95. 昔の仲間と新規のご予約
「レリーレイクに住居を移したって聞いてはいたけど……にしても薄情すぎやしません? 騎士団辞めてから全然王都に顔出さないんだからさ」
ダンさんと知り合いだったようで、フートベルトさんは砕けた調子で彼のもとに近づくと、片腕をあげた。
同じくダンさんも腕をあげて互いに軽く突き合わせる。
それは二人にとって当たり前の挨拶みたいだ。
「お前も相変わらずだなフートベルト。俺は王都よりこっちのほうが性に合ってんだよ。悪ぃなお前のこともすっかり忘れてたぜ」
「ひっでー」
「ご無沙汰しております、ダン隊長」
つづいてエカテリーナさんが二人の輪に入る。
「ん……? なんだ、カティもいたのかよ!?」
「ええ、諸用がありまして」
「諸用? フートベルトと二人で……ほーん、そうか」
何か引っかかった様子のダンさん。
しかし彼は、軽く目を見開いたあとで「何にせよお前ら二人とも久しぶりだなぁ!」と愉快そうに笑うだけだった。
「つーか店主さんって、ダン隊長と知り合いなんだ」
先ほどのダンさんとの会話を聞いていたフートベルトさんは、少し意外そうな面持ちで言った。
「はい、以前お世話になりまして」
「そんなところだ」
詳しく語らずにいると、ダンさんも魔術薬のことなどは口にせず軽く頷いてくれる。
この状況で事の経緯を説明するのもややこしいので、お互い最近知り合ったばかりだと話した。
「こいつらは俺が冒険者をやる前に世話になってた……まあ、あれだ。騎士団時代の仲間ってやつでな」
「仲間といえば仲間ですけど、どっちかっつーと部下すね」
と、フートベルトさんが付け足した。
「騎士団の……それでリズさんとラッセさんも、ダンさんのことを隊長って呼んでいたんですね」
「あー、そうだな。あの二人は騎士団にいたわけじゃないんだが、いつの間にかその呼び名が定着しちまって」
元騎士団出身だと話すダンさんは、なんだか落ち着きなく頬を掻いている。
これでようやく「隊長」呼びの謎は解けたので、深く追求する気はないんだけど。
ダンさんが元騎士というのには、少し驚いた。
エカテリーナさんとフートベルトさんが仲間だったということは、ヴィクタリア公爵家の騎士団にいたということで。
隊長という役職が組織の中でどんな位置にいるのかはわからないけど、部下がいたとなれば相当の責任もあったのだろう。
貴族に仕える人とか、貴族が身近にいる環境に身を置いていた人だという事実が意外というか。
意外……といったらあれだけど、何となくダンさんって生粋の冒険者というイメージがあったんだよね。振る舞いとか豪快な印象が強かったから。
「店主さん、ダン隊長って言ったらもう俺らからしたら伝説でさ。入団して最速で騎士号授与、戦場では猪突猛進、暴れ馬の異名を掲げて敵を迎え撃ち――」
「まてまてまて、やめやがれフートベルト」
「なに謙遜してるんすか」
「謙遜じゃねぇ、小っ恥ずかしいんだよっ。猪だが馬だか知らねぇどっちつかずの名もいい加減勘弁して欲しいぜ……」
「ワガママっすね、異名があるだけでも喜ばなきゃ」
「面白がりやがってこのっ」
フートベルトさんの首に腕を回したダンさんは、ぐりぐりと拳を沈めていた。その様子をエカテリーナさんが呆れ目で見ている。
その時、遅れてリズさんとラッセさんがヘトヘトになりながらこの場に到着した。
「た、隊長〜! もー、走るの早すぎだよ!」
「風の魔術で早く移動できるからって……僕たちのこと完全に忘れてましたよね」
「やっと来たのかお前ら、遅いぞ」
「これでも隊長を見失ったギルドの人たちよりは早いんだからね!」
息を整え終えたリズさんが、心外だと軽く抗議をした。
