1. プロローグ
よろしくお願い致します。
※改訂予定です。話の流れは変わりませんが、年代など、設定の変更等あります。ご了承ください。
前世、私は専門学校卒業後に、多趣味な祖父母が経営をしていた宿泊施設の跡を継いでいた。
ひっそりとした小さな洋風の民宿――ペンション。街からほどよく離れた自然豊かな森の隠れ家は、ありがたいことに多くのリピーター様を作っていた。
経営も傾くどころかむしろ黒字だったと思う。
けれどーー順風満帆な生活を送っていたある日、私は命を落としてしまうことになる。
原因は、私のペンションから少し離れた距離に点在する宿屋の火災だった。
一つの宿から燃え上がった炎が周りを巻き込み、森林を焼いて私のペンションまでやってきたのである。
本当に勘弁して欲しい。
年若くともオーナーであった私は、宿泊客や従業員の避難を最優先に行った。
ペンションに住み着いていた看板猫二匹を含め全員の避難が完了したと同時に、逃げ遅れた私は炎に焼かれた柱の下敷きになりぽっくりと逝った。
オーナーとして犠牲が自分ひとりだけだったのは、不幸中の幸いだろう。
両親は小さい頃に他界して、兄妹もいなかった私の家族は祖父母だけだった。
その祖父母も私が跡を継いで二年経った頃にはどちらも天の人となった。
言わば天涯孤独。恋人なしの私に色恋の未練はもちろん残っていない。若いくせに寂しい女である。
正直、人との関わりに何の心残りもないと言ったら嘘になる。
学生時代の縁で仲良くなった友人や、一緒に働いてくれたスタッフさんたちだって、人生の中のかけがえのない繋がりだった。
だけど一番の未練はーー幼い頃から祖父母の背中を見て憧れていたペンション経営を、もっと長く続けていきたかった。
もっと、もっと、自分の思い描いた通りに。やれることをすべてやりたかった。
それが、命の灯火が消えかけた時、私が思ったことである。
*꙳☪︎・:*⋆˚☽︎︎.*·̩͙
今世、私は魔女だった。
数百年前に滅んだとされる、始まりの魔女『ノヴァ』の最後の末裔のひとり。
そしてその体に、不思議な力を宿した普通の人とは少しだけ異なる存在。それが魔女。
動物と話したり、薬を作ったり、魔女術を操ったり。
それは紛争が頻発していた時代に、希望の力と囁かれもした。
魔女の力を我が手中に収めようと多くの国の王は躍起になり、彼らに協力する魔女もいれば、関わりを持ちたくないと姿を晦ました魔女もいたという。
私の御先祖様は後者だ。
先祖は干渉しない選択をした者達で集落を築きあげた。
彼らを崇拝していた何の力も持たない人間は、魔女の存在を世間に隠し通すことを使命として付き従い、先祖たちはひっそりと暮らして時の流れに任せた。
後にこの世界『アーツ』の歴史上で、最も暗黒の時代だと語り継がれる『世界大戦』が終結したとき、人に力を貸した魔女は誰ひとりとして生き残ってはいなかった。
私の祖先たちは姿を隠していたため、人々は魔女が全滅してしまったと勘違いをしたのだ。
そして魔女が滅んだとされる最悪の時代から何度かの世代交代を繰り返した現在、魔女が扱っていた『魔女術』は奇跡の力と呼ばれ語り継がれていた。
……突然だけど、私には双子の妹がいる。
つまりは同じく魔女の末裔なのだが、双子として生まれた魔女は少しばかり特殊であった。
