼んだ」と言われた。

 いやいや、目が怖い。

 頼むときの顔じゃないよそれ。


「ではまず、痺れを止める薬から」


 先にお代を貰って、きゅぽんっと魔術薬の小瓶の蓋を開けた。


「ほら隊長ー」

「いっきいっき〜! のんでのんでのんで!」


 ノリがどこぞのホストのようで笑いそうになった。


「お前らっ……ふごごごっ」


 隊長さんの口めがけて少女が麻痺消しの小瓶を突っ込んだ。哀れに思いながらも次に毒消しの小瓶を……これまた突っ込まれていた。容赦ないわこの子……。

 もう少し間を空けてから飲んで欲しかったのだけれど、今さら言っても遅かったので黙っておいた。危険はないからね。


「おま、お前らふざけるな!」

「あ、隊長ー」

「足動いてるよー」


 足どころか、全身の痺れも取れていると思う。

 

「おお?」


 手をグーパーと動かしてみたり、足を上下にバタバタさせたあと、隊長さんはこちらをじっと見た。


「効いてきたかな。はい、最後にこれね、傷用の回復薬」


 透き通った黄緑色の液体が入る小瓶を手渡す。初見とは大違いで隊長さんは素直に受け取った。

 ごぐごくと飲み込み、荒々しく口元を拭ったところで――焼け跡のようになっていた部分がスーッと消えていく。頬にあった引っかき傷も綺麗に無くなった。


「うん、綺麗に治ってる。もう普通に歩けると思うよ」

「……すげーな」


 言う通りに立ち上がって歩いてみせる隊長さんは、圧倒された様子で言葉をもらした。

 若者二人もあんぐりと口を開けて私を見捉えている。本当に顔が似ている、双子かもしれない。


「それ……そこにある種類全部、効果は同じなのか!?」

「ええ、そうですとも」


 隊長さんは大きく目を見開いて、ちらりと魔術薬の棚に視線を移した。


「それ、全部くれ!」

「全部!?」

「ああ、当たり前だろ!」


 売れてくれるのはありがたいが、そんなに大声で話されると注目を浴びるので控えて欲しい。よかった端のスペースを選んでおいて。


「うーん、全部か……。そろそろ撤収しようと思っていたからいいんだけど」


 そうは言いつつも、私は遠くを見つめた。

 実は隊長さんが魔術薬を口に突っ込まれていたあたりから、こちらの様子を隠れて伺っている人影があった。もしかしてお客かなと様子見でいたんだけど、なかなか姿を現してくれないのでどうしようかと考えていたのだが。


「そこにいる……えっと」

「……!」


 私に指摘され驚いてしまったのか、人影がびくりと揺れる。そして、そろりと建物の後ろから飛び出してきたのは、想像していたよりもずっと幼い子どもだった。

 とはいえ、その小さな体はローブとも言えない煤で汚れた布に隠れてしまっているので顔は見えない。


 とてとて、軽い足取りで走ってくる。


「あの……あの……」


 隊長さんの脇を素早く通って、恐る恐るとその子は震える声を懸命に絞り出していた。


「お熱が、おにいちゃんの、お熱のおくすり……」

「お兄ちゃんが熱を出したの?」


 こくこく、と頷いた。

 熱病の魔術薬なら確か一、二本あったはず。魔物にやられたのを想定して積んでくるのは傷回復などの魔術薬だったけれど、もしもの時にと持ってきていたのが荷車の棚にある。


「熱だけ? お腹が痛いとか、他にはある?」


 その子はふるふる、と首を横に動かした。


「そう、そしたらこれかな。甘いからそのまま飲んで大丈夫だよ。飲んだら一日ゆっくり休めばいいからね」

「これ……」

「少し多いかな。これだけあればいいんだよ」


 バラバラと両手にある代金を私のほうに差し出してきたので必要な分だけ取り、小瓶を渡す。

 それを大切そうに小さな両手に包むと、深くお辞儀をして方向転換、そしてまた素早く駆けて行った。


「あれ、亜人の娘だな」

「げ、そうなの?」

「なんでこっち側に来てるのかなあ」

「さあな」


 淡白な反応をする三人。

 なんとなく、そうだと思った。

 あの子が駆けて行った方角は北。北側は亜獣人だけで成り立っている地区で、被っていた布も頭のほうが不自然に浮いていた。

 きっと長い耳を持つ動物の亜人なのだろう。


 これ以上の亜人の話題は不穏な空気になりそうだったので、すかさず話を最初の交渉に戻した。


「話の途中に悪かったね、一本売ったのは大目に見てよ。もう他にお客はいないし全部譲るから」

「いや、こっちもいきなり悪かったな。……なあ、あの効果なんだ。魔術薬なのは分かってるんだけどよ」

「なにか問題でも?」

「こんな効き目の強い魔術薬は、王宮勤めの薬師レベル……いや、それ以上かもしれねぇ。お前が作ったのか?」

「――…違う違う、仕入れ先があるんだよ」


 探りを入れてくるその目に、無意識のうちに私はそう答えていた。

 効き目がありすぎる、それが不審に思われている。

 魔術薬は、もともと魔女薬からきた名前だ。今の時代に合わせて私も魔術薬と呼んでいるけれど、この時代の人間にも滅びた魔女が作っていた魔女薬は絶大な効果があると知られていた。

 

 だから、性別を隠せていても私が調合したと言うことによって変な意識を抱かせるのはまずいと思った。

 ここは賢明に他人が作ったことにしよう。


「仕入れ先か……一体どんな魔術使いなんだ?」

「秘密。それを言ったら商売にならないから」

 

 隊長さんは残念そうに眉を下げるが、左右の二人に宥められてとりあえずは諦めたみたいだった。


 けど、今日の売り上げに貢献してくれたことには感謝を言いたい。


「まいど」


 荷車の棚が綺麗さっぱり、何一つも残ってはいない。隊長さんは買い取った魔術薬を後ろで二人に詰めさせていた。


「露天は毎日開いてんのか?」

「時々だよ。他にも店をやってるからね。こっちはいわゆる副業」

「頻度はどのくらいだ?」


 ぐいぐい聞いてくるなあと思いつつ、当たり障りないように返していく。

 もっと薬を買い取りたいという考えは見え見えだったが、私も毎日ここに来られるわけではないので絶対にこの日に開くという保証もないし、いい加減なことは教えられなかった。

 

「七日に一度はおそらく開くから、また見かけたらよろしくね」

 

 結局、曖昧な言い方になってしまった。おいしいお客ではあるけれど、魔術薬に関しては私もまだまだ修行の身。今回は諦めて欲しい。


 ――時刻は、あっという間に十一時前になっていた。



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