「お二人共、大丈夫ですか?」
そんな疲弊の色が滲み出ている二人に声をかければ、そっくりな表情で見つめ返された。
「ええっと、ルナンさん? それとも店主さんって呼んだほうがいいのかな、どっちがいいかなラッセ」
「僕に聞かれても」
「どちらでも大丈夫ですよ。呼びやすいほうで」
悩み始めたリズさんにそう言えば、今度はラッセさんが頷いて口を開いた。
「それじゃあ……ルナンさんで。こうしてちゃんと話すのって、初めてですよね。隊長はこの前もここに来たみたいですけど」
ラッセさんが言っているのは、以前ダンさんと街中で偶然会って、キーさんを運んでもらった日のことだろう。
本当はあの日、私が東街区へ行って届けるはずだったけれど、ペンションまで来てもらったついでに魔術薬も渡したのだ。
だからこうして二人と会うのも、サハグリトエの毒を譲ってもらうために酒場で鉢合わせた、あの夜以来だ。
「そうだ、自己紹介! ちゃんとはしてなかったよね! あたしはリズ! こっちは双子の弟のラッセだよ」
「ラッセです」
やっぱり二人は双子だったみたい。
雰囲気はそれぞれ少し違うけれど、顔がそっくりだ。
「でも、あの時はびっくりしたよ。ルナンさんが魔術薬を売ってる露店の人だったなんて――」
「リズ、ラッセ。この三人、こいつらと一緒に街まで運ぶぞ」
途中でリズさんの言葉を遮ったダンさんは、親指をゴードンさんたちにグイッと向ける。
そこでようやく意識が飛んでぐったりしている三人に気づいた双子は、揃って声をあげた。
「え、なんかこの人たちもうボロボロだけどー!」
「そっちの人なんて、服がちょっと焦げてる。なにがあったんです?」
「あ? 焦げてるか? それは知らん」
きっと私の術のせいだ。体は痺れるぐらいで済んだけど、加減が難しく服の端を焦がしてしまったらしい。
それについてダンさんはさほど気にしておらず、軽々とゴードンさんを担いだ。
「じゃ、あたしとラッセはこっちの人にしよ。ラッセ、両脇持って!」
「わかった。いくよ、せーの」
「ルナン、そっち平気?」
ダンさんの指示のもと動く二人の双子を見守っていると、カノくんが外の様子を心配して建物から出てきた。
「ラウンジにいる人には、とりあえず飲み物出して座っててもらってるけど」
さすがカノくん。完璧な対応に頭が上がらない。
「……で、こっちはなんか人数増えてない?」
「今、ダンさんたちが来てるの。ギルドでもあの三人を追っていたみたいで、エカテリーナさんとフートベルトさんと一緒に街まで運んでくれるって」
「ふーん、そうなん……だ」
カノくんの語尾が途端に小さくなる。それからビクッと肩を揺らし、視線は気まずそうに人一人を持ち上げた状態の双子に向けられた。
急にカノくんが気まずそうにしたのは、どうやらリズさんとラッセさんにじっと見られていたからだったらしい。
「……こんにちは」
一歩後ろに下がりそうになっていたカノくんだけど、ゆっくりと緊張を解いて二人に会釈をした。
カノくんの堂々とした挨拶を前に、リズさんとラッセさんは呆けたように口を開ける。
そして我に返ると、慌てて声を発した。
「あ、はい。ええっと、こちらこそ、こんにちは……?」
「どうも、こんにちは。……で、リズ、こちらこそってなに」
「え!? なんとなく、びっくりして? ラッセこそ、いつもの五倍は声が硬くなってるけど」
「五倍は盛りすぎ」
リズさんとラッセさんは、わずかに戸惑いながらもカノくんに挨拶を返していた。
まさか声をかけられるとは思っていなかった。そんな感情がひしひしと伝わってきたけれど、険悪さはない。
カノくんを見ると、短く息を吐いていた。
こっちもこっちでかなり緊張していたみたい。
