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【書籍&コミック発売記念】至福のひととき

書籍版&コミック版発売記念


本編には登場しない小物も出てきますが、あくまでも番外編としてお楽しみいただければ幸いです。



 夕食作り前に何気なく外へ出ると、コクランさんとグランの姿があった。

 今日は朝食を終えてすぐに冒険者街へ出かけていたので、ここにいるということは帰ったばかりなのかもしれない。


「コクランさん、今お帰りですか?」

「ああ、先ほど着いたばかりだ」

「そうだったんですね。おかえりなさいませ」


 いつものようにお声かけをすると、コクランさんはぎこちなくも和らいだ笑顔を向けてくれた。

 コクランさんの隣でお座りをしていた大型サイズのグランも「ガウッ」と短く声を出す。


『ルナンただいまー』

「グランもおかえりなさい。……あ、もしかしてブラッシング中でしたか?」


 コクランさんの手には手入れ用らしきブラシが握られていた。

 よく見ると、地面にはグランから抜けたと思われるもこもこの黒い毛玉が落ちている。散らばらないように一纏めにして丸めたのだろう。


「夏毛に生え変わる時期で抜け毛をなるべく落とさないように、時間が空いたときは念入りにやっているんだ。それにグランも痒いと騒いでいたからな」

『だって〜むずむずするんだよ。背中はオレじゃ届かないし』


 そう言ってグランは自分の体をぺろぺろと舐め始めた。

 換毛期の痒さはわからないけれど、むずむずする感覚はなんとなくわかるかも。


 私は以前、髪を伸ばす魔術薬を一気に飲み干したときのことを思い出した。

 あれは本当に治まるまで痒かったなぁ……グランもそんな感じで歯がゆいのかもしれない。



「……。考えずにここで始めてしまったが、邪魔になってしまったか?」


 ふと、コクランさんが心配そうに尋ねてくる。

 急いで場所を移そうとする動きを見せたので、私は慌てて止めた。


「いえいえ、大丈夫です。私こそ途中でしたのにお邪魔しました。グランの毛が梳かされているところを見るのが初めてだったので、つい気になってしまって」


 整え終えた部分のグランの毛並みがさらにもふっと触り心地がよさそうで、手を伸ばしたい衝動に駆られてしまう。


「それにしても体が大きいとブラシをかけるのも大変そうですよね。やりがいはとてもありそうですけど」 

「小型化すればだいぶ楽なんだが、毛を梳かすときの体の大きさは毎回グランの気分で変わるな」

「あはは、気分だったんですね」

『今日は大きいオレ』


 そっかそっかぁ、気分なんだね。

 大きいままでないと不都合があるのかなと思っていたけれど、理由を聞いてほっこりした。

 たしかにブラッシングってリラックス効果もあるから、グランがしたい体勢や大きさでいるのが一番いいのだろう。


「うちの師匠……あ、当宿の猫もブラシで梳かしたりするんですけど、やっぱり毛の感触とかはグランのほうがふわふわしていますよね」


 師匠の毛はどちらかというと艶々しているから、グランのようにもこもこはしていない。

 ブラシで定期的に梳かしてはいるものの、そもそも師匠は抜け毛もないし、毛が絡まって乱れたりもしないので全くと言っていいほど手がかからなかった。

 私としてはそれが少し寂しい気もするので、コクランさんとグランを見ていると素直に羨ましい。


『ねえねえ、ルナン』

「うん?」


 グランが私に向かって手を伸ばしてくる。

 なにか言いたそうな仕草をしていたので、しゃがんで目線を合わせると、期待に満ちた眼差しを向けられた。




「……店主、本当にいいのか?」

「もちろんです! むしろご褒美――いえ、光栄です」


 場所は変わり、食堂横のテラス。

 私はだらりと体を倒したグランのすぐ横でブラシをかけていた。

 というのも、先ほど師匠にもブラッシングをするという話を聞いていたグランが、私にして欲しいとおねだりしてきたのである。


『気持ちい、そこそこ』

「グラン、ここが気持ちいのかな?」


 ブラシで大きな体を撫でるたび、グランはぐるぐると気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 どこもかしこもふわっふわ。心地よい指どおりで絡まった部分も全く見当たらない。

