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16. ときには露天商



 朝食の片付けを終えたのは、八時半を過ぎたころだった。

 グランはテラスを見たいと言って、食堂に繋がる窓から外に出て行った。コクランさんが「あまり遠くに行くな」と声をかければ「大丈夫、ちょっと見るだけー」と返ってくる。親子か。

 ちょうどテラスの床板で師匠が日向ぼっこをしているから見守り役をお願いしよう。


「コクランさんは本日どういったご予定なんですか?」

「昨夜の雨が上がって時間も浅いだろうから、近くの魔窟にまた行こうと思っている」


 雨だと濡れるのが嫌なのか魔物も静かで、より自分の住処の奥へと潜る傾向がある。そして変な素材を落としたりするらしい。


「近くのってことは、え、あのアリの巣ですか!」

(あり)……?」


 しまった。私が勝手に名付けているだけで、正しい名称は別にあるのだ。コクランさんにアリの巣といっても伝わるわけない。

 コクランさんは気になってしまったようで、考え込んで「蟻……蟻……」と呟く。

 その意味を理解するとスッキリと晴れた顔をして口角を上げた。微妙な変化だがこれは笑われている。


「……確かにあれは、アリの巣だな」


 正解だけど、単純な名前の付け方だとか思われていそうで恥ずかしい。

 アリの巣ダンジョンはレリーレイクの中でも難易度が高い場所だと聞く。

 危険な魔窟ほど貴重で珍しい素材が採取できたりするので是非とも一度この目で見てみたいけど、潜る勇気がなかった。


 師匠の話では私でも接近戦にならなければ大丈夫らしいが、何かあってからでは遅い。

 レリーレイクに降り立つまでの旅路も、空を飛んでいたので全身に保護の術をかけまくり運良く強い魔物とは遭遇しなかった。

 たまにスライムとか、ゴブリンとか、森を徘徊している場面を空から見かける程度。

 保護の術に加え保身にと魔物避けや気配消失の御守りを身につけていたのも良かったのかもしれない。


 普通の森に生息している魔物に鉢合わせるのも避けたいのに、ダンジョンに行けるわけない。

 保護の術があってもまだ無理だ。例えるならあれだ、至近距離でホラー映画を観ているような心地になってしまう。

 危険はないけど精神がゴリゴリ削られる恐怖。保護の術の中にいれば敵意ある者は弾かれるが、周りにわんさかいて囲まれると気持ちが萎えそうだ。


 なので、アリの巣に入るコクランさんには素直に尊敬する。弱くはない気がするけれど、どの程度の強さなのか気になった。

 というか心配。本当に腕っぷし強い人でないとアリの巣は勧めたくない。本当にあそこ難易度が高いらしいから。

 宿に泊まってくれているお客様が危ない目に遭うのをみすみす見逃すのもどうなのだろう。


「あの、大丈夫ですか?」

「うん……?」


 コクランさんは不思議そうな顔をしている。

 しばらく私の顔を見て、ハッと目の色を変えたと思うと、衣服のポケットに手を突っ込んでいた。


「先に支払いをしよう。ダンジョンで何か遭っては店主に金が払えないからな」


 いいえ、違います。そうじゃないんです。

 余計なお世話と思いつつ、忠告ぐらいはしてもいいだろうと、宿代を握るコクランさんを見捉える。


「あのダンジョン、かなりランクの強い冒険者でないと出てくるのも難しいんです」

「そうなのか」

「街でも行ったきり帰ってこないという話を聞きます。ですから、十分お気をつけて」


 私が何に渋っていたのか理解できたのだろう。

 コクランさんは驚いた顔をして目を瞬かせると、持っていた宿代を私の方に差し出して「ありがとう」と笑った。ちょっと歪ませた不器用な笑顔。とりあえず余計なお世話と怒ってはいないみたいだ。


「昨日は気にせず奥に進んでしまったが、今日は店主の言う通り周囲に警戒して潜ることにする。チェックアウト前に一度戻るので、よろしく頼む」

「えっ」


 うん、おそらく余計なお世話だった。



 

 コクランさんとグランはチェックアウトの十一時前には戻ってくるという。

 その隙間の時間に街へ行って調合した魔術薬や作物、食料品などを売ってこよう。


 魔女術で操った風で本館の窓という窓を一度にすべて開ける。

 帰ってきた頃には換気も済んでいるだろう。


 受付カウンターに『呼び鈴を鳴らしてお待ちください』と書き置きを残し、ペンションのある森の入り口には魔力を込めて境界線を引いた。

 その線を誰かが越えると、私に伝わるようになっている。


 念のために呼び鈴にも似たような術をかけておく。

 これは鈴を鳴らすと私の手元にある小さな鈴と共鳴する仕組みになっている。

 私の方からはどんなに揺らしても音が出ないが、カウンターの呼び鈴が鳴ると反応するという優れものなので意外と重宝していた。

 

 通常は呼び鈴が共鳴するより先に境界線が反応するので、その間に急いでペンションへと戻るようにしている。

 森の入り口からペンションまでの距離は歩いて3分ほど。道に沿って少し歩くと目印に付けた展望台の灯りが見えるようになっているため、本当にこんなところにあるのかと疑ってしまうお客さんには親切な導となっていた。

