94. 反省と知り合い
話によると、コクランさんとキーさんが北街区での依頼を終え帰ってきたタイミングで、掃除中のカノくんとシュカちゃんが二人組に背後から襲われそうになっているところに遭遇したのだという。
彼らの迅速な行動によって二人組はすぐに捕縛された。そして口を割らせればゴードンさんが先に中に入ったと聞き、コクランさんが急いで来てくれた、ということだった。
油断、してしまっていた。
昼間で、私も敷地内にいるからと、境界線を解いていたのがいけなかった。
街から逃げてきたゴードンさんたちには、明らかな敵意――殺気があったはずなのに。
私の甘さが招いた落ち度である。
「……ルナン、大丈夫?」
外を確認していた私に、カノくんが心配そうに声をかけてきた。
私はふっと息を吐き、振り返って頷く。
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、急に黙り込んじゃって」
一人反省会はすべてが片付いた後にしよう。
今は縄で拘束されたゴードンさんと、外で転がった連れの二人を何とかしなければならない。
「キーさん、お手間を取らせてしまい申し訳ございません。どこかお怪我はされていませんか?」
まずはお客様の安全と、状態の確認。
コクランさんにはさっき聞いたので、同じく二人組の相手をしたキーさんを確かめた。
「ぼくは平気。……お嬢さん、その傷」
キーさんまでもが私の頬の傷を見ると目を開いて動きを止めた。
この事態で痛みは吹き飛んでしまっているんだけど、そんなに目立っているのだろうか。
指で触った限りでは、そこまで酷くないように感じたけれど。
もう一度頬の傷に手を添えていれば、キーさんは瞳を細めてふっと床に目線を落とした。
「どうしようか。縄で腕は縛ったけどいつ動き出すかわからないし、ひとまず脚の一本でも折る?」
「折っ……!?」
キーさんは倒れたゴードンさんの背に片足を乗せ、さも当然のように言った。言葉にしながら足元ではドシドシとゴードンさんを踏みつけている。
私はというと、「一本いっときます?」というようなあまりにも自然なノリで一瞬反応に遅れてしまう。
思ってもいなかった提案に、全力で首を振った。
「だ、大丈夫です。折るなんてことは……」
「そう? 情けをかけることないと思うけど」
情けというよりキーさんが脚を折る場面を見たくなかったし、もしそんなことをすればロビーを通るたびに思い出しそうで嫌なだけだ。
この場合、街の駐屯兵に身柄を引き取ってもらうのが一般的だ。
となると冒険者街までこの三人を連れていく必要がある。
露天商時に使っている荷車には乗せられそうにないから、というか乗せたくないので、別のものにしよう。
それならいっそ浮遊の術を使ってさっさと運んでしまった方がいいのでは。
「店主さん。そいつらの後始末、俺たちがやろうか」
そこへ、二階からフートベルトさんとエカテリーナさんが揃って下りてきた。
今日の朝にチェックアウト予定だった二人は、朝食後の空いた時間を部屋で過ごすと言っていたけれど、ロビーでの騒ぎを聞きつけたようだ。
「あれ、やっぱり君たちってその類いの人だった?」
「……」
キーさんは予想していたような口ぶりで笑った。
コクランさんも特に顔色を変えることなくフートベルトさんとエカテリーナさんに目を向けている。
……その類いの人って、どういう類だろう。
警備隊、または傭兵とか?
「私たちは、ヴィクタリア騎士団の者です」
礼をとったエカテリーナさんは、懐から徽章のようなものを取り出す。
「ヴィクタリアって……あの、公爵家の!?」
カノくんが大きな声をあげた。
私はエカテリーナさんが持つ印をもう一度確かめる。
正直ここではあんまり耳に入ってこなかったので半分忘れていたけれど、私も何となくなら知っていた。
ヴィクタリア騎士団とは、現国王の弟であるヴィクタリア公爵が率いる王国屈指の騎士団のことだ。
とはいえ、ヴィクタリア公爵は宰相位についているため、騎士団の実権を握っているのは息子だという話である。
レリーレイクで情報収集をしている際にちらっと聞いたことなので詳しくはないけれど、要するにとても強い精鋭たちの集まりだ。
「お二人共、騎士の方だったんですね……」
まさか、エカテリーナさんとフートベルトさんが公爵家の騎士だとは思わなかった。
フートベルトさんが売店で御守りを買ってくれたとき、職業柄とか言っていたけれど、そういうことだったんだ。
フートベルトさんのような気さくな騎士は見たことがなかったのでびっくりである。
私の騎士に対するイメージは、故郷の村にやってきた王家の怖そうな騎士だけだったから。
「ここへは私用で来たものですから、明かすつもりはなかったのですが……罪人となれば話は別です。責任をもって対応します」
そう言ったエカテリーナさんは、引き受ける気満々といった様子で、転がったゴードンさんを一瞥した。
***
ひとまずゴードンさんも外に移動させることになった。
巻き込んでしまったコクランさんたちにはラウンジで待っていてもらい、カノくんとシュカちゃんに対応を任せる。
「そろそろ退室時間になりますし、このまま連行しましょう」
「申し訳ございません……こんなことを頼んでしまって」
「いいっていいって。これも仕事。じゃ、部屋の荷物を取ってくるかね」
気絶した三人組を再度きつく縛りあげたところで、二人は荷物を取りに一度部屋へ戻って行く。ゴードンさんたちが置いていた物も一緒に引き取ってくれるらしい。
何から何まで任せてしまい申し訳なく思っていると、森の入り口から聞き覚えのある声が飛んできた。
「おーい、ルナン!」
風のように素早く木陰の道を駆け抜け、現れたのはダンさんだった。
その後ろには、少し遅れてリズさんとラッセさんの姿も見える。
「ダンさん! どうしてここに?」
「いや、どうしたもこうしたも……最近街の宿屋を騒がせてた連中がこっちに逃げたって聞いて、追っかけて来たんだよ。襲われた宿のひとつが俺のいるギルドの仲間の実家でな、もう血祭りにあげる勢いでみんな……って、おい! もうのびてるじゃねーか!」
お縄についた三人の姿にダンさんは目を見開く。
「いろいろありまして……とりあえず三人とも、こちらに滞在していた騎士団の方が引き取ってくださることになっているんです」
「騎士団……?」
「あー! ダン隊長!? わは、そんな髭なんか生やしちゃってどしたんすか」
笑い声半分に言ったのは、客室から荷物を持って出てきたフートベルトさんだった。




