【番外編】巨大化グラン
番外編です。
いよいよ来月はコミカライズ二巻が発売するので、記念にこういった番外編もちょくちょく投稿します。
「ちょ、ルナン! 大変!」
いつものように夕食準備を進めていたときのこと。
外の照明を灯していたカノくんと、そのやり方を教わっていたシュカちゃんが慌てて食堂に入ってきた。
「二人とも、慌ててどうしたの?」
「グランが、すっごく大きくなっちゃったの!」
「グランが大きく……大型化ってこと?」
そういえばグランの小型化はよく見るけど、通常サイズより大きな姿は見たことがなかった。
「大型化……いや、絶対に違う! あれ、大きすぎるし!」
とりあえず早く来てと二人に急かされた私は、鍋の火を止めて外に出た。
「こ、これは」
扉を開け、上を見上げる。
視界いっぱいに広がるのは、ふさふさの黒い毛。
近くに植えられた木と同等の高さがあるグランに、私は開いた口が塞がらなかった。
『あ、ルナンー』
グランが軽く鳴くと、周りの木々がざわざわ揺れる。
枝に止まっていた鳥たちが何事かと一斉に飛び立った。
「グラン?」
『オレだよ。なんか、大きくなっちゃった』
なっちゃったって……いや、これは、大きすぎない!?
バードックよりもさらに大きい。三メートル以上は高さがありそうだけど。
「店主」
近くの茂みが音を立て、出てきたのはコクランさんとキーさんだった。
キーさんの肩に乗っていたコンは、ひょいと降りて巨大化したグランの元へ走っていく。
『グラン、大きさ変わらないね〜』
『うん、全然』
二匹は呑気に会話をしているけど、さすがに契約主の二人は困惑した様子である。
「お帰りなさいませ。お二人共、今日は近くの魔窟へ一緒に行くと言っていましたけど……なにがあったんですか?」
「それが……」
コクランさんは、小さくため息を吐いて事情を説明する。
どうやら魔窟にいた魔物の背中に生えていたキノコを、戦闘中にグランはうっかり飲み込んでしまったらしい。
直後は全く問題はなかったのだが、魔窟を出た途端に身体が巨大化を始めた、ということだった。
「それがこのキノコなんだが……」
コクランさんの手には、緑とオレンジの斑点が目立ったキノコがあった。見るからに体に悪そう……。
「ぼくも初めて見るキノコなんだけど、お嬢さんなにか知ってる?」
「オオヒダケじゃな」
いつの間にか足元にいた師匠が、私やカノくんたちにだけ聞こえる声で教えてくれた。
「食べた者の体内に素早く溶け込み、陽の光を浴びると巨大化する作用をもっている。今のところ命に関わることはないだろうが、生活する上では不便じゃろうな」
確かにグランは自分で体の大きさを変えることができないみたいだ。魔物の背中に生えていた年月によって作用する時間は全く違ってくるらしい。
コクランさんが持ってきたオオヒダケを確認した師匠は、ボソッと「何もせんなら半年はこのままじゃろうな」と言った。いや長すぎない?
師匠の声を聞いていたカノくんとシュカちゃんは、気まずそうにコクランさんとグランを交互に見た。
「なにか、知っているのか?」
「実はグランが食べたキノコなんですが……」
私は師匠の言葉をそのままコクランさんたちに伝えた。
「半年……」
『コクラン。オレ、そんなに長い時間このままなの?』
さすがのグランもまずい事態だと理解したのか、心細い瞳でコクランさんに縋る。
彼は巨大化したグランの前脚に触れて険しい表情をしていた。
「そう悲観することもない。確かルナン、お前が持ってきた魔女薬に関する書物に、巨大化を食い止める類いの薬の調合方法があったはずだ。それをこやつに飲ませてやれ」
願ったり叶ったりな朗報。私はすぐにそれをコクランさんに話すと、彼は目を大きく見開いた。
「可能、なのか?」
「動物用なので、完璧に効く保証はできませんけど。とりあえず作ってみてもいいですか? このままでは、グランが中に入れませんから」
『ルナン〜』
巨大化したグランが甘えたような鳴き声をあげた。
私はよしよしと大きな体を撫でて、旧館の自室に急いだ。
幸いにも巨大化を抑える効果のある魔術薬は、手持ちの薬草や材料でなんとか調合できそうだった。
何日もかけて調合するような大掛かりなものでもなく、一時間あればできるようだ。
「ルナン、オオヒダケの成長具合をしっかり見極めろ。でないと、効き目が強すぎた場合は縮みすぎて消えるぞ」
「そ、そんな怖いこと言わないで!」
私は慎重にコクランさんから借りたオオヒダケを観察し、触れて魔力の蓄積度合いなどを確かめた。
調合方法自体は難しくないけど、巨大化したグランが飲むので通常よりも量を多くして作らないと。
中ぐらいの釜に調合液を投入し、書物の手順通りに材料を煮詰めていく。
「最後にこの粉末を入れて……できた!」
「よし、これなら問題なさそうじゃな」
額に浮いた汗を拭い、ほっと息をつく。
まだ飲んでもらったわけではないので油断ならないけれど、師匠がそう言ってくれたので心に余裕が生まれる。
「早くコクランさんたちのところに戻らないと」
私は調合したばかりの魔術薬をグランが飲みやすい盥に移し、さっそく持っていった。
***
『もどったー!』
『おお〜』
グランに魔術薬を飲ませた結果、無事に元通りの体に戻すことに成功した。
動きやすい小型サイズになったグランは、コンと一緒にその場でぴょんぴょん跳ねて喜びを分かち合っている。
あわや半年近く巨大化したままだったグランだけど、大事に至らなくて本当によかった。
「お嬢さんが作った魔術薬、グランに効いたみたいだねぇ」
「ああ。……店主、ありがとう。どう礼をすればいいか」
「そんな、お礼なんて。私がグランを元に戻したかっただけですから」
『ルナンー!』
そこはグランが勢いよく胸に飛び込んでくる。
高く嬉しそうに「キャン!」と鳴き、私にお礼を言っていた。
巨大化グランもボリュームがあって新鮮ではあったけど、もう見慣れてしまった小型化グランがやっぱり落ち着く。
そんな日々の一幕であった。