 3分ほどあれば冒険者街を出て、箒で飛ばせばぎりぎり間に合うくらい。ソファなど腰を掛ける場所があるので、私がカウンターに入るまでは休んでもらっていた。


 ただ、いつまでもそんな手間をかけているわけにはいかないので誰か雇おうとも考えている。

 だけど私が魔女だと知られて面倒くさいことになるのは御免だ。

 建物の修繕、ルームメイク、私生活などで魔女術に頼っているのに、従業員を増やすなんてできるのだろうか。

 魔術だよ、と言って切り抜けられたらいいけど。

 度合いによってはそうもいかない気がする。

 これに関してはのちのち案を出していこう。



 今日は中サイズの麻袋二枚がぎゅうぎゅうになるくらいの品数を詰め込んだ。

 師匠は留守番という名の昼寝をするらしい。師匠もたまに一緒に街へと行くが、気分次第なので確率的には半々である。


 近道ルートである森の中を突っ切ると、そう遠くない距離に外壁が見えた。私がいつも街に入る際に通っている西門だ。

 一旦、森の手前で箒から降りる。

 すぐそばの茂みに隠してある小さな荷車に売り物を積み込んで、ここからは歩きで向かう。


 羽織ってきた藍色のローブのフードをすっぽりと頭に被せる。

 裏地は赤っぽくなっているのがおしゃれポイントだ。

 金のチェーンに繋がれた水晶石の首飾りも、外を出歩く際には身につけている。これもある意味御守り。

 魔女というのは色んな効果の御守りを制作していたようで、作り方も種類も多くあったりする。



「こんにちは」

「おう、久しぶりだな」


 フードを軽くあげて顔を見せる。

 西の門番さんは人柄のいい者が非常に多い。

 何度も街を行き来して通行証を見せているうちに、気軽に話しかけてくれるようになった。

 

 ガラガラと荷車を押して向かうのは、露店や商店、冒険者ギルドが所狭しと並ぶ西街区の中央大通り。

 そこには登録をしていなくてもその場ですぐに露天が開けるスペースが設けられていた。


 余程のことがない限りいつも利用するのは、ギルド近くにある露天スペース。同じスペースで店を開いていると、前回来てくれたお客さんが来てくれたりする。

 

 あまり隣の店と近くても気まずいので、ほどよい距離と場所にあるスペースを探し、良さそうなところを見つけて荷車を固定した。

 荷車にあらかじめ置いていた数枚の板をくぼみに沿ってはめ込むと、棚のようになるので、そこには調合した魔術薬やその関連の物を綺麗に並べていく。


 野菜や果物、自家製の茶葉やジャムも荷車の下をスライドさせると出てくる簡易テーブルの上に配置していった。屋根はないけれど見てくれはまあまあの出来である。

 初めは布を敷いて置くだけだったが、不衛生だし人の目につく高さのほうが売れると思って途中から荷車を使うことにした。

 レリーレイクに来て二ヶ月くらいはペンション経営に四苦八苦していたので、露天を始めたのは今月に入ってからだった。まだ日数でいうと一週間にも満たない。


 生活の足しにと始めたしがない露天商だが、なかなかどうしてこれが楽しい。そうだ、バイトをしている気分になってわくわくするのかもしれない。


「いらっしゃい」

「これと、これと、あとそれも」

「まいど」


 接客はよくいる屋台店主風で統一中。

 露天商時はローブで体を覆い、顔も晒さない。

 立ち上がりのあるフードデザインなので、襟部分を留めると口元まで顔が隠れる仕様となっていた。


 お面を被ったり、よくわからないヘルムを被ったり、商人には個性的な輩が大勢いるので、私ぐらいの装いだと怪しさでいったら軽いほうだった。


 顔を隠して営業するのは、師匠の助言を受けて始めたこと。

 冒険者街には誰がいるのかわからないし、年若い女がひとりで露天を開いていると印象に残りやすいかもしれないのでわりといい案なのではと思っている。

 それと露天商の品物は盗まれる可能性があるらしいから、あきらかに女ですと顔を出すより、性別をあやふやにしていることで犯罪防止にもなっていた。


 首飾りはその役目を果たすひとつでもある。

 身につけることで、周囲の印象を操作することができるのだ。

 おそらく、フードを被った状態の私を『女』と思って見る人はいないだろう。

 

「お返しがこれね」


 野菜各種と、紅茶の茶葉が入った小瓶をふたつ買ってくれた気難しそうな中年の女性に、お釣りの硬貨を手渡す。


 だいたい最初に売れていくのは食料品からだった。

 とはいえ今日は時間に限りがあるので、早く売れてくれたらいいな。


 たまたまそのスペースにあった瓦礫の塊を縦にして、そこに腰を下ろした。

 気長に待ちながら冒険者街を眺めるのも、露天商を装う私のパターンとなっている。


 この日の冒険者街はまだ静かなほうだった。

 冒険者も朝早い依頼を受けた人はすでに街を出たかもしれないが、直にどんどん増えていくだろう。



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