そうだよね。カノくん、すごいよ。
フートベルトさんと話す機会があったおかげか、自分から挨拶をするようになるなんて。その些細な変化がどれだけ特別はことかを知っている身としては、胸にくるものがある。
「こっちももう少しで終わりそうだし、コクランさんたちにもそう言ってくるね」
「うん、よろしくねカノくん。ありがとう」
そうしてカノくんがこくりと頷き、中に戻ろうとしたところで、
「おーい、カノ!」
「え、なに?」
不意に呼び止められ、カノくんは振り返る。
声をかけたフートベルトさんは、ニカッと笑って軽く手をあげた。
「またな。今度は俺の友達、紹介してやるから。楽しみにしとけよー」
「……! なにそれ。でも、うん。楽しみにしとく」
ふわっと可笑しそうに笑ったカノくんは、フートベルトさんの言葉を聞き入れて今度こそ中に入っていく。
そして、人間と亜人が喋っている光景が珍しいのか、リズさんとラッセさんは気を取られたように二人の会話に耳を傾けていたようだった。
ギルドの人たちに知らせなければいけないということで、ダンさんたち三人組は先に森の通り道を抜けていった。
「つーわけで、またよろしく、店主さん」
「連れ共々お世話になりました」
「こちらこそ、お越しくださりありがとうございました」
準備が整い、冒険者街に出発する直前で、改めてエカテリーナさんと、男を担いだフートベルトさんにお見送りの挨拶をする。
ゴードンさんたちの対処についても、もう一度謝ってお礼を伝えた。
「ところで……こちらは大市場祭の予約はすでに埋まっているのでしょうか」
「お恥ずかしい話、空き部屋にはまだまだ余裕がありまして」
「なるほど、そうですか」
街中だったら前もって予約もあるかもしれないけれど、ここは森の中なのでそういったことも少ない。
しばらく考えた素振りをしていたエカテリーナさんは、顔をあげて真剣な眼差しを向けてきた。
「では、大市場祭前日から終了までの間、ぜひこちらでまた滞在したいのですがよろしいでしょうか?」
「終了までというと、約二週間、ですか?」
「ええ、部屋は……今のところ四室で。ご都合はいかがでしょうか」
「お部屋の予約は大丈夫なんですが、人数はお決まりですか?」
三階は基本、一人部屋。最大でも二人。
二階は最大三人まで可能で、小さなお子様の場合は四人でも寝られるとは思うけど。
「最終的な人数の決定は……また、滞在日の前日に改めて伝えに参ります。それでも構いませんか?」
窺うように見つめられる。
人数と部屋に関してはまだ調整が必要とのことだけど、泊まることは決定らしい。
「かしこまりました。ひとまず仮予約をさせていただきます」
注意事項として、規定人数や、前日になっても音沙汰がない場合は予約を取り消させてもらうことなどを伝えて、全部で四室仮予約として受けることになった。
「できましたら二部屋は、三階でお願いできればと思うのですが」
「三階ですね。もちろん大丈夫です」
「ありがとうございます。たった数日でしたが、素晴らしい宿だということは私もフートベルトもわかりました。…………ですのできっと、気に入ってくださると思います」
最後に凛々しい表情を見せたエカテリーナさんは、高く結った髪を美しく揺らしながら去っていった。
その後ろを歩くフートベルトさんは「いやここ、良い意味で予想外っすよ。条件ぴったし」とエカテリーナさんに言っている。
私はそんな二人の姿が見えなくなるまで頭を下げつつ、そういえば二人は「亜獣人宿泊可能」の宿を求めて来てくれたお客様だということを思い出した。
どうして「亜獣人宿泊可能」にこだわっていたのか。それがわかるのは、ほんの数日後のことだった。




