13. 一夜明けて
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――翌朝。
どんなに昨日の就寝が遅くとも、六時前には起床する。村でこき使われていたときの生活リズムがこんなところでも役に立っていた。
いつもより眠たく覚醒しきっていない頭で身支度を整え部屋を出る。
宿泊のお客様がいる場合は、この時間帯に朝食の用意や配膳の準備をする。
だけど今朝は、昨日の夜の素泊まり客が一名と契約獣が一匹いうことでその必要はない……んだけど。
昨夜のことを思い出し、私はどうしようかなと悩みながらカウンターの中に入って朝の簡単な記録を付けた。
記録を付けたあとは、外に出て育てている花や畑、薬草園の水が必要な種類の草に水撒き作業。でも昨日の大雨の影響で土は十分に湿っているので今日はお休みした。後ほど薬草や野菜たちの様子を確かめにいこう。
「いい天気……」
あくび混じりの自分の声が空に向かって消えていく。昨日の雨のおかげなのか、雲一つない澄み渡った青空が広がっていた。
入り口や建物正面の小さな芝生に溜まった落ち葉を掃いて、一箇所にまとめたら陽の当たる場所で乾燥させる。乾いたら肥料にするのだ。
今日は普段より落ち葉が大量にあった。これも昨夜の大雨のせいだろう。
「朝から精がでるのう、ルナン」
「師匠、おはよう」
ここまでの作業で大体、三〇分くらい。
日によって異なってくるが、朝の仕事を終える頃には師匠も本館に姿を現す。大きく体を伸ばして顔をクシクシと掻いた仕草は本当の猫のようだ。
「昨日は騒がしかったな。まあ、大方の予想は付くがのう」
「師匠……やっぱり知ってたんでしょ。コクランさんが契約獣を隠して連れているって」
「はっはっは、あれで気づかないお前が悪いぞ。麻袋の大きさがあんなに変化していて不審に思わないなんて、これから先が心配じゃな」
「これからは注意します!」
何となく麻袋の大きさが最初と違うかもしれないなぁと思っていたけれど、まさかライオンが入っているとは思わないし、それこそ体が縮んだりするなんて考えてもみなかった。
「でもあれは、ある意味嬉しかったけどね」
ライオンに触れて抱きしめたのは昨夜が初めて。あのモフモフと柔らかい撫で心地を思い出して、堪らず顔が緩んでしまった。
「ルナン、何を作っているんだ」
「朝ごはん」
朝の作業を終わらせた私は、厨房に立ってボウルと泡立て器を持ってシャカシャカと生地を混ぜ合わせていた。生地に温めた牛乳、卵、香味料を加え、ダマがなくなるようさらに滑らかになるまで混ぜる。
とろとろと滑らかになった生地をスプーンで軽く掬い、小指でちょんと触って口に入れた。……うん、美味しい。でも生だから味見はこれくらいにしておこう。
火で温めていたフライパンに油を薄く引き、生地を円になるよう落としたあと蓋をして、気泡がプツプツ出だしたらひっくり返し、今度は蓋をしないで焼けるのを待って出来上がり。
ぷっくりとした膨れ上がりかたは見た目も可愛らしく、食欲をそそる。
「ホットケーキできたよ。師匠はハチミツかメープルいる?」
「あれらは口がベタつくからな、いらん」
「そっか、確かに。そしたらバターだけ乗せるよ」
お皿に二枚重ねで盛り付け、バターを小さく切って真ん中に乗せる。ホカホカとあがったホットケーキの湯気がとろりとバターを溶かしていく。大きさも厚さも申し分なく美味しそう。
自己流だけど、牛乳を温め、あえて生地にダマを残しておくことでふわふわしっとりとしたホットケーキになるのだ。
「師匠は先に食べていていいよ」
「なんだ、やけに量が多いと思ったら、あやつらの分か」
「まだ起きているかわからないけど、昨日の荷物を見た限り食料もなさそうだったし。夜中は私も騒いで迷惑をかけたからせめてものお詫びにね」
「迷惑をかけたというなら、かけたのはお前ではなく小僧のほうだろうに、利益の少ない売上のくせして物好きなことをするものだ」
確かに契約獣のことを黙っていたのは向こうの落ち度だとは思うけど。朝食の提供くらいならサービス精神と言って欲しい。
まあ、お客様が来なくて必要以上に余っていた材料の一斉消費ともいう。安く譲ってもらった卵がそろそろ危なかったし。
それに、昨夜の私の行動を思い返すと、やはり店主としては自粛しなさすぎていた。
「……小さくなったライオンを前に私が暴走してたの、師匠も知ってるでしょ」
師匠の聞き耳の範囲はペンションが建っている森と、その周辺までとかなり広い。だから昨夜のコクランさんとグランとのやり取りもきっと聞かれていただろう。
グランが小さく縮んだあと、あまりの可愛さに私は彼を思いっきり撫でまくる行為に及んだ。
そのときのコクランさんの顔は夜が明けた今でも忘れられない。固まって目を見開き、その後みるみる固くした顔が和らいでいったと思ったら、突然どっと笑い出したのだから。
無口そうだと勝手に私は印象付けていたので、コクランさんがくすくすと笑いを堪えている様子には驚いてしまった。
腕の中にいたグランも、珍しいと小さく呟いていたから普段から冷静な人なのは当たっていたのかもしれないけど。
『君に警戒していた自分が、馬鹿らしいな』
コクランさんの笑い混じりな言葉を思い出しながら、私はエプロンを外して食堂の扉を開ける。
……何となく、そうなのかもしれないと感じてはいたけれど、やっぱりコクランさんは私を警戒していたらしい。
亜人を笑顔で迎え入れる宿屋の人間があまりいない。つまりは何か裏があるかもしれないと疑われていたというのは、あの後コクランさんに聞いて知ったこと。
疑ってしまってすまないとまた謝られた。
私はまったく気にしていないけど。
「……」
それにしても、人間以外にも亜人や獣人、その他の種族も気兼ねなく泊まってくれたらいいのに、とは思う。
理想と現実がそう簡単に一致することはないんだろうけど。
私にとっては宿の扉を潜ったのなら、種族云々を並べる前に、誰であろうとお客様だ。
その心は前世から大切に受け継いでいる。
でも、もう昨夜のようなことが起こらないように、注意事項をしっかりと宿の案内に記しておこうと思う。
夜中にライオンと遭遇するなんて、普通じゃ卒倒するもの。