双子の魔女に生まれた者達は二人で一人前と言われているが、早く産まれてしまったほうの赤子……つまり姉には微弱な魔力しかなく、後から産まれた妹の方には強大な魔力が蓄積されていると言い伝えられていた。
……それ普通は逆じゃない? と思うんだけど。
でも、確かにその通りだった。妹は尋常じゃないほど魔力量が多い。
祖先たちが築き上げた集落には私達双子のほかに、魔女の力を隠すことを使命としてきた普通の人間たちが暮らしているのだが、その言い伝えを素直に真に受けた村人は私と妹の扱いをわかりやすく変えていた。
まるで神を崇めるような態度で妹に接する村人たちは異常だと思う。魔力少なくても同じ魔女なのにそこまで扱いが違うものなのか。
同じ魔女なのに……解せない。
自分の力に慢心した妹は私を召使いのように扱う始末。解せない。
それが悔しかった当時六歳の私は、何か自分にも秘めたる力が隠れているのではないかと考えた。今思うと子どもならではの発想だった。
妹にこき使われる合間に書物を読み漁り、今では私のみ解読可能な『ノヴァ文字』で書かれた使い魔召喚の儀を、見よう見まねで試しにやってみたりしていた。
その結果。
……なんか、爆発してしまった。
そして爆発のショックで思い出したのが、ペンションのオーナーだった私の前世の記憶である。
『……んん? なんだ、もう外の世界に出られたか。あと百年は眠ってても良かったんだがなぁ』
放心状態の私のすぐ横には、いつの間にか一匹の黒猫がお座りをしている。ほんの少し長い耳が特徴的なめちゃくちゃ良い声をしたイケボ猫だった。
『ほお……わしを呼んだのはお前か、小娘』
その日、私は前世の記憶を思い出すと同時に、偶然にも使い魔召喚を成功させたようだった。
なぜか魔女術の知識に長けていて、書物で地道に勉強していた自分よりはるかに物知りであった黒猫を私は『師匠』と呼ぶことにした。実名は他にあるみたいなんだけれど言う気はないようだった。
名前は教えてくれなかったけれど、師匠は私に魔女術に関する知恵を教えてくれた。
魔力薄と言われていた私が、実は月の光の魔力を得ることで魔女術を操れる、魔女は魔女でも希少な『黒魔女』なのだという重大な事実をカミングアウトしたのも師匠だ。どうやら私は最初の御先祖『ノヴァ』と同じタイプの魔女だったらしい。
『力次第では世界の運命すらも変えてしまえるぞ。さあ、お前は何を望む? まずは生意気な小娘や村人を黙らせるか。それとも公に己の力を振るってみるか? お前の能力は人間を救う力でもあるが、反対に多くの人間を殺せる力でもあるぞ』
面白おかしく笑う黒猫。
まだ年端もいかない六歳児に何を聞いてんだと、前世の記憶を思い出した私は思ったが、その質問こそが師匠なりの契約の仕方だったのかもしれない。
世界を揺るがすだけの力が私にあるだなんてピンとこない。あの魔力量が凄まじい妹のリリアンに力が及ぶとも思えないが。
前世を思い出した私が、その時望みと言えるものはただ一つだけだった。
『そんなのどうでもいいの。それより私はまたペンションがやりたいなあ』
師匠の素っ頓狂な顔は今でも覚えている。猫がまん丸と瞳を開くその仕草は愛らしく、可愛すぎた。
抱きしめたら尻尾で軽く叩かれたけれど。……なんてこと、尻尾の毛先すらもっふもふじゃないですか!
