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97. カーロ・バザール!

二章後編開始です。

よろしくお願いします。



 寒さに凍える大地があった。

 作物は全く育たず、狩りをしようにもそれらに秀でた亜人や獣人に横取りされ、塞ぎ込んでしまうほどに冷気が漂う寂れた場所だった。


 ある時、小間使いの少女が不思議な生き物を拾った。

 少女の手に収まるほどの小さな、小さな人の形をした()()は、背中に二対の半透明な翼があった。


 少女は不思議な生き物を手当し、完治するまで世話をしたという。

 目に見えてそれが元気になり、宙を飛べるほどになった頃、似たような姿の小さき者たちが、少女の前に現れる。


 数々の不思議な生き物は、少女に感謝を示すように周囲を飛び回ったあと、傷を負っていたそれと共に数日間ほど凍える大地に留まり踊るように飛び回ってみせた。


 少女は訳がわからなかったが、小さきものたちの羽ばたきは目を奪われるほどに神秘的な光景であり、あっという間に日が過ぎていった。


 そして、小さきものたちが少女の前から姿を消すと、凍える大地には新たな季節が舞い込んできた。


 カーロ。それは、少女が怪我を負ったそれ――季節の妖精につけていたという仮の名前だった。



 ***



「それにあやかって新しい季節を迎えるとき、つまりバザール期間中にレリーレイクではカーロを前につけて"良き季節の始まりを(カーロ・バザール)"って挨拶をするわけ」

「お買い物したときとか、知ってる人に会ったときにも言うんだよ」

「へ〜。この前も教えてもらったけど、楽しそうな風習だよね」

 

 いよいよ夏の大市場祭(バザール)前日となり、私は休憩中に食堂で改めてカノくんとシュカちゃんから説明を聞いていた。

 なんだか前世の「メリークリスマス」を彷彿とさせる明るい挨拶だなと思う。

 冒険者街も完全に夏仕様に装飾され、明日を今かと待ちわびている状態だった。


「不思議なものじゃな。これだけ季節の妖精の昔話にあやかっておきながら、人間は妖精の存在をあまり信じていないとは」


 師匠がまた面白そうな顔をして皮肉なことを言う。


「妖精は警戒心が強くて普段は目に見えないんだから仕方ないよ」

「あ、でも。ルナンは前にイタズラされたんでしょ。髪に光粉付けられて大変だったって」

「あれかぁ。結局よくわからなかったんだよね」


 だけど、あのことがあってキーさんの警戒心も緩まったので、結果的にはよかったと言うべきなのかな。

 イタズラをされたのはその一度きりということもあり、わざわざ探し出そうとは思わなかったのだ。


「レリーレイクのどこかにいることは間違いないよね。ここ数日でまた気温が高くなった気がするし……」

「カノお兄ちゃん、シュカより暑いの苦手だもんね」

「だって、寒さは着込むって手があるけど、暑さはどうしようもないじゃん。まあ、着込むっていっても娼館では着込むだけの服もなかったけどさ」


 今だからこそさらっと話せる娼館でのことを聞きながら、最近の気温について考える。

 たしかにまた暑くなってきたことは肌で感じるし、街の人たちも口々に言っていた。


 カノくんは袖を捲っているし、シュカちゃんは少しでも涼しくなるように長い髪を二つに分けて結んでいる。


「暑さのことなんだけど、実は少し前から準備してたものがあって――」


 そう言いかけた時、キィンと短い音が頭の中に響いた。

 森の入り口に引いていた境界線が反応したのだ。


「お客様が来たみたい。きっとエカテリーナさんたちだ」


 私は椅子から立ち上がると、身なりを整えてロビーへと向かう。カノくんとシュカちゃんもそれに続き、師匠はラウンジのハンモックに移動して様子を見ていた。


「エカテリーナさんって、昨日オレとシュカが買い出しに行ってる間に来たんでしょ?」

「そうだよ。予定通り宿泊するのでお願いしますって。エカテリーナさんとフートベルトさんのほかに、ご新規で三名様」


 部屋はすでに整えてある。

 要望通り三階に二部屋と、二階に二部屋。

 全員の名前などはまだ伺っていないけど、人数は五人とのことだった。


 そろそろ森の木々を抜ける頃だろうと扉を開けると、目線の先にちょうど人影が確認できた。

 聞いていた通り人数は五人。全員が全員、丈の長いローブを羽織っており、顔が見えるのはエカテリーナさんとフートベルトさんの二人だけだった。


 あとの三人はフードを深く被っているためどんな顔をしているのかわからないものの、二人は背丈や体躯から男の人なのではないかと推測する。

 そしてあと一人のお客様は……見る限り、子どもだった。


「ようこそお越しくださいました」

 

 五人組が近くにやって来たタイミングで、私はそっと頭を下げる。少し後ろにいたカノくんとシュカちゃんも同じように対応した。


 すると、五人組のうちの誰かから息を呑むような音が聞こえてくる。


「店主さん、本日からしばらくお世話になります」

「よう、カノ、シュカ。またよろしくなー」

「はい、よろしくお願いします。お待ちしておりました」

「そして、こちらが……」


 エカテリーナさんとフートベルトさんに挨拶を済ませたあと、不意にエカテリーナさんの視線が後ろに流れた。


「――良き季節の始まりを(カーロ・バザール)! はじめまして。ペンション『月の宿』の皆さん」


 堂々とした振る舞い。けれど何となく漂う品の良さ。

 緩慢な動きで右手を胸に当てたその人は、白地ローブのフードを取って私の目の前にやって来る。


「……はじめまして。ペンション『月の宿』の店主、ルナンと申します」


 平静を装った笑みを浮かべれば、相手は同じくにこりと微笑んだ。

 濃いライトゴールドの髪と緑色の瞳。

 二十代前半くらいの年齢に見える男性は、好意的に手を差し出してきた。


「アルフィー・フォン・ヴィクタリアです。話は常々、とても素晴らしい宿であると伺っていました」


 ――ヴィ、ヴィクタリア!?


「それは……ありがたいお言葉です」


 後ろからカノくんとシュカちゃんの驚きめいた圧を感じる。

 通常通りの対応をしている私を正気かと思っているのか、ヴィクタリアと聞いて慄いているのか……両方かもしれない。


「日ざしも強くなってきましたので、皆さまどうぞ中へお入りください」

「これは、ご配慮に感謝します」


 内心とんでもなく驚いているのは私も同じだったけれど、ひとまずこの場では店主としての対応を優先することにした。



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