偽善者と飛行ペナルティ
≪試合終了! 勝者──メルス様!≫
さて、そんなアナウンスが立ち去った後にどこからか放送される。
控え室に本気で結界を張って、誰も侵入不可能な状態にしてある……まあ、ティルやソウが本気を出したら壊されるけど。
「戻せるからイイけど、あんまり無茶をしてくれないでほしいな」
まったく、凡人の体を奪ってもできることなんてかなり限られているだろうに。
今回『半蝕化』と名付けたあの状態によって、俺は{感情}スキルに体を乗っ取られた。
「どのスキル、とかいう問題じゃなかった気がする。本当にその総括が、ほんの少しだけ俺に力を注いだのか」
これまで大罪と美徳、また他の感情を関するスキルが身を操ることがあったが……今回起きたソレは、これまでと同じ対応では決して抗えないナニカがあったのだ。
それがおそらく、{感情}の侵蝕。
先ほどそれが体に染み渡ったことで……いちおう変化は起きたぞ。
「覚醒したかったな……ここは主人公的なイベントだろうに」
フィレルにはああ言ったものの、やっぱり男の子だもん。
ロマンに沿った覚醒といえば、侵蝕以上に抗いようのない究極の嗜好だろう。
「体感的に、コントロールが上手くいくようになった気がするな。礼装が眷属とのリンクなら、今回の力は{感情}とのリンクだな」
これまでは意識を失い自分が何を言ったかすら分からなくなっていたが、今ではそうしたことも極力減っている。
そして今回、それが完全に無くなったと理解できた。
「アン、緊急事態だ」
《どうされましたか? {感情}の侵蝕状態であれば、調べていますが》
「……それは、そっちでやってくれていると分かっていた」
《本当ですか?》
うん、一割本当だから。
それとは別に頼みたいことがあるし、繋ぐ必要はあったんだぞ。
そして、アンはすぐにこの場に現れる。
侵入不可能な状態であったが、連絡を行う前に解除しておいた。
「──では、直接お聞きしましょう。いったい何がありましたか?」
「急で悪いが、そんな特殊イベントが起きてしまったわけだ。ソウかフェニとの闘いでいくつか試したいことが増えた」
「なるほど、了解しました」
伝えたいことが伝わる、というのはなんともありがたいものだ。
未だに【拈華微笑】は効果を発揮していないし、アンは通常の方法ではなく、俺の考えていることを読んでいるわけだがな。
「他に何か、伝えたいことは?」
「そうだな……全開で闘いたいから、場の準備を頼みたいってことか? ダメなら、別に構わないけどな」
「メルス様とソウ様の力を完全に吸収できる結界など、スー様であっても単独では展開することなどできませんよ」
スーは神気が使えるし、それを用いた結界も展開できるスペシャリスト。
それでもたしかに、ソウの力を受け止めるのは難しいだろうな。
「さらっと自分を除いている気がします。さすがメルス様です」
「どこに突っ込んでるんだ。それに、普段の俺の力なんてそんなものだろ」
「メルス様が魔力をフルに使えれば、不壊の結界などいくらでも創れますよね」
この世に絶対なんてないんだけどな。
不死のレヴィアタンが死ぬように、不老であろうと精神が老いるように……裏の裏まで読めば、見つかる事実だって多い。
「それに、俺が魔力をフルで使うことなんてないだろうよ。世界の管理や疑似星脈もあるし、保存はしているけどあんまり一度には使えないからな」
「わたしたちに協力できることがあれば……申し訳ありません」
「ああ、気にするな。魔力なんて、実際地球には無いものを気にする必要はないさ。プレイヤーは枯渇して苦しいだけで、死にはしないんだ……世界なんて大袈裟なものを背負い込む必要はない」
最悪、自由民は魔力を失うことで死んでしまう……生まれてきて、共にあったものが一時的にとはいえ失われるのだ。
血液が体から完全に失せる、そんな状況になっても人は生きられるか?
「それはメルス様もですよ」
「そこはほら……あれだ、偽善者は人を救うお仕事があるからな」
「年中無休、無償で働くブラックな職場でございますね」
大切なのは、その職場に意義を感じるかどうかだろ。
俺は偽善にそれを強く感じているし、特に問題はないな。
「──特殊ルールの飛行ペナルティ。あれってさ、結局どういう仕組みだったんだ?」
「基本はメルス様の予想通り、重力と雷撃によって強制的に地面に落とす仕様です」
「まあ、それは見れば分かるからな」
重力の方は見えないけどな。
だが、詳細はまだ分かっていない。
というか、そんなことを調べている暇はあのときなかったからな。
「お察しの通り、翼による飛行でなければアレは発動しません。対象は飛行関係と翼生成スキルのみ、というわけです」
「転移眼も、あの意思がやった空歩も成功してたしな。アレ、試してなかったけどできると知ってたのか?」
「思う意と書いて意思ですので、武具の皆様と同様、(自我ノ花)に近いナニカが組み込まれているのでしょう」
侵蝕する意思、それは一度『物真似』が侵されることで客観視できた。
眷属の中にはそうした者がいない──というかさせない──し、調べられなかった。
「さて、どちらが相手でも厄介だな……果たして勝つのはどっちかな?」
モニターで見るのも味気ないので、神眼を用いて試合を覗き見るのだった。
ほんの少し、{感情}に対する造詣が深まりましたね
作者が纏めた全情報が開示されるのは……はたしていつなんでしょうね?
あっ、次回からあの二人が闘うことになります
p.s.
前回は遅れて申し訳ございません
投稿できていないことに気づかないうえ、寝落ちするという落ち度でした……疲れているようです
ストレスのせいにしたいですが、こればかりは確実に作者の自業自得というかなんというか
一日前に予約投稿をしていれば、こうならなかったかもしれませんね