 コクランさんが普段からグランの毛のお手入れをしている証拠である。


『ルナンもコクランと同じだ。やさしい手でいっぱい撫でてくれるから、オレすき』

「……。グランは最近、店主に甘えてばかりだな。もしなにか不都合なことがあったら言って欲しい」


 グランの言葉が照れくさかったのか、コクランさんはグランの言葉を訳さずに、私にそう言ってきた。


 不都合だなんて思ったこともない。グランに甘えてもらえるなんて嬉しいを通り越して幸せ……いやもう至福なのに。

 なんならもっと盛大に甘えてくれても大丈夫です、というのが本音だった。


「私はこうしてグランと触れ合えるのが嬉しいです。毛量も多いから梳かしがいがありますし」


 自分でもわかるほどいつもよりも弾んだ声で答えると、コクランさんは目を瞬かせた後にふっと笑みを浮かべる。

 私が意気揚々にブラシをかける横で、彼はそれ以上の心配事をこぼすことはなかった。

 


『すっきりした! ルナンありがとー』


 あっという間にブラシがけが終わる。

 抜けたグランの毛は、全部かき集めると小型化したときのグランと同じくらいの量があった。

 こうして抜けた動物の毛は、加工して道具を作ることもあるようだが、コクランさんはそのまま処分するらしい。


 なんだかもったいない気もする。このフォルム、毛玉だけでこんなに可愛らしいのに。

 そのとき、私にはある案が浮かんだ。


「……あっ! コクランさん。もしよろしければ、グランの毛をいただいても構いませんか?」

「この、毛を?」


 コクランさんは集めた毛玉を見て考える素振りを見せた。


「すみません、突然こんなお願いをしてしまって」


 抜け落ちたものとはいえ、やっぱり自分の契約獣の毛を利用されることに抵抗があるのかもしれない。

 無理を言ってやりたかったことでもなかったので即座に引き下がると、コクランさんは「違うんだ」と首を横に振った。


「何に使うのか気になっただけなんだ。どちらにしろ俺は使わないものだから構わない」


 コクランさんからグランの抜け毛を受け取る。

 

「ありがとうございます、コクランさん。実は、捨ててしまうならこの毛で――」



 ***



 それからしばらくして、私はついにそれを完成させた。


 朝食後、コクランさんが街へ行く前のタイミングを見計らって声をかける。


「コクランさん、見てください」

「これは……グランか?」

『オレ?』


 小型化中のグランは、興味津々で私の手にあるぬいぐるみを見つめた。

 それはグランそっくりの、小型したグランよりさらに小さなぬいぐるみである。

 

『うわー、オレにそっくり! すごい! わー!』

「本当だ……グランと瓜二つだな」

「前のブラシ掛けのとき、グランの抜け毛を見たら急に思いついて……つい作ってしまいました」


 前世にも愛犬や愛猫の抜け毛を使用したぬいぐるみが一部の間で大人気だった。

 物は試しにと寝る前に少しずつ作業を進め作ってみたが、なかなかの出来栄えになったと思う。

 コクランさんもグランも物珍しそうな顔でぬいぐるみに注目していた。


『みて! オレがもう一匹』


 グランが見えやすいようにぬいぐるみを床に置くと、グランははしゃぎながら横に並んで得意げに顔をあげた。


 ……はああ、可愛い。

 嬉しそうに尻尾を振るグランの姿に、ここ数日の寝不足による疲労がすべて精算された。疲れといっても好きでやったことなのでストレスだったわけじゃないし。


「店主は本当に多才なんだな。こんなものも作れてしまうとは」

「ほぼ勢いのまま作ったものですから粗はあると思いますが。あんなに綺麗な抜け毛を捨ててしまうのはもったいなかったので……」

「それにしても、グランに似ているな……驚いた」


 グランと同じようにコクランさんも「グランぬいぐるみ」を隅々まで観察している。

 きらりと輝くキトンブルーの瞳はどうやって作っているのかと質問されたので、元から持っていた水晶石をなんとか加工しましたと説明すれば、感心されてしまった。


 そしてこのグランぬいぐるみは、コクランさんの許可をいただいてラウンジの飾り棚に置くことが決まった。



 後日、それを見かけたコンがキーさんにおねだりをして、私はもう一つぬいぐるみを作ることになる。

 

 完成した「コンぬいぐるみ」は、「グランぬいぐるみ」の隣に飾られた。

 どうやらコンは、こうして仲良く揃ったところを見たかったらしい。


 キーさんは手間をかけたね、と謝っていたけれど、私にとってはグランとのブラッシングも、ぬいぐるみ製作も、すべてが至福のひとときだった。



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