『あーっはっはっは! なんだその望みは! 面白いことを言う小娘だ』
『ルナンだよ』
『そうか、ルナンか。――あい分かった。それではルナン、わしはお前の望む道へ共に進むとしよう』
おそらく私が気に入らない答えを出したら師匠は消えていただろう。すべてを見透かすような瞳を私に向ける師匠は、本当に面白いものを見つけたと言わんばかりの目をしていた。
***
――それから月日は流れ、私は今日、魔女の成人と認められる十八歳の年を迎えていた。
ちなみにこの世界の一般的な成人の年は、十六らしい。
まあ、それは置いといて、今日という日をどれほど待ち望んだか。
本当は前世を思い出したその日に村を出て行きたい気持ちに駆られもしたけれど、出て行くには身体的に幼かった。
だから一応、成人までは村で過ごすことを決めていた。
みんな私に対して当たりが強いので、別の村で成人を迎えてもいいんじゃないかと最初は思ったけれど、師匠から家の書庫にある書物を全冊読むようにと指示を受けたので、それをすべて読破するまでは村に留まろうという結論に至ったのだ。
その大量にあった書物も、昨日の夜の一冊で読み終えることができた。かなり時間がかかったな。
すでに出て行く準備は完璧に整っていた。
数日は持つであろう食料と、これだけは持っておけと師匠に言われた魔術書などの書物が数冊。あとは飛行用の箒。
リリアンや村の人間に隠れて多少の魔女術の訓練はしていたし、身を守る術も大丈夫だろう。
そして……村を出て行く際の最後の障害と思われるリリアンをどうするかと考えていたのだが、その心配は杞憂だったとすぐにわかることになった。
「あなた様が『始まりの魔女』ノヴァの末裔……リリアン様ですね」
成人を迎えた朝。
リリアンはこの国、アトラディカの王子殿下によって王都へ連れて行かれることになった。
なんでも先日物資を売りに来た商人が偶然リリアンの魔女術を目撃してしまったようで、ノヴァの末裔が生きていたと城に報せたらしいのだ。
その報告を受けてなんとしてもリリアンを保護し、傍に置いておきたいと考えた国と、魔女の存在を隠すことを使命としてきた村人の間で一触即発の雰囲気を醸し出していたのだが、それを仲裁したのは他でもないリリアンだった。
リリアンは自分から保護されることを志願したのだ。
これ以上大切な村の人々が争って欲しくないとか御託を並べていたけれど、たぶんすんなりと決意したのは王子殿下がイケメンだったからだろう。
甘いマスクの王子はリリアンのストライクゾーンのど真ん中である。
それにリリアンもよく私に「こんな田舎早く出て行きたいわ〜」と、愚痴をこぼしていたから断る理由がなかったのかもしれない。
でもリリアンあなた、国に保護される意味ちゃんとわかってる?
いいや、あれはわかってなさそう。まあ、私をいつも妙に毛嫌いしていたリリアンのことなんて、性格が悪いかもしれないけどもう知ったこっちゃあない。
その後、王子殿下は他にも魔女はいるか尋ねてきたけれど、誰ひとり口を開くことはなかった。
リリアンも、村の人間も、もちろん私もである。
リリアンは目で「絶対ついて来んな」と訴えているし、村の人間は初歩の魔女術も使えない(と思っている)私をもはや魔女だとは思っていないし、私はペンションを開業したいのでリリアンと一緒に王都に行くなんて御免だ。
そして、王子殿下御一行はリリアンを馬車に乗せて王都へ帰って行った。
村の人間は嘆いたり悲しんだり、私に「同じ魔女のくせに役立たずが!」と罵声を浴びせたりしたけれど、さんざんな扱いしておいてあなた達さすがに都合が良すぎじゃない?
正直、もうこの村に囚われる必要はない。
私は自分の部屋から用意していた荷物を引っ張り出し、外へ出て箒に跨った。
村の人間は「お前が飛べるわけねーだろ」みたいな顔で私を見ているけれど、気にしないで浮かんで見せる。
後ろに荷物を引っ掛け、先頭には師匠がちょこんと座った。
村人たちからは驚きの声が上がる。
そりゃ今まで出来損ないと思われていたからね。
「さようなら。お世話になりました」
最後の手向けに、私は村全体に雨を降らせた。
このあたりは水不足に悩まされているので、リリアンが定期的に降らせていたのだ。
まあ最後だしと村の外れに水流を出現させ、人が暮らしていくのに不便しない程度の大きさの川を作ってもみたけれど……うまくいったみたいで良かった。
呆然とした村の人間を上空から眺めたあと、私は東の空に進路を定め飛び立った。
「師匠見ました? 見ました? 村人達の呆気にとられた顔を! あの意表を突かれた間抜け顔を最後に見られただけでも長年の我慢が報われるようだよ!」
ある意味で単純だったのか……これまでの苦労で積み重なった鬱憤を、私は新しく出来上がった川にすべて流した。
根に持っていたって良いことはないし、心が乱れるだけ。
この村に未練は、たぶんもうないのだから。
「騒がしいのう。それより重力の加減具合が安定しないな。乗り心地が悪いぞ」
「ごめんなさい」
ペンション経営に入るまでかなり駆け足気味で、展開が強引過ぎるというご意見を頂きました。
流れは変えませんが、もしかすると改稿するかもしれませんm(_ _)m